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裏方軍人の戦乱記  作者: 算沙
2/11

第一話 初めての副官(2)

続きです。

 課長室をテレジア軍政官と一緒に退室し、自分の仕事場へと向かう。

 テレジア政務官は僕の斜め後ろから歩調を合わせてついてくる。彼女は僕の部屋を知らないようなので、僕が先導する形だ。

 その際一切の言葉は交わさない。副官というのは初めてだし、部下はいるものの、基本的に一人気ままに仕事をしてきたため何を話していいかよくわからなかったのだ。

 こういう時は何を話せばいいのだろうか。無難に天気の話でも振っとくか?いやいや、それはあまりにも当たり前でつまらない。

 それに彼女は女性。

 変に倫理規定に触れても厄介だ。

 テレジア軍政官の前の部署は監察を司る第五課だ。彼女も実直そうだし、倫理規定が飾りにすぎないようなものとはいえ、そこら辺は用心してしすぎることはない。

 階段を一つおり、程なくして目的の場所へと到着する。

 似たような部屋が集まるこの一帯の角に僕の部屋がある。間違って他の部屋に入らないように扉に描かれている模様だけは違うけれど、他はまるっきり同じだ。

 いつものようにガチャリと開けて中に入る。ふと振り返ると、部屋に入ってこようとしないテレジア軍政官に気が付く。何で入らないのだろう。普通に入ればいいのに。

 まじまじと見つめてしまう。が、テレジア軍政官は眉一つ動かさない。

 そこで思い出す。そういえば着任して最初の時は堅苦しい形式があったことを。

 最初に配属されるときは入室の許可を必ず得なければならないのであった。面倒臭いとは思うが、ルールであり慣例だ。

 普段とは勝手が違うことを反省しつつ、テレジア政務官を呼び寄せる。


「テレジア四等軍政官、入室を許可する」

「失礼します」


 ピッと綺麗な礼を行い部屋に足を踏み入れてくる。

 そんな彼女に僕は部屋の主として、先達として歓迎の意を示す。


「ようこそ第二課へ。君の仕事場はここだ。僕の仕事場はこの奥。仕事は基本的に僕の補助をしてもらうから。まあ、これからよろしく。そんなに堅苦しくしなくていいからさ」


「はい、レット―三等軍政官殿。こちらこそよろしくお願いします」


 右手を差し出すと彼女はそれを握り返してくる。いわゆる握手、友好の証だ。男と違って柔らかい手。所々固くなっている豆は彼女の勤勉さの証だろう。軽く縦に二、三度振り手をほどく。

 

「コーヒーでも入れよう」

「あ、私がやります」

「最初だから座ってていい。次からはやってもらうから、見て何がどこにあるかとか覚えて」


 部屋を出る前に沸かしていた鉄のカップに再び火をつける。軍隊でも使っている行軍時の携帯湯沸かしだ。コンパクトで便利だから一つ頂いてきた。

 ある程度熱を持っていたこともありすぐにポコポコと気泡が現れる。その間に戸棚からコーヒー豆を取り出しておく。ついでに豆を挽くやつも。


「隣の袋は何ですか?」

「ああ、これね。軍隊はできるだけ携行品を減らさないといけないからコーヒーなんて士官ぐらいしか飲めなかったんだ。じゃあ最初に豆を挽いて入れるだけにしたらいいんじゃない?って言いだした人がいて。……まあ味はかなり落ちるけどね」


 それでも今まで飲めなかった下士官たちには人気があるそうだ。水に入れて携帯している人もいるらしい。携行食には現場である兵たちと立案する軍政部の認識や常識の違いで常に揉めている。機能性も欲しいが味も欲しいという作る側からしたわがままに思うかもしれないが、運用する立場からしたらひどく真っ当なことだ。認識の差を埋めるという理由でこういったものは配布されたりする。

 今回は質のいい豆を使うから関係はないのだが、捨てるのも勿体ないので定期的に飲んで消費せねばならない。そのことを考えるとげんなりしてしまう。

 ガリガリと豆が壊れる音がする。内部の構造は全く知らないが、恐らくは刃かなんかで引き裂いているのだろう。そうでなければこんなに細かく粉々になるとは思えない。

 ハンドルを回すと心地よい振動が手のひらを通して伝わってくる。僕はこの手ごたえが大好きだ。何と表現すればよいか分からないが、程度な歯ごたえのある障害を越えられた時と同じ快感がある。

 これを得るためにコーヒーを飲んでいたと言っても過言ではない。昔はついつい回しすぎてコーヒーを量産したものだ。

 そうこうしているうちに挽き終えて。ボコボコと完全に沸騰したお湯を火から放し、木でできた取っ手を持って少し冷ます。


「コーヒーを入れるときは熱湯のまま入れず、少し冷ましてからにしてくれ。熱いまま入れると苦すぎて飲めない」

「苦いのはお嫌いですか?」

「好きではないね。苦いっていうのは毒に対する警戒から獲得した人の本能だ。それに逆らう方がどうかしている」

「はぁ……」


 一分くらいそのまま放置し、挽いた豆を入れた陶器のカップにお湯を注ぎ込む。ここが鉄製のいいところだ。薄くても丈夫に作れ、薄いし金属だから熱を伝えやすい。すぐに加熱でき、冷めるのも早いこのカップは本当に優れものだ。


「はい、お待たせ。腕のせいで味は落ちているかもしれないけれど豆自体は良い物だから飲めないほど不味くもならないはずだから」


 コーヒーを渡しながらひとすすり。うん、不味くはないし旨い部類だとは思うがこれは豆のおかげであって、腕前のおかげではないと断言できる。実際、これに劣る豆でもこれよりは旨く仕上げることもできるのだし。

 お互いに一息入れる。テレジア軍政官の方も顔では分からないが緊張していたのだろう。肩がわずかにさっきと比べて下がって見える。こうなると少しは会話も弾むもので。たわいもない話ではあったが、いくらか打ち解けれたように思える。テレジア軍政官の方も肩ひじ張った言い方が若干丸くなってきた。

 もう少し話して打ち解けたい感じではあったのだが……今は時期が悪かった。

 配属したばっかりで彼女には悪いが、今現在、一課と二課はてんやわんやなのだ。その忙しさと言ったら、僕のような人間でもフルに活用していかないと、とても処理できない量である。

 淡白な人かと思われたかもしれないが致し方なし。責めるならば仕事を持ってくる人に言ってくれ。

 これも全て南方で勢力を強めている反乱軍のせいなのだが……。こうなっても軍務への予算が増えないので、兵装調達の予算確保に奔走していた。

 暫くは単純作業に従事させるか……。

 半月は彼女の指導なんてとてもできそうにない。挨拶もそこそこに仕事の話へとシフトチェンジする。


「取り合えず、資料の査読を頼もう。不当な予算申請とかあったら印をつけて、後で纏めて持ってきて。疑わしいレベルで良いから。それを僕が確認して最終的な判断をするから。あ、これが予算の手引書だから。これを参考にしながら判断していって。よろしく頼むよ」


 と言いつつ木箱いっぱいになっていた書類の束と、これまた分厚い手引書を渡す。

 これが二課の単純作業。手引書通りに選別していくだけの誰でもできる簡単なオシゴト。

 ……二課が修羅場なのが一目でお分かりになるだろうか?でも、今ある仕事で一番楽なのは絶対これなのは確かなのだ。コツさえつかめば流れ作業でできるし。

 それに、この作業を通じて彼女の能力を図ることができる。

 第五課で課長に気に入られてみたいだし、能力は低くはないとは思うが、ここは実地主義。実際に見てからじゃないと何とも言えない。……って偉そうに言っている僕がどれだけできるんだって話ではあるのだけれども。

 しかし今は彼女が僕の副官であり、僕は先達。ちょっとばかり虚勢を張っても許されるだろう。僕には彼女を評価し、適材適所に扱う義務がある。

 そのためにも仕事を見るうえでも中々に良いチョイスだったのではないだろうか

 ……というのは表向きの理由。理由の五割でしかない。

 ぶっちゃけ査読って面倒臭いのだ。予算申請の無駄は既にかなり減らされている。さらにその上見つかるなんてものは滅多にない。

 しかし完全に無いわけではないわけで。木箱いっぱいの量にもなると、塵も積もれば山となる論法で結構な量に上る。しかもその金額が少なくない額となっており、査読がなくならない理由の一因となっている。

 大きな見逃しを業界用語で鉱脈とか言ったりするのだが、量の多い大鉱脈は稀だ。大体はチビチビした少々鉱脈。大鉱脈を掘り当てた時は気分も高揚するというものだが、普段は作業の割に成果の少ない地味な作業として敬遠しがちになってしまう。

 我ながら良い大義名分を見つけたとほそく笑む。

 他にもかったるい作業は山のようにあるが、結構な負担軽減になるのは違いない。

 真面目に仕事にあたるのは義務ではあるが、楽をする工夫をしたって罰は当たらないだろう。やる気も体力も有限なのだ、効率よく使っていかなければ。

 教育役をしろと言われたときは貧乏くじを引いたとも思ったが、中々に良いのかもしれない。

 じゃあ頼むよと、奥の自分の部屋へと向かう。

 テレジア政務官に振り分けてもまだまだ仕事は山積している。手早く進めていかないと今日も家に帰れなくなってしまう。

 風呂場も食堂も完備している軍政部だから、家に帰らなくていいという猛者も中にはいる。いるのだが、やはり家に帰ってゆっくりしたいと思うのは間違っていないだろう。というかそんな社畜になりたくはない。

 ああ、だるい。

 本当だるい。

 戦場で矢面に立つ前線兵士よりも反乱軍を憎む気持ちは、軍政部の職員のほうが強いのではないだろうか、ほんと。その憎しみの半分はお金をくれない上に向けての物でもある。

 頭の中では愚痴を垂れ流しながらも書類をめくりめくり。

 終わらねー、ふざけんなー、金よこせー。

 エンドレスで流れる言葉たち。仕事の量が多いのは仕方ないとしても予算は工面していただきたいものだ。こっちは錬金術師ではないのだ。お金がなくて戦争ができまいか。

 しかして、それを理解してない人が少なくないのだ。命令さえ下せば何とかなると、それは下の仕事であると思っているに違いない。あながち間違ってもいないのかもしれないが、最低限のものは用意していただきたいものである。

 お金は出せないけれど勝てとか現実の見えないことは本当、言わないで欲しい。

 軍から資材が足りない糧食が足りない武器が足りないと言われるのはこっちなのだ。

 ……といっても始まらず。

 予算確保の努力は別の人がやってくれている。ならば自分は自分の仕事を全うするしかない。

 つまりは削れるところを削って、先のものを崩して今にあてる。自転車操業的かもしれないが、今はコストカットと目の前に差し迫っていることへの予算を確保することが第一。

 明日にこだわって今日が生きられなくなったら本末転倒にすぎるというものだ。


「ほんと、オーバーワークだな……」


 目の前に広がる数字と文字の海を見下ろしつつ。その顔はわずかばかり引きつっていた。

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