ep.100「着陸」
宇宙船から一歩降り、肺の中を空気で満杯にする。
一応酸素はあるようだが、地球よりも薄い。普段よりも大きく呼吸をしなければ、かなり苦しいほどにだ。
白く霧がかった辺りを見回しながら、プフェーアトさんが船の中から降りてくるのを眺める。
「……プフェーアトさん」
視線を下に向けながら、ゆっくりと歩くプフェーアトさん。
襟の無線機を口に近づけ、警戒しながら話す。
「霧だらけで全く見えないんですが……どっちに進めばいいんでしょうか」
『ん、霧? ワシらには霧なんて――やべぇ、逃げろ坊主!』
フュジさんが突然声を荒げ、通信が途切れた。
すぐに剣を抜き、プフェーアトさんの背中を叩いてから走る。
瞬間、白い霧が一気に黒く染まり、とてつもない悪臭を漂わせ始めた。
「ぬおおおっ?!」
霧の中から間一髪で抜け出し、地面を転がりながら体勢を立て直す。
黒く染まった霧から、本を持った一人の男がスタスタと歩いてくる。
冷酷な、見下すような視線をこちらに向けながら、本をパラパラと開いた。
「諦めは心の養生……どうにもならないことは、すっぱりと諦めることが肝心だ」
灰色の作業服を身に纏った、ヴォラン・ヴェイキュルがそこに立っていた。
本を服の中にしまいながら、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
「ヴォランさん、どうして裏切ったんですか!」
「地球では到底叶えれそうになかったからな。彼女は……」
顔を横に向けて悲しそうな表情を浮かべたあと、再び冷酷な視線をこちらに向ける。
剣を両手で前に構え、一歩ずつじりじりと距離をつめる。
「もうすぐなんだ。……私は、もう何も躊躇わない」
ヴォランさんが足を素早く前に出し、こちらに向かって駆け出し始める。
突き出してきた右の拳を剣で受け流し、膝でみぞおちに蹴りを決めた。
完全に入った一撃だった。しかし、相手にダメージを与えるどころか、こちらの内臓と骨が激しい衝撃に襲われる。
口から血を垂らしながら後ずさり、膝を地面に付ける。
内臓が直接ハンマーで殴られたみたいな、とんでもない痛みを感じる。一体、どうやって……。
「……君程度ならいつでも殺せるんだ。命が惜しいなら、今すぐ帰ることだな」
そう言って、ヴォランさんは北のほうへ歩いていき、姿を消した。
その場にうずくまり、内臓を腹の上から優しくさする。痛みを堪えるために奥歯をヒビが入るほど強くかみ締め、剣を杖にしながら何とか立ち上がった。
「……なるほど、そういうことか」
服を捲ると、腹に大きな赤い手形の痣が残っていた。
ヴォランさんはよくわからない、物体を貫通する武術を使う人だ。膝が体に触れた瞬間、自分の背中から俺の内臓に拳を叩き込んだのだろう。
要は、あの人にとっては、自分に触れたものはどんなに不利な体勢であろうが拳を叩き込めるのだ。皮膚や筋肉の防御なんて一切ない、内臓へ直接。
「……帰るなんて今更できるわけない」
口元の血を袖で拭い、ヴォランさんが消えていった北の方に向かって走り出した。
改善点などあればご指摘いただけると嬉しいです。