ep.112「死の瀬戸際」
「ル、ルマル……?!」
目を大きく見開き、笑顔を浮かべているルマルを睨む。あの時、確かに首を落としたはずだ。
脈も完全に止まっていたし、遺体も土の中に埋めた。生きているはずがない。
しかし。目の前にいるそいつは、どうみても。
「ええ、ルマル・ジュスティスです。……どこかでお会いしましたか?」
そう言いながら唇を少しだけ尖らせ、小首をかしげる。
「お前はあの時、確かに死んだだろ!」
「……? 言ってる意味がよく理解できません。私はしばらくの間、眠っていただけのはずですが……」
そう言いながらグルグルと肩を回し、眉間にしわを寄せる。
不満げそうに溜息を吐き、ドクロの首飾りの位置を両手で修正した。
「しかし、しばらく動いていなかったからか、かなり体の調子が悪い……」
ドクロの首飾りを離した瞬間、首もとの服が一瞬だけずれる。
服がずれた瞬間に見えた首を見て、確信を持った。こいつはルマルだ。どうやってかは知らないが生き返ったらしい。
首と頭を繋ぐために大きく縫った跡が、ハッキリと首に残っていたのだ。そしてそこは、俺が剣を振り下ろした場所と寸分違いなく一致する。
「あなたを殺しさえすれば、妹の場所を教えてもらえるんです。……弱いもの虐めみたいになりますが、本気で行かせて頂きます。」
ルマルがそう言って一歩踏み出した瞬間、周りの雰囲気が一段階重くなった。元々放たれていた大量の威圧感に、殺意という重石が乗せられたようだ。
直感で理解する。先ほどルマルは体の調子が悪いと言っていたが、それでも。
絶対に勝てない。
傷は付けられる。ほんの僅かな可能性だが、重傷を負わせて動きを止めることができるかもしれない。だが、それまでだ。
奇跡が起きても、重傷を負わせるだけだ。それも、今すぐビックバンが起きるような可能性の。
どう転んでも、死ぬ。
「……来ないのですか? まあ、どっちでもいいですが……」
だからと言って諦める訳にはいかない。僅かだが、誰かが助けに来てくれる可能性もあるのだから。
右手に持った剣をこちらに向かって落ち着いた歩調で歩んでくるルマルに構える。
剣の切っ先をルマルの額の位置に構えた瞬間、フッと。
姿が消えたと思ったら、側頭部に強い衝撃が走った。
体を側転のように回転させながら吹っ飛ばされ、どこかの建物の屋根に着地する。
ズキズキと痛む頭を左手で押さえながら周りに注意を向ける。人っ子一人いる気配はしないが、それが逆に怪しい。
より一層警戒を強めるために少しだけ心を落ち着かせようと、瞬きをする。
一瞬、一秒よりも短い一度の瞬きだった。
目を開けた時、目の前が夜空のように黒く染まっていて――
「じゃあね。名も知らない人間」
脳天に鋭い衝撃が走り、頭から建物の中に突っ込むように叩き落された。
崩れる瓦礫が体中を痛めつけ、全身の骨がバキバキと悲鳴のような折れる音を鳴らす。
地面に天を扇ぐように倒れこむ。
先が鋭く尖った瓦礫が胸に向かって落下してくるのを、剣を離し両手でガッチリと受け止める。
刺されば一気に心臓を貫かれ、死んでしまう。折れた両腕を必死に動かし、瓦礫をどかそうとした瞬間。
ルマルが瓦礫の上に音も立てずに着地した。
両腕が突然の重さの増加に耐え切れず、弾かれてしまった。
「ガッ……! あぁ……あああ!」
胸骨を押しのけながら瓦礫が胸に刺さり、心臓を貫いた。
体の外に血液が大量に噴き出し、体の力が一気に抜けていく。
気絶のそれとは比較にもならないほど、強烈な寒気と共に視界が黒くなっていく。
胸の瓦礫を引き抜こうと両腕を必死に動かすが、努力むなしく。
操り人形の糸が突然切れてしまったかのように、意識と共にもがいていた腕が地に落ちた。
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