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裏方軍人の戦乱記  作者: 算沙
8/11

第五話 西からの使者

 部屋に戻ると少し違和感を感じる。

 こう、何というか、いつもと雰囲気が微妙に違う。

 なんだろうと首をひねりながら歩を進めると、違和感の理由はすぐに氷解した。


「あ、戻られましたか。レットー軍政官、お客様がおいでです」

「客?」


 テレジアの後ろを見ると見知った顔があった。


「ああ、グランタ四等軍政官か。今日はいったい何の用かな?」


 奥の自室へと誘う。

 グランタ四等軍政官は、西部地方軍と軍政部の橋渡し役を担う連絡官に就いている。

 二週間ほど前に西部へ向かったと聞いていたが、戻ってきているということは何かしらの動きがあったのだろう。

 いつもよりも往復のスパンが短い。あまりにも短すぎる。

 グランタ軍政官が顔を曇らせる。


「お久しぶりです、レット―軍政官殿。実は……。西部地方軍が少々ごねていまして……」

「ごねる?」

「西部から南部への兵の派遣について概要をお伝えしたところ、予算や時間の不足、西部での治安維持を理由に拒否したがっている様子でした。中にはあからさまに嫌悪感を示し、拒絶の意思をはっきりとさせている将校もいる始末でして……」

「それは面倒だな……。また仕事が増える」


 しかし西部地方軍がごねてくるとは予想外だった。

 南部の危機だ。てっきり快く協力してくれるものだと思っていたのだが……。彼らにとって南部よりも自分たちの利権の方が大事だというのか。同じ帝国人だろうに。

 いやはや人の思考は複雑怪奇でまったく読めない。

 ……予測しておくべきだった。こうなることを踏まえ、何か手を打っておくべきであった。

 今回のケースはまだいいが、世の中には想定外では済まされないことだって山のようにある。軍政官の職責としてできる限りを把握し、対処に努めなければならない。


「グランタ四等軍政官、なぜ僕のところに?バダン西部局長のところではなくて」

「いえ、バダン局長のところにはもう行きました。それでレットー軍政官に早く対処するようにとの要請を届けるとともに、西部の内情を伝えに私が参った次第です。レットー軍政官は地方軍には知己がいるそうですので適任だと言われていました」

「局長……。まーた帰られなくなるな……」


 げんなりする。

 バダン局長には借りが幾つかあるので返すにはいい機会かもしれないが……。

 旨い酒、飲めそうにないな。

 今夜も徹夜をすることになりそうだ。


「了解した、と局長には伝えておいてくれ。……ついでに課長にも僕がこの案件に取り組むことについて報告を」

「分かりました。お二方にはそう伝えておきます」

「結構。それで、内情と言うのは?」

「それがですね……西部地方軍がごねていると言いましたが全部が全部ではないんです。中には、拒絶している方と同じくらいは協力してくれると言っています」

「……いいことだ。その分楽になる」


 すべてがノーと言っているわけでないと知り、安堵する。

 一部でも好意的な人がいる方といない方では仕事の難易度が跳ね上がる。

 協力的な人もいると分かったことは幸いだった。

 ガチャリと陶器の触れ合う音がして後ろを向くと盆にカップを二つ乗せたテレジアが部屋に入ってこようとしていた。


「失礼します」


 テレジアがコーヒーを淹れてきてくれる。

 香しい香りに惹かれつつも、グランタ軍政官に先を促す。


「西部地方軍司令官のオクバー中将は協力的です。あとはアザイック連隊とロミナミ連隊は単独での戦力派遣も辞さずと。クナイン連隊ミレンザ連隊、トゥーダール連隊……これらは南部への派遣を渋っています」

「ミレンザ連隊……」


 ふと聞き覚えのある名前が聞こえる。

 聞き覚えがあるも何も調査対象として西部へ向かう連隊だ。

 意外なところで結びつくものなのだなと感慨深くなる。


「ええ、ミレンザ連隊はトゥーダール連隊と並ぶ西部地方軍の中核となる連隊です。オクバー中将もおいそれとは手を出しづらいようでして……」


 地方軍は中央軍と違って元々は貴族軍だ。それゆえに各連隊の指揮官はその土地の大貴族がなっていることが多いし、地方軍の戦力も貴族家の財政に影響されがちである。

 その土地その土地の貴族が指揮するので、防衛戦などでは優れたシステムとして作動するのだが、中央軍と違い軍務省への帰属意識が低い。

 さらに階級や軍隊の編成、指揮権などでも特権を持っているので、各地方軍司令官であっても完全に掌握することはできなかった。

 貴族軍を無理に国軍化した時の弊害だな……。

 七十年前の皇帝は英断を下したとは思うが、やるなら徹底的にやって欲しかった。そうすればこんな面倒は起きなかっただろうに。

 皇帝はその時の最善を尽くした。分かってはいるが、理解はしているが、どうしてもそう愚痴ってしまう。


「つまりは中核となる部隊が渋っているということだな?……平時ならいざ知らず、こんな時にとは……。討伐要請を元帥府に出してやろうか」


 悪手だと分かっていてもついつい口にしてしまう。

 テレジアが窘める。


「元帥府にそんな余力はありませんし、そんな内乱の危険があるようなことを軍務卿も、宰相閣下も皇帝陛下も許可しません」

「分かってるよ。冗談だ、つい苛ついただけだ」


 なら良いですと、テレジアはコーヒーを並べ終わって軽くなった盆を胸の前に抱えて部屋を出ていく。


「どうぞ」

「ああ、これはありがとうございます」


 グランタ軍政官はコーヒーを受け取ると、一口軽く含みしっかりと味わって嚥下する。

 そういえばグランタ軍政官は部内有数のカフェイン愛好者だった。西部への連絡役を嫌がらないのも西方のコーヒーが飲めるからと聞いたこともある。

 まあ、今はどうでもいい事ではあるのだが。


「ええとですね、テレジア軍政官も言っていましたが、内乱に繋がるようなことは止めて欲しいとの内々の要請が出ています。どうか穏便に解決できないものかと局長もおっしゃっていました」

「と言ってもな……。最悪武力による圧力までを想定しておくべき案件だと考える。しかし、戦力の派遣要請をするのに戦力を投入するなど元も子もないことではあるか……」


 第一、そんな西部に送り込む余裕があるなら南部に送り込むだろう。

 そこまで中央軍には余裕がないのだ。


「無論、検討なされるのは構いません。しかしレット―軍政官が言われたように中央軍にはそんな余裕はとてもではありませんがないですし、何より許可が下りるとは到底思えません。あからさまに旗を翻したのなら兎も角、西部地方軍の動向は反乱と呼べるほどの物でもありません」

「だよな……。けど脅しくらいにはなるだろう。反乱軍の烙印を押されなければ兵を供出しろってね」


 西部地方軍の中核となる連隊とはいえ三個連隊。所詮はその程度の戦力だ。

 決して小さくはないし、一時的には西部の多くを失陥することにはなるだろう。それでも帝都に第一軍が駐屯している以上は鎮圧されるのは目に見えていた。


「脅しで終わることを切に祈っています……」


 嘆息する。

 脅しで終わることに越したことはない。いくら鎮圧できると言っても、予備戦力をそちらに取られ、西部が混乱に陥る。

 誰であっても冷静に考えるのならば、できれば避けたいと思うだろう。

 迂遠でも面倒くさくても払うべきコストである。


「まあ何とかなるだろう。西部地方軍には揺さぶるネタには困らないし。……局長には査定を多めに評価するように言っておいてくれ。幾つかのネタを使うんですからと局長にはよろしく」


 反乱軍認定の脅迫の他にも職業柄、西部地方軍の不祥事は幾つかストックしてあったりする。

 大抵は末端や下士官によるものだったりして上のほうまで責が及ぶものは中々ないのだが……今回は違う。

 ミレンザ連隊。切り崩していくならばここからだろう。

 テレジアの見つけた不自然な出納。

 その手口は巧妙であったものの明らかに予算を誤魔化している。

 連隊側も予算や人員と言ったまだ言い訳が辛うじて通るものと違って横領や背信、詐取は言い逃れできない。

 必要とあらば逮捕さえできるのだ。

 後釜には都合のいい人を据えればいい。そうすれば万事解決する。

 あまり好みとは言い難い手法だが……有効だし、武力鎮圧よりかはずっと良いだろう。


「分かりました。局長にはそう伝えておきます。課長にも伝えておきますが細かいところはレットー軍政官の方で擦り合わせて貰っても良いでしょうか?」


 もちろん、と返事をする。

 ありがとうございますと言ってグランタ軍政官は席を立った。

 そして部屋の扉を開けた際に、ふと思い出したように鞄から紙の袋を取り出した。


「あ、お渡しするのを忘れてました。西部地方軍の詳報です。どうぞ、お読みになっておいてください」

「分かった。読んでおこう」

「それでは失礼します。テレジア軍政官も。コーヒー、ご馳走様でした」


 軽く頭を下げバタンと静かに扉を閉める。

 渡された紙の袋には部外秘と赤く、大きく書かれていた。

 ベリベリと上の口を破いて開ける。

 ぎっしりと詰まったそれは百枚はあるだろう。簡単にパラパラとめくると全てに秘密指定の印が施されていた。

 軽く一瞥するとテレジアに渡す。


「テレジア、これを読んでおいてくれ。遅くとも昼前までには」

「え……、でもこれ、私が読んでも良い物なのですか?」

「部外秘だから大丈夫。西部局長の許可があれば第二課の人間は閲覧可だから。詳報の閲覧許可なら出てるし平気平気。何か言われたら責任は取るから」


 部外秘は重要書類とは言え形式的な色が強い。

 無論、省外へは勿論のこと二課以外に許可なく持ち出すのはご法度ではあるが。

 ……テレジアも部外秘の書類は昨日来てからも幾つか見てるはずなんだけどな……。

 きっちりと厳重そうに保管されているのを見て身構えているのか。

 五課は極秘までの書類なら殆どフリーに閲覧できるので、機密に対する意識が高すぎるのかもしれない。

 いい教育してるな、五課は。


「いえ……責任は自己で負うので大丈夫です。閲覧していいのであれば構いません。読まさせていただきます」

「よろしく頼む。読み終わったら持ってきて。僕がいないときは僕の机の上に置いておいてくれ。念のためこの部屋を空にしないように頼んだよ。一応部外秘だからね。」


 面白いので少しからかい半分で脅しておく。

 この部屋に部外秘の書類は山ほどあるし、なんなら軍機指定の書類も置いてあるのだ。

 誤った手順で開くと水浸しになる金庫に入れてある。

 軍機指定は水に溶ける特殊なインクで書かれているのだ。

 それはそれとして。

 からかってはみたが、こういったことに神経質になることは良いことだ。

 今回は部外秘だが、秘や極秘、軍機などに指定されているのを漏らしたりした暁には処刑もあり得る。

 もちろん、副官だけの話ではなく責は僕にも及ぶ。

 こういったことに気の回る子が副官で本当に良かった。

 基礎的な教育を高いレベルで修めている。なんと理想的なことか。

 昨日思っていた拒否的な反応はいったい何だったのだろうかと言うほどである。


「明日楽をするためにも仕事するか。……テレジアを付けてやったのに仕事量が変わらないとか課長に言われたくないし」


 優秀な副官に負けじと、凡庸なる頭に鞭を打ち机へとむかうエイベル。

 課長の嫌味も聞きたくないし、何より副官に頼りっきりなんて言うのも格好が悪い。

 席について一つ伸びをする。背中からはぽきぽきと音がした。


「さて、やりますか」


ペンを手に取ったその時から。エイベルの意識は紙の中へと没入していくのだった。

ストックが尽きてきたので連日投稿はとりあえずここまで。

次は来週投稿予定です。27日までには投稿します。

あと、感想や意見もお待ちしておりますのでよろしく。

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