ep.115「任務」
右手に持った剣を力強く握り締め、ルマルに向かって駆け出す。
「ッ、ハハハ! さっきとは全然違いますね!」
「チィッ!」
喉目掛けて剣を横に振り払うがあっさりと避けられてしまう。
右頬に迫る拳を間一髪で避け、側頭部にハイキックを決める。パルルンと関節がしなる音と共に、乾燥した銃声のような破裂音が響いた。
しかし、それでもルマルが怯む様子は一切ない。いつの間にか戻していた右手で足首を掴まれ、恐ろしいほどの怪力で持ち上げられる。
「やべ……!」
ルマルが、まるで鞭でも扱うように体を振り回し始める。
地面に体がかするごとに皮膚が裂け、水鉄砲の様に血が噴き出す。それを見たルマルが嗜虐的な笑みを浮かべ、一度俺の体を真上に上げてから、思い切り地面に向かって叩きつけようと振り下ろした。
「ぬおおぉぉおおお!」
悲鳴とも取れる叫びをあげながら、右手に持った剣で滅茶苦茶に地面を切り刻む。
スコップで一度掘り返したように柔らかくなった地面。そこに頭から叩きつけられた。
首の骨から氷にヒビが入るような音が響いたが、まだ何とか動ける。地面の出っ張りに手を突っ込み、ルマルの手を振りほどいた。
「私に勝つ……。ふふっ、傷を付けることすら難しそうですがね」
口に手を当てながら笑うルマルを睨み、自分の体に目をやる。
心臓から送り出す血液の量が増え、血流を早めるのはいい。ただそれをすると、傷口からあふれ出る血の量も馬鹿にならない。
「どうせ勝たなきゃ死ぬんだからな!」
足元の砂を思い切り蹴り上げ、砂埃を周りに漂わせる。
地面を這うように姿勢をかがめながら走り、ルマルの後ろから脳天に向かって剣を振り下ろした。
小指の爪で受け止められ、わき腹に強烈な回転蹴りを決められる。
地面を醜く転がりながら口の中に砂を入れる。じゃりじゃりと音が鳴って不味い。
馬乗りになってきたルマルの顔面に砂を吹きかけ、がら空きの鼻っ柱に頭突きを叩き込む。
右足でみぞおちを蹴り、後方に飛び下がりながら大勢を立て直す。
「傷は付けられたな……鼻血だけだけどな」
「……先ほどの言葉を撤回しましょう。次は、本気で」
砂埃を薙ぎ払い、ルマルが鼻血を服の裾で拭う。
体の芯から震え上がるような殺気が漂い、近くの一際大きな瓦礫を掴んだ。
五トンはありそうな瓦礫を楽そうに持ち上げ、竜巻でも起こすように滅茶苦茶に振り回し始めた。
「おわぁあっ!?」
振り下ろされた瓦礫の一撃を、剣で何とか地面に受け流す。
手首が爆発しそうなほど重い攻撃だが、体にマトモに受けてしまえば爆発ではすまないだろう。よくて粉々、悪くて……想像もしたくない。
まるで小刀かのように繊細な動きで攻撃してくる瓦礫を何度も受け流す。
あまりの威力に剣がビシビシと無機質な悲鳴をあげ、手首からも嫌な音が何度も響く。
バキィン!
そんな音が、やけに耳に強く響いた。
「は……?」
剣が砕けたのかと思った。
一瞬視線を向け、右手を見る。正確には、真紅を見る。
千切れてしまった右手首から噴水の様に噴き出す血を視界に入れた瞬間、激痛とえもいわれぬ喪失感に襲われた。
「残念、剣より先に体が持たなかったね!」
勝ち誇ったように叫び、瓦礫を空から振り下ろしてくる。
この速度では避けられない。
死を目前に、視界がスローモーションになる。
「あぁああぁぁああぁぁああ!」
萎縮しきった体を、底の底から叫び声で鼓舞する。
左腕を真上に突き上げ、瓦礫を何とか受け止める。その代償に、左腕は平らになるまでへこまされてしまった。
止まった瓦礫に先のない右手首をぶつけ、ヒビを入れる。
「なっ?!」
再び雄たけびをあげながら、何度も瓦礫を右手で殴る。
小さかったヒビがクレバスのように深く、大きくなり、遂には粉々になって砕け散った。
地面に落ちている剣を掴んだ右手首を蹴り上げ、口で咥える。
未だ目を大きく開いて驚いているルマルを股の間から一直線に切り上げ、右手で側頭部を殴りぬける。
「グッ!……クソ、正気か?!」
もう一撃、右肩から袈裟に斬ろうと思ったが、ルマルに剣を掴み取られる。
少しだけ刃の残った柄と、鋭利にとがった刀身の二つに膝で叩き折られ、こちらに向かってダーツの矢のように素早く飛ばしてくる。
「君は、化け物か……?」
「俺からしたらお前の方がよっぽど化け物だよ!」
飛んできた柄を口で上手く嚙んで受け止め、鋭利に尖った刃を右腕に深く突き刺して受け止める。
頭の中でブチリと音が響くが、アドレナリンが出ているのか痛みが全くしない。
眉間にしわを寄せて動かないルマルの体を横に切り払い、顎を足で蹴り上げる。
「二刀流か、あいつみたいだな!」
既にこの世に居ない友人の戦い方を真似し、ルマルの体を何度も切りつけていく。
一度斬るごとに体の血管が一本切れ、すでに体の中は内出血で酷いことになっている。
心臓に届く血液の量が減少し始め、思考を覆っていた全能感が徐々に薄れ始める。
「……ふふっ、遅くなってきたじゃないか。大方、血を出しすぎて体に血流を回せなくなったとかかな?!」
ルマルの、今まで目に追えていた素早い拳を顔面に叩き込まれ、上体が後ろにのけぞる。
や、やばい。このままじゃ……!
「一撃で心臓を貫いてあげるから、そこで大人しくしててね!」
奴が右拳を腰の横に構え、自分の爪で手のひらの皮膚を突き破るほど強く握り締める。
カリカリと心臓の中で空回りする鉄の塊が脳に響き、視界が真っ白に染まっていく。
「……本当に危なかった。いや、現在進行形で死んでるけどな……」
ルマルの背後に立ち、口の中に溜まった血を地面に吐き捨てる。
奴が後ろにいる俺の姿を見た瞬間、瞳孔を限界まで小さくして驚く。
「血流をさっきの数倍のスピードで回し始めた」
「そ、そんなことをすれば絶対に……!」
「ああ、死ぬ。だが、さっき脳の血管が切れたところだ。もう死ぬことはほぼ確定してる。」
手首から滝の様に流れていた血も、ついさっき止まってしまった。
こんなことは初めてだが、もう先は長くない。さすがに自分でもわかる。
「ふふっ。……僕は、もう勝てなさそうだ。思い切りやってくれるかい?」
そう言った後、自分の頭を前に突き出してくる。
一度視線を地面に向けた後、小さく息を吐いた。
「……あー。以前は任務だったから仕方なかったけど、今回は殺す義理はないなぁ」
右腕に刺さったままの刀身を口で引き抜き、ルマルの頭を押しのける。
心臓に送っていた磁力を弱めていき、血流の速度を元に戻す。
瞬間、体が鉛の鎧でも着せられたかのように重くなる。
膝をガクリと折って地面に倒れ伏し、視界が更に白く染まり始める。
「侵略隊の永宮、ヒュイド族討伐任務、完全達成……なんてな」
土の中に落ちていくような感覚に身を任せ、ゆっくりと瞼を閉じた。
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