夢-8
十月。
この学校では体育祭と中間テストがある。
三年にはいい息抜きでもあるんだけど、体育祭の前の中間試験は勘弁して欲しいなぁ……。
しかし、嫌がる私達(?)を無視して時間は進み、あっという間に試験期間が終了。
数日後には三年の掲示板に上位二百五十人が貼り出されていた。
「どうだった?」
「ん〜普通」
この学校はおかしい。
学年トップ、つまりは満点が三十人もいるなんて……。
一問間違えただけで順位は三十番台。
二問間違えて四十〜六十番台。
勿論私は百番以内に入れるはずもなく……。
「二百十一番か。前よりも順位は上がったね」
「だね」
私の点数が異常に悪いわけじゃない。
三百人中二百十一って、決していい順位じゃないけど……それでも五教科で四百六十点は取ってる。
公表されるのは二百五十位まで。
あとの五十人が公表されないのは先生達の優しさなのかもしれない。
ちなみに私の名前が載ったのは昨年からだ。
一年の時は見事に最下位を頂いて担任の先生に泣かれてしまった。
その時の点数は四百点だった気がする。
この学校の赤点ラインが五十点だっていうのもおかしいと思う。
「次回は二百以内だね」
「無理無理」
そして、試験結果が出ると体育祭に本腰を入れる。
体育祭はストレス発散の場でもある貴重なイベントだ。
基本的に、この学校で体力を求めるのはナンセンス。
皆本の虫みたいな人ばっかだから。
でもさ、中にはいるんだよね。
文武両道っていうの?
スポーツも勉強も出来ちゃう人。
「あんた、勉強も出来ないのにスポーツでも一番になれないの?」
呆れた顔をしている望の言葉に私は撃沈。
同級生の斉藤さんという子に勝てないのだ。
毎回。
一年の時からずっと。
私は常にタイムでも着順でも二番、練習でも勝った事がない。
「悔しいよぉ……」
机に突っ伏す私の頭をポンポンと叩きながら望が小さく唸る。
「林田先生の力借りたら?」
「反則厳禁」
ハッチに絡む事は全てフェアに。
それがモットーだ。
大体、ハッチに何をしてもらえっての?
「反則ではないと思うんだよね。あんたアンカーじゃない? ゴール近くに先生が立ってるだけでスピードアップしないかなぁなんて思ったんだけど」
クラス全員の視線が望に向けられる。
「ハッチに迷惑掛けたくない」
「あんたが毎日告白してるのに比べたら可愛いもんよ」
そうだそうだ、という教室内の異様な団結力に私は顔を引き攣らせる。
そして次の授業が英語だったりするから困ったもんだ。
チャイムと同時に教室前方の扉が開き、ハッチが入って来た。
「先生」
学級委員でもある望が代表して口を開く。
「どうかなさいましたか、岩崎さん?」
「実は、クラス全員からお願いがあるんです」
ハッチは驚いたような顔で教室を見渡す。
クラスメイト達は拝むようにハッチに手を合わせている。
ハッチは仏様かい……。
「内容にもよりますが、先ずはお話を伺いましょうか」
ハッチは教壇に出席簿や教科書を乗せると望を真っ直ぐに見つめた。
羨ましい……私も見て。
っていうか、私だけを見て欲しい。
「今度の体育祭は、私達にとって最後の体育祭ですよね?」
「そうですね。余程の事がない限り来年体育祭に参加する事はないでしょうね」
「ですから勝ちたいんです、一組に」
ハッチは天井を見上げながら、あぁ……と呟く。
「永田 夢さんはいつも二番手でしたねぇ」
「今年は夢を勝たせたいし、私達も勝ちたいんです」
「で? 僕にどうしろと仰るんですか?」
「夢が走る時にゴール付近に立ってて欲しいんです」
望はニッコリとそう言って、クラス全員が赤べこのように頷く。
窓際最後尾の私から見たら不気味な光景だ。
「それは面白いですね」
即却下すると思いきや、意外にもハッチは笑顔で。
「いいでしょう。その程度でよろしかったらご協力しましょう」
クラスから歓声のような声が上がる。
「体育祭が終わってからも絶対に口外しない事をお約束できますか? 守れるのであれば交渉成立です」
クラス全員の息の合った返事が響き渡る。
私は呆れながらハッチを眺めていると、今まで私の事なんか見もしなかったのにばっちり視線が絡んだ。
「楽しみですねぇ、僕をがっかりさせないで下さいね。永田 夢さん」
今までに感じた事のないプレッシャーが私を襲ったのは言うまでもないだろう。
「もしも、二組が優勝したら皆さんに学食のパックジュースを御馳走しましょう」
ハッチは笑顔で一言付け足した。
クラス全員の目の色が変わったのってのも……分かる、よね?
そして、体育祭当日。
やはりというか何と言うか……一組がトップの状態で種目は進んでいた。
餌に釣られたクラスメイト達の頑張りもあって我が二組は一点差の二位。
このリレーで勝てれば逆転という、物語によくあるような状況だ。
ちなみに一位が五点、二位が三点、三位が二点、それ以下は一点という配点になっている。
「夢、頼むわよ。今年こそ優勝よ」
「超プレシャーなんだけど?」
「気のせいよ。あんた、緊張とかプレッシャーと無縁じゃない」
「失敬な……」
普段何事にも期待される事のない私にとって、こういう期待は本当プレッシャー……。
ピストルの音が響き渡り、男子のリレーが始まった。
意外にも五組の男子がトップを走っている。
二組は三位。
一組は……八位。
クラスメイト達の応援にも熱が入る。
たかがジュース、されどジュース。
男子からそのまま女子のリレーに移るため、男子の順位はかなり重要。
女子にバトンが渡った際には一位とタッチの差程度だった。
一組は順位を上げて来ていて、現在四位。
このままいけば勝てる。
けど、上手くいかないのが世の中だ。
途中でトップの五組の子が転倒し、クラスの子が巻き込まれた。
すぐに起き上がって走り出したけど、三番手だった六組に抜かれて、更には一組との差はほとんどなくなってしまった。
「一位なら先生に抱きついてもいいって」
私の前走者である望が耳元でそう告げる。
「本当?!」
「頑張れ」
「うん! 頑張る!」
ハッチに抱きつける……。
これを頑張らないでどこで頑張る?
ふっふっふっ、今回はいただきますよ、斉藤さん。
そして望達がバトンを手に走り出すと、私を含め襷を下げたアンカー達がスタートラインに並ぶ。
「今年も負けないから」
斉藤さんは私を見下すように笑う。
「悪いけど、今回は勝たせてもらうから」
ハッチに抱きつける。
私の脳内はそれ一色。
私の手にバトンが触れ、それを掴んで私は全速力で走り出した。
現在二番手、一組は三番手。
一位との差はほとんどない。
「夢! ゴール見て!」
後方ばかりを気にしている私に望の声が届く。
ゴール?
ゴールテープを手渡すハッチの姿。
私を待ってる?
そう思ったら異様に足が軽くなった。
「ハッチぃ!!」
六組の子を抜き去り、私はゴールに突進する。
ハッチは次の競技の準備をしながら私を見ていた。
ゴールテープを切ると同時にピストルの音が響き、歓声が上がる。
そして、何故か望の声がはっきりと聞こえた。
「確保〜っ!!」
ハッチに抱きつこうとゴール地点を通過しても走り続ける私を、クラスメイト達が追い掛けて来て押さえ付ける。
「ハッチぃ……」
「お疲れ様でした、永田 夢さん」
「ごめんねぇ。さっきの嘘なんだ」
「え?」
「父兄がたくさんいる中で抱きついていいわけないでしょ。それに、何を言ってもいいけど最終的に先生を助けるってのも今回の条件だから。悪く思わないでね?」
目の前で地面に押さえ付けられた私を笑顔で見下ろすハッチ。
楽しそうに笑う望やクラスメイト達。
「そんなぁ〜っ!」
結局、二組は騎馬戦でも圧勝、父兄参加の綱引きにも圧勝。
高校最後の運動会は優勝で終わらせる事が出来た。
水面下で望とハッチが作戦会議をして、私がハッチを追い回している間にクラスメイト達に伝えていたと知ったのは、体育祭の二日後。
ハッチが気前よく全員にジュースを奢ってくれたのは職員で行っていた賭けに勝ったからだと知ったのは更に三日後の事だった。
皆、酷いよ……。
ご覧頂きありがとうございます。
次回更新03月01日です。
あぁ、もう3月なのか……。