ep.??「水樹 のりえ」
水樹 のりえ。
私が産まれた時、お母さんが死んだ。急に心臓が動かなくなったとかで、処置しても効果がなかったらしい。
子ども時代、お父さんがいつも暗い顔をして過ごしていた。営んでいるカフェも売り上げが余り伸びずに、いつもイライラした表情だった。
十歳のとき、私は機械工学の才能があることに気づいた。しかし、家がお金不足で学校に行くことすらままならない。それどころか、家計にお金を出さなければならないほど。
当然、私は学校に行かなかった。自分のことを優先してお父さんに負担をかけるわけにはいかなかったから。図書館などで本を借り、独学で少しずつ学んでいった。
それから二年ほど経った頃。自分で色々と便利な道具を作り出し、道端で露店を営み始めた。ただ、露店をした場所が悪かったのか、ヤクザに目を付けられ何度も店を壊された。場所を変えても、何度も何度も。多分、目を付けられていたんだろう。
自衛の手段として、人体の急所なども一通り学んだ。それと同時に、応急処置の方法なんかも。
ヤクザから身を隠しつつ商売をしていたけど、それでも売り上げは全く伸びなかった。家計を助けるといっても、雀の涙ほどしかお金を入れることができなかった。
道で物を売っていると、どうしても自分と同い年の子が目に入る。楽しそうに母親と手を繋いで歩き、出かけている様子が。それが喉から手が出そうなほど愛おしくて、羨ましくて、頭がどうにかなりそうだった。アレが手に入るなら、私は身売りでも何でもしていただろう。それをしなかったのは、頭の奥底で手に入らないことがわかっていたから。
更に数年が経ち、私もそろそろ成人に近づいた頃。並みの成人男性などは相手にならないぐらいに強くなり、稼げるお金の量も増えてきた。
家に入れることができるお金の量も増え、お父さんがイライラした表情を浮かべることはなくなった。ただ、たまに申し訳なさそうな表情を浮かべるようになった。
「のりえ、すまない。私が不甲斐ないばかりに、お前の大事な時間を……」
「いいのよお父さん。私もこの店が好きだし」
お父さんとは普通なものの、私は人とのコミュニケーションが大の苦手だった。お客さんであれば幾分か話はできるが、友人と呼べるようなものが私には一人もいない。他人と談笑して大はしゃぎするなんて、私にとっては幻想にも近いことだった。
土砂降りの日だった。
私の店に、ヤクザ達が何十人も押しかけてきた。その時の私はまだ弱く、何人か気絶させることはできたが、すぐに抑え込まれてしまった。
必死の抵抗もむなしく、口を布で押さえ込まれて手足を縛られ、黒い車に連れこもうと体をズルズルと引きずられる。一体何をされるのかわからないが、このままでは良くないことが起こることは直感でわかった。
近くの男の足に何度も蹴りを入れて逃げようとするが、みぞおちに思い切り膝蹴りを決められてしまった。
顔が歪みそうなほど殴られ、意識が朦朧とし始めた瞬間だった。
いきなり男達が気絶し、ドサドサと音を立てながら地面に倒れた。
「いたいた! やっと見つけたヒン!」
馬のマスクを被った不思議な男が、私の口に付いた布と手足の縄を外す。
そして、私の商品の一つの全自動鉤爪を取り出した。
「これ、武器に改良して欲しいヒン。作ったのも売ってるのも一人の少女って聞いたから、ずっと探してたんだヒン」
「……」
男の持っているそれを受け取り、じっと眺める。
それから、大きく息を吸いながら立ち上がった。
「私は少女じゃなくてもう成人目前よ」
「……ヒ、ヒヒン。ごめんだヒン」
マスクの先を触りながら、反省した声でそう言った男。
「あなた、最近噂の侵略隊でしょ? 私もどうにかそこに入れないかしら」
そう言うと、マスクの男はとても喜んだ様子で小躍りしはじめ、ウキウキとした声で手を差し出してきた。
「もちろん! 歓迎するヒン! まだ人数が少なくて寂しかったんだヒン。俺はシュバルツ・プフェーアト。よろしくだヒン!」
プフェーアトと名乗った男のあまりに高いテンションに、逆にこちらが恥ずかしくなる。
何故かわからないが、この男の顔が直視できない。いや、マスクを被っているが。
「わ、私は水樹 のりえ。よろしく」
「これからよろしくだヒン、水樹!」
プフェーアトに手を差し出し、ガッシリと強く握手をした。
初めて握手なんてしたけど……なんか、こう、あまり悪くない気分だった。
ヴォランが人を生き返らせることができると言ったとき、私はすぐさま飛びついた。お母さんとお父さんと私で一緒に暮らすことができる、その夢を叶えることができるのだから。
ただ、プフェーアトのことが妙に気にかかった。お母さんは生き返らせたい。しかし、プフェーアトのことを思うと妙に何かが引っかかる。
私は……どうすればいいんだろう。
皆さんも正月ぐらいは親と会ってあげてくださいね。
改善点などあればご指摘いただけると嬉しいです。