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裏方軍人の戦乱記  作者: 算沙
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第三話 報告しましょう

野球中継を見てて投稿を忘れていたなんて言えない……。

 チュンチュン。チュンチュン。

 小鳥がさえずりが聞こえてくる。

 今の時間は午前七時前。

 エイベルは頭に乗っかた書類を振り払い頭を上げる。


「んー。もう朝か……。結局昨日も家に帰らなかったなあ……」


 昨日。確か食堂からサンドイッチを持ってきてテレジア軍政官に渡して作業を進めていたら……。


「あー、テレジアが何やらでっかい埋蔵金を掘り当てたんだっけ」


 テレジア軍政官が確証はないけれど怪しいと踏んだ決算書。テレジア軍政官が帰った後少し居残りして精査しようとぐらいに軽く思っていたらまさかだった。


「まさか初日で、しかも数万スノア規模の鉱脈を引き当てるとは……。持ってるなぁ、彼女」


 数万スノアあれば軽く豪邸が立つ。軍団規模の兵たちを状況が良ければ半月近く補給することもできる。普通の人なら見ることなく死んでゆくような、とてつもない大金だ。

 

「これは是非とも掘り起こしておきたいなあ……。報奨金も貰えそうだし。でもこれやばい臭いがするんだよな。第五課に押し付けてもいいし……。どうしよっかなぁ……」


 数万スノアの埋蔵金を掘り当てれば貰える報奨金もちょっとした額になるだろう。

 それに査定にも響く。給与への影響は計り知れない。

 ……しかし。そうそうこんな高額なミスはないだろうし、決算書も巧妙に偽装がなされていた。ちょっとやそっと調べたぐらいじゃ分からないくらいには。

 エイベル自身、テレジア軍政官の指摘がなければ見逃していたことだろう。

 そして……ここまで巧妙に装えるのは限られた者だけだ。これは西部地方軍の一部隊の物だから、会計関係者か部隊責任者。もしくは……西部地方軍のお偉いさん。

 ぶっちゃけ面倒な香りしかしない。

 監査を司る、第五課案件として押し付けても別に文句は言われないだろう。

 お金も捨てがたいが、面倒なことに自ら首を突っ込みたくもない。

 苦しい選択と言えた。

 それにもう一つ懸念があった。

 傍らに置かれた書類を見る。

 そこには『部外秘:西部地方軍南部派遣計画案』と書かれていた。


「今、西部地方軍と関係を悪化させるのは不味い……。末端がやっただけなら良いが幹部とかが絡んでくると腹いせに派遣を送らせてきたりするかもしれない……」


 西部地方軍には南部へ戦力を差し向けてもらわねばならない。そのためには地方軍との協力は必須だ。

 もしもこの件がきっかけで軍政部と西部地方軍の関係が悪化したら。

 今後の活動に影響が出てくるのは間違いないだろう。

 無論、逆もあり得る。これをネタに脅し――協力してもらうという流れだ。しかし、そうそう上手くいくとは限らない。上手くいけば見返りも大きいが下手に藪をつつくことにもなりかねない、ハイリスクハイリターン。

 その引き金を自分で引くかもしれないという空想。それも十分あり得るのだからたちが悪い。

 調査を思いとどまらせるには十分な理由になり得る。


「本当にどうするかなぁ……。見つけてしまった以上黙っておくわけにもいかないしな……。課長に判断を仰ぐかなぁ……」


 調査するにせよしないにせよ。この件を二人では無理だ。圧倒的に手が足りなさすぎる。

 応援を借りるにも課長に報告に行くしかない。

 そのついでとして調査するかの判断を課長に委ねよう。

 最終判断は課長。つまり最終責任も課長。

 こちらは従っただけの善良なる一組織人。責任の在りどころから逃げるにはこの一手。

 手柄が課長にも流れるが、これは必要経費と捉えるしかないだろう。最低限のリスクヘッジと言うやつなのかもしれない。

 さてさて。どうなることやら。

 もしもこの場に誰かがいれば悪い顔をしていると思ったことだろう。自分でも分かる。

 頭痛の種になりそうなものを抱えて課長の所へ向かう支度をする。

 関係書類をまとめ、資料を付属させる。

 紙は膨大だが使う部分は大体が数行ずつ。

 見かけの割に内容は薄いのだ。無駄が多いように見えても出典はきっちりと。面倒臭いがしょうがない。

 それに昨晩、調べながら選りすぐっていたし内容もまだ覚えている。さほど時間をかけずに纏め上げることができた。

 時間は七時過ぎ。規定の始業にはまだかなり早いが、課長ならもう部屋にいることだろう。

 作った資料たちを抱きかかえ、部屋を出ようとする。やっぱり重いなとか思いつつ扉に手を伸ばそうとして――気が付く。


「ん……。ん……!」


 資料が邪魔で扉を開けられなかった……。

 失敗した……。

 少し戻ってテレジア軍政官の机の上に一旦置くことにした。

 扉を開ける。資料を再び抱える。外に出て、脚で扉を閉める……。

 上手くできない。

 この部屋のドアは内開き。中からはともかく、外から足で閉めるのは少々手こずる。

 別に半開きでもいいのだが、他の部屋がぴたりと閉まっているのにここだけ開いているというのは何となく癪だ。

 それにどうにかやって閉めてやりたいという意地が芽生えてきていた。

 我ながら子供じみていると思うが。

 しばし扉と格闘し。もう諦めて資料を床に置いて手で閉めるかと思い至った時。

 パタパタと小走りでこちらに近づいてくる音が聞こえ、ふとそちらを見ると。朝日に照らされてさんさんと輝く銀の髪が目に入る。

 テレジア軍政官だ。彼女はエイベルが扉を閉めようとしているのを認めると、こちらに急いで駆け寄ってくる。


「どうかなされましたか?レットー軍政官。扉を足で閉めようとするのはあまり行儀がよろしくありませんよ?」

「ああテレジア……軍政官か。おはよう、早いね。ちょっとね書類が重たくてね……。手が使えなかったから足で閉めようとしていた所なんだけど中々上手くいかなくって」

「でしたらその書類を床に置いて閉めればよろしかったのでは……?」


 テレジア軍政官がじとーっとこっちを見つめてくる。

 全くその通りなんだけれども。そのことに気が付いたのがついさっきなどと言ったら火に油を注ぐだけだよなぁ……。


「それとテレジア軍政官と長いようでしたら……テレジアと呼んでくださっても構いませんよ。少々違和感を感じました」


 軍政官軍政官と毎回呼ぶのは、相手の職も分かっているわけだし手間だ。なにより初対面の相手ならともかく、部下に『軍政官』などといちいち付けて呼ぶことなどまずないし。副官に毎回毎回『軍政官』と付けるのも変な話かとは思ってもいたが、タイミングが分からずじまい。テレジア軍政官――テレジアの方から言ってくれるのはありがたい。

 フォウンも副官との仲は良好にと言っていた。壁を隔てているような接し方はあまり好ましくないのかもしれない。

 無論、倫理規定の範囲内でだが。


「まあ副官に対して他人行儀ではあったかもしれないな……。そうだな、お言葉に甘えさせて頂こう」

「そうですか。……それで扉は閉めればいいのですよね?私がお閉めしときますのでレットー軍政官は先へどうぞ」

「ああ、助かるよ。ありがとう」

「……いえ、副官として当たり前のことです」


 そう言ってテレジアは部屋の中へ入っていき、ガチャリと扉を閉める。

 その時に微かに見えた笑顔は……なんというかとても――可愛かった。

次は明日の18時頃投稿予定です。

もしかしたら明後日になるかもです。

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