夢-2
「ハッチ、おっはよう! 今日も愛してるよ♪」
「おはようございます、永田 夢さん。今日も朝からテンションが高いですね」
「そりゃもうハッチに会えるんだからテンションも高くなるってもんよ」
ハッチの前では絶対に泣かない悩まない落ち込まない。
それが私の三原則。
「貴女には悩みなどないんでしょうねぇ」
「あるよ、あるってば」
失礼な……。
「何ですか?」
「ハッチが私と付き合ってくれない」
「それは悩むだけ無駄というものです」
また朝一から振られた。
「矢部さん、タイが曲がっていますよ」
ハッチは傍を通り抜けた二年生を呼び止め、チョイチョイと自分のネクタイを指差す。
「ハッチ、私も曲がってるの。直して?」
私はタイをわざと曲げてハッチにアプローチ。
「ご自分で直してください」
「えぇ〜っ、やってよぉ」
「貴女に触ったら食べられそうで怖いです」
「食べないって、ちょっと襲うだけ」
「……」
「あ、しまった。本音が……」
ハッチは若干顔を引き攣らせている。
「ご自分で直して下さいね」
「ケチ」
「ケチで結構です」
ハッチは私の頭を持っていた本で叩いて背を向けた。
腕時計を見ると八時十分。
タイムアップだ。
これから職員朝礼だから追い回せない。
「ハッチ!」
「はい」
呼べばハッチは振り返ってくれる。
「大好き!」
「はいはい、どうも。いつもご苦労様です」
別に挨拶じゃないよ。
想いを伝えてるだけだってば……。
「御苦労様、か……」
思わず溜め息。
いつになったら本気だって分かってくれるんだろう?
色んな意味で頑張ってるんだけどなぁ。
「おっはよ、夢」
「おはよぉ、望」
「何々? 今日は何回振られた?」
「二回」
「珍しく少ないね」
朝一平均四回の告白と玉砕。
二回ってのは確かに少ない。
「何でだろうねぇ」
自分でもよく分からない。
けど、望は私の額に手を当てて顔を顰める。
「あんた、熱っぽいよ」
「へ? ハッチへの熱は今更じゃん。ハッチへの恋の炎は誰にも消せないよ」
「……医者にその馬鹿さも治療してもらえたらいいのに」
「失敬な」
望に言われてから気が付いたんだけど……ちょっと肌寒い。
これは……風邪か?
家に帰ったら暖かいお風呂に入ってたくさん食べて薬飲んでさっさと寝よう。
試験前に風邪をクラスメイトにうつしたら間違いなくシメられるし、三者面談だってある。
さっさと治さなきゃ、ね。
「永田」
「はぁい」
三年に進級してすぐに行われた学力テストが毎時間返却されてくる今日。
点数そのものは悪くない。
「頑張ったなぁお前」
そう言って返された答案用紙はバツ一つ。
「これ、何でバツ?」
「答えが間違ってるから」
「だよねぇ」
先生方はハッチにあしらい方でも教わってるんじゃないかってくらい私の言葉を流す。
そして、それはクラスメイトも同じで。
私という人間は分かりやすい上に扱いやすいらしい。
「新田」
「はい」
担任で日本史の教師の石井先生こと石ちゃんはその場で答案を眺める私を気にもせず次の子を呼んだ。
「眺めてても点数は上がらんぞ」
「だよねぇ。でも丸になれって念じたらもしかしたら……」
「さっさと席に帰れ、邪魔」
「う〜っ」
「唸るな、鬱陶しい」
「み〜」
「……次、沼野」
「はい」
石ちゃんにまでスルーされるとは……。
席に戻る際に望の席を横切るので、私は彼女の答案用紙を覗き込んだ。
う〜ん、やっぱりバツがない。
他の教科も満点だったな、望は。
「望、ここの答え教えて」
「あ、惜しかったねぇ」
「おまけで丸にしてくれてもいいじゃん、とか思わない?」
「思わない」
「あ、そ」
私は馬鹿だけど馬鹿じゃない。
教科別順位では結構上の方にいる……と思う。
教科に依るけど。
一番足を引っ張ってるのは……勿論英語。
英語さえできれば結構いい大学を狙える……はず、多分、きっと。
「問題は英語よね、あんたの場合」
「だね……でも、望のお蔭でだいぶ出来るようになったと思う」
「点数上がってなかったら教えるのやめるから」
「いやぁん。そんな事言わないでぇ、望に見捨てられたら私終わりだよぉ……」
「お前が終わる前に、取り敢えずお喋りを終わらせてもらえないか?」
私の背後に石ちゃんが呆れながら立っていた。
望は顔を赤らめて私を睨む。
優等生の望が注意される事なんてほとんどないから恥ずかしかったんだろう。
そして、額を教科書で望に、後頭部を出席簿で石ちゃんに叩かれた。
いやぁん、呼吸ぴったり。
見事に同じタイミングで叩かれるとは……。
こういう場合、どっちを押さえたらいいんだろう?
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