ep.109「笑顔の頭」
「英史……」
ゆっくりと体を持ち上げ、英史に向かって歩く。
腹部からドクドクと血を流しながら空を仰いでいる英史の横に座り、手に持っている剣をそっと回収する。
「はは。所詮……夢は夢。実現することは適わなかったのかな……」
自分の学生服のボタンを外し、バサリと脱ぎ捨てる。
二つに叩き割られた鉈が大量に腹部に刺さり、大量の血が流れ出している。俺が斬ったときに折れたのだろう。
「そんなことないさ……。言ってみれば、夢のために行動するお前は正しいのかもしれない。俺は、侵略隊の指令に従って動いているだけだから。お前のような信念なんてあったもんじゃない」
ザーザーと降りしきる雨にかき消されそうなほど小さく、小さくそう呟く。
英史はその言葉に微笑みながら、学生服の胸ポケットの中からバラバラに切り裂かれた写真を取り出す。
「あの子の笑顔……か。僕のは信念というか、執着に近いけど……」
土砂降りだった雨が次第に収まり始め、日の光が差し始める。
英史が口の端から血を垂らし、目の中に灯る生気が少しずつ消えていく。
俺の右手に持った剣を震える手で叩き、小さな声で言った。
「僕からのお願い、聞いてくれないかい?」
「……ああ」
「ありがとう……。たんぽぽを傍に置いて、頭を切り落としてくれないか?」
英史のタフさだ。今から応急処置をすれば、命ぐらいは助けることができるかもしれない。
しかし……。
瞼を強く閉じて決心してから、ゆっくりと立ち上がる。地面に転がっている誰とも知らない女性の口からたんぽぽを抜き取り、英史の傍にそっと置く。
「……本当に、後悔はないのか?」
「うん。僕は……余りにも人を殺しすぎた。彼女と同じ場所に行くのは無理だろうけど、せめて伝えられなかった思いだけでもたんぽぽで……」
英史の頭の横に立つ。
そうなんだ。英史はよくも悪くも、純粋だ。今まで仲間として一緒にやってきたからわかる。性格が悪くてすぐ女性の頭を取ろうとする、何回も喧嘩をするような奴だったが……。
唇がプルプルと震え、目頭が熱くなる。
英史は、ここで殺してやったほうが幸せだ。
「永宮。信念や意思がないと、今は思うかもしれない。けど、そんなことないんだ」
「……」
「ガムシャラにでも進んでいれば、自分の信念は自ずとわかるよ」
剣を上段に構える。
空から降りしきる日の光に英史が照らされた瞬間、大きく目を見開いた。唇を震わせながら、涙をツーッと目から流す。
震える手を上に伸ばしながら、今までに見たことがないほどの笑顔を浮かべる。
「ああ……僕もそっちに行けるのか……。嬉しいなぁ……」
剣を、振り下ろした。
「……英史、ありがとうな」
剣から血を拭い、鞘に納める。
今のありがとうは、何故自分でもそう言ったかはわからない。ただ、言っておかなければいけない気がしたんだ。
雨は止み、空を覆っていた黒い雲は晴れ、白い霧の竜から照らされる日の光が広場全体を照らした。
腰のポケットから煙草を取り出す。
一番端に刺さっていた一本を口に咥え、空を眺めた。
「性根も悪くて人の言うことも全く聞かなかったけど……。あの世では……」
そう言いかけたところで、空から何かが舞い降りてきた。
両手で優しく受け止める。
それは、二輪のたんぽぽだった。二つの茎が一つに結ばれ、葉っぱがまるで抱き合っているように重なっている。
「……ああ、すまん。間違えたな。……あの世でも、幸せにな」
空は、とても綺麗に輝いていた。
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