有紀-4
純君とデートの日曜日。
私は早起きして弁当を作っていた。
マスターには敵わないけど、たまには違う人間が作った物だって新鮮でいいだろうと思った。
何よりも純君に喜んで欲しい。
昨日は部屋に閉じ篭っていたけれど、純君のために私が出来る事をやってあげようと思った。
マスターよりも、今はデリケートな純君の心を軽くしてあげたい。
マスターは大人だから自分で解決できる筈。
だけど、純君はまだ七歳。
そんな事できるわけがない。
「そんなに張り切っちゃって。今日はデート?」
朝からキッチンに立つ私にお母さんが微笑む。
「うん。七歳の男の子とデートすんの」
小ぶりなおにぎりを握りながら笑顔で答えるとお母さんは顔を引き攣らせた。
「危ない事やってんじゃないわよね?」
何の心配だよ?
「知り合いの息子さんだよ。今日子守り頼まれたんだ」
私は自分で吐いた “子守り” という言葉に顔を顰めた。
間違ってないのかもしれないけど、何か嫌だ。
頼まれたからするんじゃない、私がそうしたかっただけなのだ。
一言で片付けられると思って、軽い気持ちで吐いた言葉に嫌悪感を抱いた。
「映画観て、公園でサッカーする約束してるんだ」
「あんたが子守りなんて大丈夫なの?」
「平気平気! だって私純君好きだし、純君も私に懐いてくれてるし。仕事中だって一緒に遊んでるんだから」
「七歳か……だったらお弁当にもうちょっと手を加えたら?」
お母さんは手際よく私の作った弁当に手を加えていく。
シンプルだった弁当があっという間に子供向けの弁当になった。
普通のおにぎりがサッカーボールの形のおにぎりになり、サンドイッチもお母さんの手に掛かればあっという間にアニメのキャラクターの形へと変化した。
鶉の卵も食紅を使って着色して色合いも鮮やかになりただカットしただけのきゅうりもお洒落な切り方をしたらその存在感を増した。
「お母さんって魔法使いだね。今度教えて」
「お安い御用だわ。今度好きなキャラクターとか聞いてきなさい」
「うん」
お母さんは楽しそうに微笑んだ。
器用な母を持つと心強い。
私はジーンズにTシャツというラフな格好で日焼け止めを塗り、薄っすらと化粧を施して家を出た。
先ずは映画観て、公園行って軽く運動してからお弁当食べて、公園内のふれあい広場で動物と遊んで、夕方五時には送っていく。
もしマスターが居なかったら一緒にゲームでもやって帰りを待てばいい。
子供一人で待たせるなんて絶対にさせたくない。
店の裏側にあるインターホンを押すと元気な純君の声が聞こえた。
『はぁい』
「仲根で〜す」
『あ、有紀ちゃん?! ちょっと待ってて!』
インターホンが切れるとドタバタと走り回る音が聞こえてきた。
「慌てなくてもいいよ、ちゃんと待ってるから」
私は笑いながら声を掛けた。
「お待たせっ!」
満面の笑顔で玄関を開けた純君は寝癖の付いた髪を手で押さえながら帽子を被った。
「あれ? マスターいないの?」
私が尋ねると純君は俯いた。
「朝起きたら居なかった……」
「え? 朝ごはんは? ちゃんと食べた?」
「うん、作ってから出掛けたみたい」
あの親父……!
何考えてんの?!
拳を握り締めるとその手に純君がそっと触れた。
「映画、行こ?」
寂しい笑顔だった。
「うん、行こう! 十時四十五分から始まるから今から行けば丁度いいよ」
「うん!」
「サッカーボール持って行こうか? 公園でやるんでしょ?」
「うん!」
純君に笑顔が戻ると私はホッと胸を撫で下ろした。
ショッピングセンター内にある映画館で、私達はポップコーンとジュースを飲み食いしながら目的のアニメ映画を鑑賞した。
正直、子供向けのアニメ映画なんて楽しくもないけど、純君の楽しそうな横顔を見てると幸せな気分になれた。
自己満足だって分かってるけど……でも、やっぱり笑顔でいて欲しいから。
「楽しかったぁ!」
パンフレットを買って映画館を後にした私達は中央公園にやって来た。
「ここはボール大丈夫だって言ってたよね?」
「うん!」
「私下手だけどいい?」
「うん! 一緒にやろう!」
公園に着くと私は大きな木の根元にレジャーシートを広げて荷物を置いた。
葉が青々と繁った木は大きな日陰を作ってくれていた。
日が傾いても陽に当たらなそうな場所。
遊ぶ気満々の純君を見ていると動物達と遊ぶ時間はないだろうと思ったのだ。
「有紀ちゃんサッカーしよう」
「OK〜!」
純君の蹴るボールを必死に追い掛け、純君に蹴り返す。
ただそれだけの事なのに、ボールは純君の方向には向かってくれない。
「何で純君のほうに行かないのぉ?!」
あまりの下手さに泣けてくる。
「有紀ちゃん、こうやってね、ここを僕のほうに向けてここにボールを当ててみて?」
近くで寛いでいる家族が私と純君のやり取りを見て笑っている。
確かに、子供にボールの蹴り方を教えてもらっているんだから笑われても仕方ないんだけど……。
「ほら、できたぁ! 有紀ちゃんのボール、ちゃんと僕のほうに来たよ!」
「やったぁ! 純君教え方上手〜♪」
「有紀ちゃん、休憩しようよ。お腹すいちゃった」
汗だくの純君はTシャツの裾で汗を拭った。
「あ、純君。今日はね、お弁当作ってきたんだよ」
「嘘?! 本当に?!」
「本当本当♪ 喜んでもらえるかなぁ?」
私は芝生の上にレジャーシートを広げて座り、クーラーバッグから重箱を取り出した。
「開けて開けて♪」
純君は笑顔で重箱の蓋を持ち上げた。
「わぁ! すごいっ! これアン●ンマンでしょ?! サッカーボールのおにぎりだ!」
「好きなものを好きなだけ食べて。純君に食べて欲しくて作ったんだよ?」
純君はサッカーボールのおにぎりに噛み付いた。
「おいしい! 有紀ちゃん上手だね♪」
「もっと褒めて褒めて♪ 褒めてくれたらまた作っちゃうから」
私達はワイワイと賑やかに弁当を平らげた。
「お腹いっぱい〜」
「私もぉ……」
私達はレジャーシートにごろんと倒れ込んだ。
「食べてすぐに横になると身体がまぁるくなっちゃうんだって、パパが言ってたよ?」
「毎日じゃなきゃ大丈夫だって」
「ねぇ有紀ちゃん、ちょっとだけ寝てもいい?」
「ん? お腹いっぱいで眠くなった?」
「夜あんまり寝れないから眠くなっちゃった」
夜寝れない?
マスターのせい?
「いいよ、寝ちゃいな。帰る時間になったら起こしてあげるよ」
「うん、ありがと」
純君はあっという間に規則正しい呼吸を始めた。
余程疲れていたんだろう。
「まだ七歳なのにね……私でよかったらいつだって遊んであげるよ?」
私は純君の顔をそっと撫でながら呟いた。
純君はなかなか目を覚まさない。
ちゃんと呼吸してるのか心配になって幾度となく確認をした。
顔を近付けて呼吸をしているか、とかお腹をジッと見ながら動いてるかとか……心音聞いてみたり、ちょっと顔を突いてみたり。
閉店した頃は物音一つしないし純君は寝てると思う。
でも、きっとマスターが部屋に帰ってくると目を覚ましちゃうんだろう。
だから、夜お酒を飲んでるのを知ってるんだ……。
純君は周囲の声にも全く動じない。
爆睡とはこういう事を言うんだろう。
安心して眠ってくれているなら、まぁいっか。
でも……純君が寝ちゃうなんて考えてなかったなぁ。
分かってたら本とかゲームとか持って来たんだけどな……。
私は重箱の中に残っていたおにぎりを取り出して小さく千切り、餌を探して歩いているだろう鳩に投げた。
最初は驚いて警戒していた鳩も何回か投げると慣れたようで傍に寄って来るようになった。
「有紀ちゃん……何してんの?」
鳩の餌付けをしている私の背後で声がした。
「あ、おはよ純君。鳩に餌あげてたんだよ」
身体を起こした純君はすぐ傍にいる鳩に一瞬驚いたようだが、私が投げているのを見て一緒に投げ始めた。
「鳩もお腹空いてたんだね」
「そうだね」
本当は帰りの荷物を少しでも軽くしようと始めたのだが、そんな事は絶対に言えない……。
時計を見ればいい時間。
「純君、四時だ。そろそろ帰ろうか?」
「えぇ〜っ、まだ遊びたいよぉ」
「また今度。遅いとパパが心配しちゃうしさ。あ、帰りにアイス買って帰ろうか?」
「うん! パパのも買って行く!」
「そうだね、純君だけだとパパが拗ねちゃうかもしれないもんね」
私達は一緒に片付けをして店の近くのコンビニに立ち寄った。
「純君はどんなアイスが好き?」
「ん〜っとね、これ!」
純君が手に取ったのは “パ●コ” というボトル型の二本入りアイスだった。
仲のいい親子らしいチョイス……なのか?
「パパと分けて食べた〜い」
嬉しそうな純君の顔を見て、私も笑顔になる。
会計を終わらせ、店を出て歩き出すと私達のすぐ横を車が追い抜いた。
一瞬の事だったが、助手席の人物と視線がぶつかった。
その人物は……見間違いなんかじゃなく、マスターだった。
運転していたのは女の人……。
驚きよりも、哀しさよりも、怒りが込み上げてきた。
ご覧頂きありがとうございます。
本日4日目。
半分です。
それではまた明日♪