ep.??「頭収集家」
二連続です。すみません。
僕はあの子のことが好きだった。いつからかは覚えていないが、中学生になった頃には自分の気持ちを自覚できていた。
家が近かった僕と彼女は、保育園からずっと一緒だった。何をするにもどこへ行くにも、内気だった僕は彼女にずっと引っ張られていた。
太陽より眩しいその笑顔に僕は心惹かれた。その笑顔を、ずっと近くで見守りたいと思った。
「これ、くれるのー? ありがとー!」
初めて贈った誕生日プレゼントは、二本の黄色いたんぽぽだった。小さかった僕には、それぐらいしか贈れなかった。それでも彼女はとびきりの眩しい笑顔を顔に浮かべて喜んだ。
彼女の部屋のピンク色の花瓶の中には、黄色のたんぽぽがいつも挿されるようになった。
中学になった頃、彼女はとても可憐に成長した。
学校のアイドルと言われるほどで、実際に芸能関係者からオファーもあったらしい。とても誇らしそうな表情で自慢されたことがあった。
運動音痴で何も部活をしていなかった僕は、中学の頃はずっと教室の隅で引っ込んでいるような奴だった。
到底僕が及ばないような端整な顔立ちの奴らに告白されても彼女は断っていた。そして、毎日の様に僕と話しながら家まで帰っていた。このとき、僕は彼女に特別視されていると勘違いし舞い上がっていたのだろう。
「これ、英史。誕生日プレゼント……」
僕の誕生日の日、彼女は紺色の肩から提げる大きなカバンを贈ってくれた。綺麗にラッピングされたその袋は、人生で一番の宝物になった。
高校生になった。
彼女と僕は同じ学校に進学した。しかし、そのときから彼女は身だしなみに気を使い始めるようになった。思春期真っ只中なので当然といえば当然だが、その突然の行動に僕は疑念の感情を抱いた。
「英史、私好きな人ができたんだ……どう告白すればいいかなあ?」
目の前が真っ暗になった。
肺の中にいくら空気を吸い込んでも酸素が取り込めず、今までにない感情が心の中を埋め尽くした。そして、理解した。彼女が最近身だしなみを整えだしたのは好きな人ができたからだったんだと。僕は、彼女の特別な存在でも何でもなかったのだと。
「い、一体誰に……?」
「隣のクラスの男の子だよ。優しくて力持ちで……」
彼女はとても嬉しそうな表情で、その男のことを話し始めた。僕でも知っている。成績優秀、見た目も抜群に良い、男が真似するべきお手本のような奴だ。
「ね、ねえ。僕は、君の事が……」
「ん? どうしたの?」
「……いや、なんでもない。頑張ってね!」
怖かった。彼女に拒絶されることが、この上なく恐ろしかった。
軽やかな動きで走り去っていった彼女のことを見送ってから、その場でうずくまって泣いた。人通りが少なかったのは幸運だった。情けない声にならない声をあげながら、大声で泣いた。
あいつに対する嫉妬や怒りを感じるよりも先に、自分への怒りを感じた。内気で根暗で、心の弱い自分が大嫌いになった。
翌日、放課後。
黒い雲が空を覆う中、僕は別校舎の人気のない場所で一人座っている彼女を見つけた。
雨が次第に降り始め、電灯が点いている校舎の中でさえ暗くなり始める。暗い影の中でうずくまるように座っている彼女の前で止まり、意を決してから話し始めた。
僕は期待、というか確信していた。告白した翌日にこんなところで座っているのだ。どうせ失敗したのだろうと、情けない思惑を持って話しかけた。
「私……わたし、どうすればいいのかなあ、英史……?」
彼女は一通り話し終わった後、昨日の僕にも負けないぐらいの大声で泣いた。人気がない校舎中に泣き声が響き渡り、反響する。
あの男は学校の不良グループと裏で繋がっていたようだ。告白した彼女を校舎裏に連れ込み、何度も乱暴をされたらしい。写真まで撮られて、どうしようもないと。
彼女はそう語った。
「……警察に行こう」
僕は逃げた。
人によっては最善の選択だと言うかもしれない。ただ、僕は自分で何とかする勇気を持たず、人に任せる選択を取った。
「……うん……」
彼女は涙を拭いながら立ち上がり、暗い校舎の中を肩を落としながら歩いていった。
その背中には、僕に対する失望と諦めの感情が漂っていた。
「おばさん、こんにちは」
「あら英史ちゃん! どうしたの? こんな土砂降りのときに」
自分の服に染みこんだ水をできる限り絞り、あの子の家にあがる。
土手で必死に探した二輪の黄色いたんぽぽを握り、おばさんの横を通り抜けながら階段を上がる。
「英史だけど……大丈夫?」
彼女の部屋の扉をノックしてから開けると、真っ先に漂ってきたのは悪臭。部屋の中はカーテンが閉められているのか真っ暗で、彼女が何をしているのかは全く見えない。
手探りで電気のスイッチを探し、カチリと音を鳴らしながら押す。
部屋の中央で、彼女が宙にぶら下がっていた。
真下には木製の椅子が無造作に転がっている。
「なっ……大丈夫?!」
体を持ち上げようと駆け寄った瞬間、足に何かの破片が刺さる。
ピンク色の花瓶がカサカサに枯れた二本のたんぽぽが粉々に砕かれて散らばっていた。赤い血が足から少量流れ出し、カーペットを真紅に染める。
彼女の体を持ち上げてからベッドに降ろし、胸に耳を当てる。……心臓が動いていない。
フラフラと体をよろけさせながら、近くにあった机に勢いよく倒れこむ。
綺麗に整頓された机の上には、小さく折りたたまれた紙があった。
震える手で紙を掴み、優しく広げる。
『さよなら。』
親に伝える優しい言葉などは一切書いておらず、紙からはみ出しそうなほど大きく黒い文字でそう書かれていた。
紙をグシャグシャに握りつぶし、机に叩きつける。
僕が、僕が悪かったのか? 僕があの時彼女に想いを伝えていればこうはならなかったのか? あの時僕が逃げなければ彼女は生きていたのか?
目の前が点滅しだし、頭が割れそうなほどの頭痛が走る。視界が赤く染まり始め、体が自然と肺の中へ空気を受け付けなくなる。
僕が……僕が……!
「ああああぁぁあぁああああぁぁぁああああ!」
―――次のニュースです。
都内の公立高校で、男子生徒五名が死体で発見されました。生徒五名は頭を切り落とされていて、警察は猟奇的殺人の可能性で捜査を進めています。
「たんぽぽ……」
草むらの中にあったたんぽぽを一輪摘み取りながら立ち上がる。
あの子が好きだった花だ。この花を贈ると、いつも眩しい笑顔を僕に向けてくれた。
世界には、自分に似ている顔の人物が三人は居るらしい。
胸ポケットから一枚の写真を取り出して眺める。そこには、彼女の眩しい笑顔が写っていた。
「もう一度……」
写真では、あの笑顔の魅力は完全に伝わらない。
このたんぽぽを世界中の女性に贈れば、いつか彼女のような笑顔をする人に会えるだろうか。
あの笑顔を、もう一度見れるだろうか。
永遠に、あの笑顔を切り取れるだろうか。
肩に提げた紺色のカバンには、血まみれの鉈が一本入っている。
一瞬だけ浮かべる笑顔では意味がない。笑顔を浮かべた瞬間を切り取って、永遠に見続けられるようにしなければ。
たんぽぽを地面にそっと置き、ゆっくりと立ち上がる。
「絶対、もう一度見つけるから……」
砂利混じりの荒れた地面を、強く踏みしめた。
夕日が浮かんだ赤い空は、曇りがかっていた。
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