夢-4
翌朝、私はベッドの中で唸っていた。
「ママの馬鹿ぁ……何で起こしてくれないんだよぉ……」
「そんな真っ赤な顔で学校行っても迷惑よ。おとなしく寝ときなさい」
夜中から本格的に寒気がして、朝にはもう自分で分かるくらいに熱かった。
私が。
悔しい……。
ハッチに会えない事も告白できない事も悲しい。
あと少ししか時間がないのに。
毎日告白しても足りない。
私の気持ちは日に日に大きくなるばかりで全然追い付かない。
私は熱でボーっとする頭で望にメールをした。
勿論ハッチ絡み。
『お願い、ハッチの携帯アドレス調べて。風邪引いてガッコ行けないのぉ』
望は五分としないうちに見覚えのないアドレスを送って来た。
『教頭先生情報だから確実。woody-englishteacher.3-2@xxxxx.ne.jp』
教頭先生に訊けるんだから凄いと思う。
さすがの私でもそんな勇気はない。
私は望にお礼メールを送ってから、ハッチのアドレスにメールを打った。
『ハッチぃ、好きだよぉ。今日は会えないけど、明日は絶対に会いに行くから♪』
あ、しまった……。
送信してから今が授業中である事に気付く。
熱のせいで確認を忘れてしまったようだ。
まぁ、ハッチの事だから持ち歩いてなんていないだろうけど。
私はハッチの邪魔にならない時間に告白をする事にしている。
誰かの質問に答えている時や、電話中、他のクラス学年の授業中、職員会議の前後等など、自分なりに考えて我慢しているところもあるのだ。
いつも自分勝手に突進しているわけじゃない。
それでも一日平均、十回の告白をしている私は凄いのかもしれない。
失敗したなぁ……ハッチに嫌われちゃうかなぁ。
嫌だなぁ。
わざとじゃないんだよ、ハッチ。
信じてくれるかなぁ……?
落ち込みつつ目を閉じると私はそのまま眠ってしまったらしい。
目を覚ますと、枕許の携帯が点滅していた。
望かな? なんて思いながら携帯を開くと、見覚えのあるタイトルにReが付いている。
こ……これは、もしかして?
『どこでこのアドレスを手に入れたんですか、永田 夢さん?』
ハッチのアドレスに間違いなかったようだ。
今度はちゃんと休み時間だという事を確認して返信した。
『愛の力♪』
『そんなものはありません。白状なさい』
『私の恋の応援者』
『誰ですか、その愚か者は?』
『ハッチ以外の人全員?』
『話になりません。そのまま寝込んでいなさい』
あれ?
寝込んでるって何で知ってるの?
『ハッチ、何で私が寝込んでるって分かるの? やっぱ愛の力?』
『朝八時五分までに貴女の姿を見なければ、他の先生方や生徒達が噂します。ですから知りたくなくとも貴女が寝込んでいる事は耳に入ります。愛の力というならば一方的なを付けて下さいね、永田 夢さん』
ハッチは病人相手にもつれない人だ……。
でも、アドレス合っててよかった。
私は携帯を握りしめて再び眠った。
早く良くなってハッチへの告白を再開するんだから。
結局私は四日も寝込んだ。
熱がなかなか下がらなかったのだ。
事故らずに学校に辿り着ける自信もなかったし登校を諦める他なかった。
まぁ一日は日曜日で休みだったんだけどさ。
「完治だぜぃ」
気分のいい朝、私は四日間親友だったベッドとお別れして、制服に着替えた。
「ママ、ご飯ちょーだい」
「あら、復活? 学校のためにはあと一週間くらい寝込んでおけばよかったのに」
それが受験生の娘に言うセリフですか?
「いつまでも寝てられないの、時間がないんだから」
「あんたにストーカーされてる先生に同情するわ」
「ストーカーじゃないもん」
「似たようなものよ、一日十回も二十回も告白されたら誰だって不気味がるわよ」
「二十回もした事ないよ。それに、ハッチはそんな事思ってないから。迷惑なら迷惑だって言える人だもん」
「生徒相手には言えないと思うけどねぇ」
私は朝ご飯を掻き込むように食べて学校へと向かった。
ママの言いたい事も分かるし、ハッチが迷惑がってるかもしれないなんて事は充分に分かってる。
でも、卒業まで続けさせて?
卒業と共に私もハッチから卒業できるように頑張るから。
だから後悔だけはしたくない。
私は家を出て駐車場の片隅に駐めてある自転車の前籠に鞄を突っ込んで学校に向かった。
信号待ちしている時に腕時計で時間を確認し、到着時刻を算出してハッチの居るだろう場所を予測する。
入学以来、ずっと見て来たからハッチの行動パターンは大体記憶しているのだ。
そして、八時ジャストに学校の駐輪場に到着。
鍵を掛けて鞄を持つと、私は裏庭へと向かった。
途中、石の階段を下りながら名前も知らない野花を一輪だけ引っこ抜いて。
兎ちゃんのお墓の前に見慣れた背中。
勿論、ハッチだ。
「ハッチ、おはよぉ♪」
元気に声を掛けると、のっそりと立ち上がりこちらに振り返る。
「永田 夢さん、おはようございます」
「おはよぉ、今日も大好き♪」
「早速ですか」
「そりゃあそうでしょ、無駄にした四日間分告白しなきゃだし」
「使命感で告白されても困ります」
「違うもん、四日間も告白しないでいると私の中で好きって気持ちが溢れちゃうんだよ」
「そのまま垂れ流しにしておいて下さい」
ハッチは今日もハッチだ。
「貴女は何のために登校なさってるんですか?」
「勿の論、ハッチに告白するため。大好き♪」
「病み上がりなんですからさっさと帰って下さいね。他の方にうつしたら呪われますよ」
ボサボサの髪を掻き上げ、身体を大きく伸ばしてハッチは私に背を向けた。
「ハッチ」
「はい」
「好き」
「はいはい」
「本当に好きなんだってば、分かってる?」
「分かってますよ。では、失礼します」
ハッチはこちらを向く事もなく校舎へと入って行った。
今日も早速四回の告白を流された。
いいもん、くじけないもん。
私は石の傍に持って来た花をお供えして教室に向かった。
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次回更新02月16日頃、の予定です。