夢-6
「ハッチ、こっちこっち♪」
「お待たせしました」
ふっふっふっ。
私は自力で全問正解をしてこうしてハッチと校内デートを実現させた。
望にも絶対に訊かなかった。
チャンスをもらったんだから、正々堂々とやりたかったのだ。
特にハッチ相手に汚い手は使いたくない。
とはいえ、昼休みではなく授業の合間の休み時間を指定してくるあたりハッチらしい。
それでもこうして二人でいられる事が嬉しいので私も頷いたんだけどね。
嫌だとか言ったらこの話自体が消滅するって分かってたし。
「全問正解とは驚きましたね」
「ふっふっふっ、ハッチへの愛が本物だって事だよ」
「その執念には恐怖すら覚えます」
「ハッチ、何飲む?」
「永田 夢さんは何がお好きですか?」
「ハッチ」
「……飲み物の話です」
ハッチは溜め息を漏らしながら自動販売機に向かう。
「ハッチ、私が誘ったんだから出すよ」
「永田 夢さんが全問正解を出したお祝いです。御馳走して差し上げます」
「本当にデートみたい」
「……ご自身でどうぞ。僕は僕の分を出します」
とか言いながらコインを入れて私にボタンを押すように促す。
妙に恥ずかしいけれど、お言葉に甘えてボタンを押してしまう私。
実は持って来た巾着の中に自分で買ったオレンジジュースが入ってたりするんだけど……。
私は取り出し口から紙パックを取り出してさっさと席に着いた。
そして、さっき買った物と素早く取り替えてハッチが戻って来るのを待つ。
「ハッチ、御馳走様」
「どう致しまして」
ハッチは私の正面に座っていつもの笑顔。
幸せ過ぎちゃって死にそう……。
「随分と英語、頑張ってるんですね」
「うん、頑張ってるよ」
「どうして授業中に頑張れないんでしょうね」
「ハッチに夢中過ぎて授業が頭に入ってこないの」
嘘じゃない。
「僕が授業を担当しなければ良かったという事ですか?」
「ううん、ハッチが担当しなかったら嫌いなままだったし、頑張りもしなかったよ」
「言い切らないで下さい」
「本当に、ハッチだから頑張れるんだよ」
ハッチがいなかったら私は英語なんか勉強する気にもならなかっただろうし、大学だって行こうとも思わなかっただろう。
学力の問題で行けないと言った方が正しいかもしれないけど。
ハッチはちょっと困ったような顔でボサボサの髪を掻く。
「ハッチ」
「はい」
「好き」
「はいはい、どうも」
正面から真っ直ぐに見るとハッチの右目の横に一本の線が確認できる。
薄っすらとだけど。
あの日の傷痕……。
「傷……消えなかったんだね」
「そうですね。貴女の顔でなくて良かった」
「それ、ハッチの眼鏡の傷でしょ?」
「どうでしょうね」
ハッチは小さく微笑んで紙パックのカフェ俺を飲み干した。
ズズズっと音がして、ハッチはストローを抜き、その紙パックを畳む。
綺麗な指先。
指毛なんかも見えなくて、長くて綺麗。
「ハッチって指が綺麗だね」
「男にその言葉はどうでしょうか」
「手のモデルとかになれそうなくらい綺麗、ハッチの心を覗いてるみたい」
「どれだけ僕を美化なさってるんですか?」
「してないよ、見たまんまのハッチが好きだから」
「そうですか」
「そうですよ。ハッチのハッチらしいところが好きなの、私は」
ハッチは潰した紙パックを持って立ち上がった。
「プリントのコピーがありますのでそろそろ失礼します」
「え? もう?」
「はい、時間です」
授業間の休み時間は短いから仕方ないんだけど、楽しい時間が過ぎるのは泣きたくなるくらい早い。
早過ぎる……。
ハッチがそれを狙ってるって分かってるけど、でも早過ぎるよ……。
「ハッチ」
「はい」
「好き」
「はいはい、どうも。僕も生徒としての貴女は好きですよ」
生徒としての私……か。
ハッチは自動販売機の横にあるゴミ箱に紙パックを捨てて、振り返る事もなく学食を出て行く。
だらしないスーツに少し猫背の背中。
それが遠退いて行き交う生徒達の波に飲み込まれる。
「未来永劫、女としては見てもらえないのかなぁ……」
溜め息を一つ漏らして紙パックのジュースを飲み干す。
ハッチに奢ってもらったジュースは鞄の中で表面に汗を浮かべていた。
こんなに好きなのに……どうして想いは届かないんだろう?
想いを伝えるって難しいなぁ……。
ご覧頂きありがとうございます。
フライングで本日更新しました(^^;)
次回更新02月23日……かな。