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十人十色の恋愛事情  作者: 武村 華音
9/18

夢-1

十人十色第二弾。

第一弾とは全く別物です。

「好き」

「はいはい」


 私は日課である告白を今日も公衆の面前で行っていた。

 私に告白されても眉ひとつ動かさず、軽く流すこの男性は林田(はやしだ) 俊哉(しゅんや)さん。

 御年二十六歳の英語教師だ。


「ハッチ、いい加減真剣に聞いてよぉ」

「聞いてますよ、いつも」

「だからね、好きなの。私と付き合って?」

「何度も言っているはずですよ、永田(ながた) (ゆめ)さん。生徒である以上恋愛対象外です、と」


 私は毎日告白し、当然ながら毎日振られている。

 それならば、と変化球を投げてみる。


「じゃあ、学校やめるから付き合って?」

「高校中退した時点で恋愛対象外です」

「何でよぉ」

「僕が高校教師だからです」


 分かるような分からないような断り文句。

 しかし、その言葉にはやっぱり躊躇の欠片もなく、私は本日八回目の失恋をした。


「ねぇハッチ、知ってる? 私さぁ今のでハッチに告白したの四千回到達」

「それはそれはご苦労様です」

「四千回祝いに何かお祝いとかない?」

「あぁ、それは気が利かずに申し訳ございません」


 ハッチはにっこりと微笑んで私に茶封筒を差し出した。


「え? 何? 婚姻届?!」

「貴女の頭は本当にめでたくて羨ましいです」


 ハッチから差し出された封筒を受け取って中身を取り出してみる。


「ん? 再生紙?」

「はい、地球に優しくがモットーですから」


 紙を広げて私は泣きたくなった。


「ハッチぃ……」

「はい」

「地球だけじゃなくて私にも優しくして……」

「お祝いが欲しいと言ったのは貴女ですよ、永田 夢さん」


 ハッチが私にくれた物。

 それは英単語の穴埋めプリントだった。


「告白回数を覚えておくよりも英単語をそのくらい覚えて欲しいものです」


 ハッチは今日も惚れ惚れするような優しい笑顔で私に毒を吐く。






「あんたも大概にしときなさいよ、あんたの執着っぷりは立派にストーカーだわ」

「そんな、褒めないでよ。恥ずかしいじゃん」

「褒めてないから」


 教室で英語の辞書を捲りながら唸る私を親友の(のぞみ)が呆れた顔で見下ろしていた。


「これやってハッチのとこに持って行くんだから邪魔しないで」

「あ、間違ってる」

「え、どこ?!」

「三問目と八問目と、ん〜二十一問目と三十二問目」


 望は学年トップの成績。

 私のように辞書を引かずとも答えが分かっているんだから羨ましい。


「あんたさ、それ中学校の問題だって分かってる?」

「分かってない。私ひらがなとカタカナ専門の人だからアルファベット見てもさっぱりだし」

「よく言うわ、この間カタカナの “ヲ” が読めなかったくせに」

「あんなカタカナ見た事ないもん。大体、カタカナの “ヲ” なんていつ使うのよ? 使わなくない?」

「まぁね。でもあんたが高校にいる事が不思議なのは変わらないけど」

「私も不思議だわ、本当。単なるまぐれだとは思うけど」


 本当に、適当に埋めたら受かっちゃったって感じだし。


「三年に進級出来てるのも不思議だわ」

「金積んで進級してるわけじゃないよ。うちはそんなに裕福じゃないし」


 馬鹿だけどそこまで馬鹿じゃないとは思っている。

 赤点だけは取った事がないし。

 英語以外は。


「そんなに恋い焦がれるほどいい男かね、アレ?」

「アレ言うなぁ、ハッチは最高なのっ! 私にはハッチしかいないの!」


 教室内で声を荒らげても誰も気にしないのは私が入学以来毎日ハッチに告白しているのを知っているからだ。

 校内でハッチを見掛ければ告白に走る私を、多分全校生徒が知っている。


 いいんだもん。

 誰がどう思おうと、私がハッチを好きなんだから。

 ボサボサ頭も無精髭も皺くちゃのスーツもヨレヨレのネクタイも全部が愛おしい。


「あんた馬鹿でも顔は可愛いから、他にいくらだって見つかると思うんだけどね、イイ男」

「ハッチ以外はカスよ、眼中!」


 私は必死に穴埋めプリントを全部埋めて立ち上がった。


「次、英語なんだから持って行かなくても会えるでしょ」

「あ、そうだ♪ ハッチが会いに来てくれるんだぁ」

「本当、めでたい頭」

「放っといて」


 校内に授業開始のチャイムが鳴り響く。

 それと同時に開く教室前方のドア。

 時間ぴったりに教室に入って来たのはハッチだ。


「ハッチ、会いに来てくれたのね♪」

「いえ、授業をしに来たんです。着席して下さいね、永田 夢さん」

「フルネームじゃなくて夢って呼んで」

「最終警告です、永田さん座りなさい」


 な……名前が消えた。


 私はショックで席に倒れ込むように腰を下ろした。


「さぁ、平和になったところで授業を始めましょうか」


 そう言ったハッチはやっぱり優しい笑顔で、優しい声で……。


 何だか泣きたくなってきた。

 私の名前を呼ばなくなるほど嫌われちゃったのかなぁ……。

 嫌われたくないよぉ……。


「先生、永田さんが泣いてますぅ」

「どうしたんですか、永田さん?」


 やっぱり名前を呼んでくれないぃ……。


「ハッチが名前呼んでくれない……」

「おとなしくできますか? 授業中は告白しないと誓って頂けますか?」

「うん、チャイムなってからにするから……名前端折らないで」

「約束ですよ、永田 夢さん」


 名前、呼んでくれたっ。


「うん!」

「はい、じゃあ授業を始めます。教科書の……」


 私は涙を拭いて教科書を開く。


 ハッチに嫌われたら私が学校に来る目的がなくなってしまう。

 私はハッチに会うためだけに学校に来てるんだから。


 あの日ハッチに会った時から私の心は奪われちゃったんだから――――――。





ご覧頂きありがとうございます。

第二弾連載開始です。

更新は……すみません、予告できません。

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