ep.106「偽装」
水樹さんが投げてくる円盤を避けつつ、プフェーアトさんの方に向かって走る。
正直に言って、水樹さん一人ならどうとにでもできる。問題はプフェーアトさんだ。あの人は、今の俺が一対一でギリギリ勝てるほどの強さ、この二対一の状況では確実に殺される。
どうにかしてあの首飾りを破壊し、洗脳を解かなければ。
プフェーアトさんの脳天目掛けて剣を振り下ろすが、あっさりと手に持ったナイフで受け止められる。グルグルとその場で回転しながら銀色に輝く糸を伸ばし、周りの景色が銀色に染まるほど大量に糸を引っ掛ける。
「なっ……!」
両足に力を込め、空高く飛び上がる。
視界に入る全ての建物が一瞬で細切れになり、砂埃を吹き上げながら地面に崩れ落ちる。あの人の武器はかなり反則臭い。人体があの糸に触れれば、一瞬でミンチ肉よりも酷い惨状になるだろう。
視界を覆う砂埃の中に着地し、口を覆う。この砂埃の量なら向こうも俺の位置を確認することは……?!
クソ、甘かった。この視界がない状況で不利なのはこっちだった。
黒い円盤に深く抉られた左肩から吹き出る血と走る痛みを無理やり我慢し、剣の質量を増加させ始める。フラムの赤い霧を払ったときのように剣を大きく振りかぶり、勢いよく振り抜いた。
ごうごうと唸るような音と共に、砂埃が一瞬で消え去る。
「永宮クン、私と一緒に来ないかしら? 今ならプフェーアトみたいに首飾りは着けなくていいわよ」
そんなことを言い、あざ笑うような表情を浮かべる。
剣の質量を元に戻し、水樹さんを鋭く睨む。
「本当にどうしたんですか、あなた」
「……どうするも何も、これが私の本性よ。」
視線を下に向けつつ、小さな声でそう言った。
そんな水樹さんの様子を、プフェーアトさんがぼーっと眺めている。何を言うでも動くでもなく、ただ眺めているだけだ。
「……水樹さん」
「うるさいわね! 私だって、私だって……」
水樹さんが髪の毛をグシャグシャに乱しながら頭を抑え、地面にうずくまる。地面を何度も叩き、怒りを振り払うように騒ぎ立てた。
ゆっくりとプフェーアトさんに近づき、首飾りを握る。依然、プフェーアトさんは水樹さんの方を見て何も動かない。
「……」
首飾りを握りつぶし、プフェーアトさんの首から外す。
ペンダントに付いていた赤い宝石をバラバラに砕き、地面に放り捨てる。
「水樹」
「……何よ。私のことを恨んでいるの? なら、さっさと殺して――」
プフェーアトさんが、水樹さんを強く抱きしめた。
顔を真っ赤に染め上げながらパクパクと口を動かし、声にならない声を漏らす水樹さん。
これ、うん。
「水樹、いつからか俺はお前のことを好きになってたヒン」
いや、どう考えてもシエルイル星のときでしょ。
肝心の水樹さんは、顔を真っ赤に染め上げたまま動かない。うーん、さっきの冷酷さはどこに行ったんだろうか。
「わ、私を好きなんてそんな……じょ、冗談でしょ?」
「こんな状況で冗談なんていわないヒン」
そう言った後、プフェーアトさんがゆっくりとこちらを向いた。
水樹さんは地面にへこたれたまま、下の方を向いて動いていない。この人こんなに純情だったっけ?
「永宮、水樹は絶対に殺さなきゃいけないヒン?」
「……まあ。裏切り者として扱われてますし」
「じゃあ、俺も一緒に殺して欲しいヒン」
あー……なんとなく言いそうな気はしてたけど、本当に言うとは。これ、どうすればいいんだろ。殺すのは論外だけど、どう誤魔化すかなぁ……。
お守り代わりに持っていたオーロさんの煙草を一本取り出し、口に咥える。あいにく火は持っていないので煙は吸えないが、気分を味わうだけで少し心が落ち着いた。
「あ、そうだ」
襟元の無線のスイッチを入れ、口に当てる。聞こえるかどうかわからないが、まぁ誰かが聞いてたらラッキーぐらいに思えばいいか。プフェーアトさんと水樹さんに対する一種の証明みたいなものだし。
「あーあー。水樹のりえ討伐、ならびにシュバルツ・プフェーアト戦死、以上」
こんなもんでいっか。水樹さんは何か骨抜かれたみたいになってるし、放っておいても問題ないだろう。死亡扱いにしたからには、もう会うことはできないかもしれないが。
プフェーアトさん達に背を向け、道の奥に歩き始める。
「……永宮!」
その言葉と共に、馬のマスクが背後から飛んでくる。
目の前にボテッという音を鳴らしながら落下した。
「死んだ証明が何か必要だヒン。それ持っていくヒン」
「いいんですか?」
「別にいいヒン。それより、永宮は俺の顔、見ないヒン?」
背後からプフェーアトさんの声が聞こえてくる。
確かに、素顔はとても気になる。しかし……まぁ。
「いや。また今度、会ったときに見せてもらいます」
「……! たしかに。また今度、だヒン」
馬のマスクを拾い上げ、適当に折り曲げてから懐の中に突っ込む。
あの二人は多分だが、これから適当な星で仲良く暮らすんじゃないだろうか。水樹さんのあの反応からして、プフェーアトさんのことがまんざらでもないようだし。
変な空気になってしまったが、うん。結果オーライだ。
白く輝くドラゴンの霧の下、真っ直ぐに伸びる大通りを再び走り始めた。
はい、すみませんでした。私の力不足です。
改善点などあればご指摘いただけると嬉しいです。