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十人十色の恋愛事情  作者: 武村 華音
17/18

夢-9


 吐く息も白くなる十二月。

 三年生フロアは皆教科書や参考書を手に勉強の話ばかり。


 推薦で進路が決まった子も結構いるけど、まだセンター試験も一般も残っている。


 ちなみに望も私も推薦組だ。

 とはいえ、勿論望とは頭の出来が違うので行く大学も違うんだけどさ。


 望は当然だろうけど、私まで進路が決定した事が不思議でならない。

 まぐれって何度も起こるんだなぁ……なんて思ったりして。


 担任や両親は泣いて喜んでたけど、そんなに喜ぶことなのかはいまいち分からない。

 だって通うのは私だし。

 まぁ、先生方が私の頭に合った大学を進めてくれた結果だと思えば不思議でもないか?


 って事で、まぐれでも何でも進路が決まってしまえば怖いものなんてないわけで。

 私は今日もハッチを追い回してたりする。


「ハッチ〜っ!」

「また出ましたね、永田 夢さん」

「今日も愛してる♪」

「貴女を見ていると受験生だとは思えませんね」


 やっぱり告白も流されてるけど。


「そんな事ないでしょ、期末頑張ったの見てない?」

「見てますよ、採点は僕がやってますから」


 今回の試験は今までで最高点。

 苦手な英語が、なんと八十点だったのだ。

 そのおかげで初めて二百位以内に名前が載った。


「ちなみに、知ってる?」

「知りません」

「告白、ついに五千五百回到達」

「それはそれは。でも、お祝いはないですよ?」

「ちっ」


 先に言われてしまっては何も言えない。


「その調子で今後もモチベーションを維持して下さいね」

「ハッチへの愛のモチベーションは常に維持してるよ、ってか永遠に維持できる」

「……勉強のお話です」

「だよねぇ」


 ハッチは溜め息を漏らして私に背を向けた。


「ハッチ、大好き」

「はいはい」

「本当に好きなんだよ?」

「はいはい、僕も生徒さん全員大好きですよ」


 やっぱり今日もハッチはつれないのだった。






 二学期も終わり、冬休みに突入。

 しかし、受験生に休みなんてものはない。


 何度も言うが、この学校は進学校。

 当然の事のように毎日補習という名の授業がある。

 まぁセンター試験も近いし、仕方ないんだけどね。


 学校が閉められるのは二十九日から三日まで。

 それ以降は始業式前でも補習という名の授業が待っている。

 そしてそのままセンター試験に突入し、そのあとには卒業認定試験。


 軽くノイローゼになりそうだよ。


 でも、まぁ……前回同様、八十点越えの成績で何とか百五十位にまで順位を上げた私。

 凄くない?

 やればできる子じゃん、私って。


「頑張ってるね、夢」

「うん、頑張ってるよ」


 掲示板の自分の名前をちょっと誇らしく思えたりして。


「本当に頑張ってますね、永田 夢さん」


 背後からハッチの声が聞こえた。


「ハッチ、会いに来てくれたの?」

「いえ、偶然通り掛かっただけです」

「だよねぇ」

「はい」


 いつもと変わらない流し方だけど、今日のハッチはちょっとだけ機嫌が良さそうだった。


「ハッチ、百五十位って凄くない? ハッチも少しは喜んでくれる?」

「それは喜んでますよ、教科別順位で最下位だった永田 夢さんが八十点以上の点数を取れるようになったんですから」


 一言多いよ……。

 素直に私を喜ばせてくれないあたりがハッチらしいけど。


「本当、こうやって順位が上がってくれると私の苦労も報われたって思えるわ」


 感謝してます、本当。

 神様仏様望様。






 二月に入ると、三年フロアも何だか少しは穏やかな空気に変わっていた。

 半数以上の進路が決まっているからだろう。


 残りの少数は国立とかランクの高い所を目指している人達だ。

 推薦もセンターも撃沈して、焦っているように見える。


 そういう人からすると、私みたいなのは見てるだけで腹が立つようで。

 最近は三年フロアでハッチに声を掛けると睨まれる。

 だから、三年フロアではおとなしくしておくことにした。


「ハッチみ〜っけ」


 以前兎小屋のあった、現在の花壇の前でハッチを見つけた。


「おや、永田 夢さん。こんにちは」

「何してたの?」

「何でもありませんよ」

「……ここ、兎小屋があったんだよね」


 ハッチは何も答えない。


「私さ、入試の日にここでウサギと遊んでるハッチを見たんだ。兎に話し掛ける声も見つめる眼も優しくて……そんな眼を、声を……私だけに向けて欲しいって思った。多分、その瞬間からハッチの事が好きなんだと思う」

「……そう、ですか」

「合格発表の日にね、ここに来たら会えるかもって思ったけど、ここには兎もハッチもいなかった」

「そうですね」


 兎は校内に乱入してきた野良犬に襲われて死んじゃったって掃除していたおじさんが言ってた。


「兎を埋葬した人が林田先生っていう人だって掃除のおじさんが言ってて、お墓の場所も聞いて行ってみた。でも、そこには男の人が居たんだ。ボサボサの頭で皺くちゃのスーツ着た人」


 そう、ボサボサの頭で皺くちゃのスーツ着て、ちょっと猫背の男の人。

 それがハッチだった。


「何だか声も掛けられなくてその日は諦めた。で、入学式の次の日もう一回行ってみようと思って階段を下りてたら」

「ボールが飛んできたんですか?」

「そう……あの時ハッチが庇ってくれて無傷で済んだ」


 ハッチの右目の横にある一筋の傷はその時にできたものだ。

 ハッチの掛けていた眼鏡のヨロイかテンプルで切れてしまったんだと思う。


「あの時は僕も驚きましたよ」

「私が告白したから?」

「そうですよ。僕は今まで生徒さん達に告白された事はありませんからね」

「あの告白も本気だったんだよ?」

「はいはい」


 ちょっと暗くなっていた空気がいつものように軽いものに変わっていく。


「あと少しで卒業ですねぇ」

「ハッチに会えるなら留年でも良かったんだけど、ハッチに嫌われたくないから体育祭の後は必死に勉強したよ。親とか石ちゃんが褒めてくれるより、ハッチにおめでとうって言って欲しかった」

「そう言えば、言ってませんでしたね。おめでとうございます」


 ついでのように言われた言葉でも嬉しかった。


「でも、永田 夢さん。御両親も担任の先生も本当に貴女を想ってるんです、そういう言い方は感心しません」

「でも……」

「でも、じゃありません」

「……ごめん」

「大学の合格祝いに、ジュースを御馳走して差し上げますよ」


 ハッチはズルイ。

 告白すると流すくせに、気まぐれに私を甘やかす。


 だからいつまでも、ハッチを諦められないんだよ。

 ねぇハッチ、分かってる?



ご覧頂きありがとうございます。


次回更新……明日の予定、です。

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