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十人十色の恋愛事情  作者: 武村 華音
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有紀-1

第一弾、二十二歳フリーターの女の子のお話。

 私、仲根(なかね) 有紀(ゆき)

 二十二歳のフリーター。

 実家で親の脛を齧りながら自由気ままな生活をしている。


 私のバイト先は喫茶店。

 昼間は殺人的な忙しさだが、ピークを過ぎれば閑古鳥。


「有紀ちゃん、お疲れ。一服しようか」


 マスターがにこやかに手招きする。


 マスターは野中(のなか) (すぐる)さんという三十三歳の中肉中背男性。

 優しくていい人なんだけど、ついつい一定の距離を取ってしまう。


 それは髭のせいだ。

 私はそもそも髭というものが嫌いなのだ。

 そうじゃなくても、飲食店で髭ってどうなの? って思ってしまう。


 そんな店に勤めるなって言われたらそれまでなんだけど、この店は土日祝日が定休日という社会人彼氏対応型の店だったんで辞められないんだよね。

 まぁ、彼氏なんてのはいないんだけどさ。


 だけど、ここのマスターは意外にも似合ってたりする。

 鼻の下で綺麗に手入れされた口髭は不潔さや下品さを感じさせない。

 髭嫌いな私がそう思うんだから相当似合ってると思う。

 お客からの苦情も一度もない。


 一見そんなにモテそうなルックスをしているとは思えない。

 特別カッコいいわけじゃないし、身長だって多分百七十センチちょっとだろう。

 カウンターの中の段差で十センチほど高く見えるが実際はその程度だ。


 でも……。

 会社が昼休みになるとOLさん達がやって来るのは間違いなくマスター目当て。

 私自身、そんな男が気になってしまっているのも事実。

 理想像とはかけ離れた男なのになぁ……。


 店の看板を準備中にひっくり返して、カウンターに腰掛けるとマスターがウィンナーコーヒーを淹れてくれた。

 ここで働き始めて既に二年。

 マスターは私の好みを熟知している。


「ご飯は何がいい?」

「ジャンバラヤ」

「スパイシーなの好きだね、有紀ちゃん」


 マスターは嫌な顔する事無く厨房に入っていく。

 ここのメニューは全てマスターが調理するのだ。


「マスターの作るジャンバラヤが美味しいの。他の店のなんか食べれないもん」

「有紀ちゃん仕様で作ってるし、口に合わなきゃ困るんだけどね」


 私はカップを口に運びながら苦笑する。


 料理が出来て、細かい気配りが出来て、だからと言って口煩い事もなく絶妙な距離感を保ってくれる。


 これで髭がなければいいのに……。

 って……問題はそれだけじゃないんだけど、ね。


「たっだいまぁ!」


 準備中の札を無視して店の扉を開け、黒いランドセルを背負った少年が元気よく入ってきた。


「お帰り、純」


 マスターが厨房から顔を覗かせて優しい笑みを向ける。


 そう、この少年の名は野中(のなか) (じゅん)

 小学一年生の七歳児でマスターの息子だったりする。

 ちなみにマスター達の住まいは店の上だ。


「純君、学校には慣れた?」

「うん、友達もいっぱいできたよ」


 人懐っこい笑顔で答える純君は可愛い。


「ねぇ、宿題やったら公園でサッカーしてきてもいい?」

「公園はボールとか駄目なんじゃないのか?」

「中央公園はいいんだよ」


 私の隣にちょこんと座って、ランドセルから宿題と思われる計算ドリルとノートを取り出す。

 プラプラと足を揺らしながら鼻歌を歌い鉛筆を握る純君を私は微笑みながら眺める。


「有紀ちゃん、答え教えて?」


 上目遣いでお願いしてくる純君に、私は頬杖を付きながら左手を差し出す。


「指を貸してあげるから自力でやりな」

「意地悪」

「意地悪じゃないよ、自分でやらなきゃ意味がないから言ってんの」


 純君は唸りながら私の指と自分の指を駆使して問題を解いていく。


「お待たせ有紀ちゃん」


 マスターがいい香りを漂わせる皿を持ってやって来た。


「いつもゴメンね」


 マスターは申し訳なさそうに言うけれど、純君が好きな私としては全然苦でもない。

 特別子供好きというわけではないけれど、懐いてくれる純君だけは純粋に可愛いと思えた。

 この親子は私にとって特別なのだ。


 マスターが気になるからとかそんなのを抜きにしても純君を可愛いと思える。

 本当、不思議な親子。


 純君にオレンジジュースを出し、自分用にも何かを淹れたマスターは、純君の隣に腰掛ける。


「有紀ちゃんご飯だからパパの手使いな」


 マスターはそう言って純君に手を差し出した。

 こんな時間がとても幸せでいつまでも続いてくれればいいのに、なんて考えてしまう。


 私って嫌な奴……。


 マスター特製のジャンバラヤを平らげて、ウィンナーコーヒーも飲み干した頃、純君の宿題も終わった。


 マスターは私と同じものを飲んでいたらしく髭に生クリームの泡がくっ付いている。

 気付いていないらしい。

 それがおかしくて私は純君の腕を肘で突いて目で合図した。

 マスターの顔を見た純君が大きな声で笑い出す。


「何? どうした?」


 私と純君を交互に見ながら戸惑うマスター。

 私は笑いながらカウンターの上の紙ナプキンを一枚引き抜いてマスターの髭に付いたクリームを拭いた。


「マスター子供みたい。髭のある人がこんなもの飲んだらくっ付くに決まってるじゃん」


 拭き終わった紙ナプキンを手でクシャクシャと握りしめると、純君が私を見上げた。


「有紀ちゃんってパパのママみたいだね」


 子供の無意味な言葉だと分かってるのに、私はその場で顔を引き攣らせて固まった。


「こら、純。有紀ちゃんに失礼だぞ」


 マスターが純君の頭をクシャクシャと乱暴に撫で回す。


「パパが髭に泡なんかくっ付けてるからだよ。それカッコ悪い。ね、有紀ちゃん?」

「う〜ん、カッコイイとは思えないけど……可愛い、かな?」


 私の言葉にマスターが赤面した。

 面白いくらいに真っ赤だ。


「パパ、トマトみた〜い」

「林檎みた〜い」


 純君と私はマスターの顔を見ながら再び笑う。


「イチゴ!」

「ん〜人参?」

「それ赤じゃないよ〜」

「あぁっ! 負けたぁ」


 私と純君の言葉遊び。

 マスターは苦笑しながら立ち上がった。


「何の勝負かな、今日は?」

「マスターの顔を赤い食べ物に例える勝負」

「何だかなぁ……」


 後ろ首を擦りながらマスターは店の扉を開けて準備中の札を営業中に変えた。

 それを見て私も食器をカウンターの中に運んで手早く洗った。


「じゃあ、中央公園に行ってくるね」

「五時までに帰ってくるように」


 店の入口でマスターと純君が指切りをしている。

 端から見ても仲のいい親子だ。


「有紀ちゃん、行ってきまぁす!」

「いってらっしゃぁい」


 店の中を覗きながら元気に声を掛けてくれる純君に、私も同じように返す。


「純は有紀ちゃんにべったりだからなぁ……」


 マスターは店の扉を閉めて苦笑した。


「あ、もしかして私嫉妬されちゃった? すみませんねぇ、大事な純君を虜にしちゃって♪」


 食器を洗い終えた私は、そんな冗談を飛ばしながらダスターでカウンターテーブルを拭く。


「あいつ有紀ちゃんには懐いてるけど、凄く人見知りなんだ」

「へ?」


 マスターの言葉に私は持っていたダスターを落とした。


「誰が人見知り?」

「純」

「うっそぉ?! 私、最初から普通に話してたよ?」


 警戒された覚えもない。

 もし、警戒されてたら私は純君を好きにはなれなかっただろう。


「それが不思議なんだよね、担任の先生にも懐かないのに何で有紀ちゃんだけは懐くんだろう?」


 ちょっとだけ期待しちゃってもいいのかな?


 落としたダスターを拾い、トイレ脇の水道で洗っていると店の扉が開いた。


「いらっしゃいませ〜」


 ギュッと絞ったダスターで手を拭いて振り返ると最近では見慣れた男性が立っていた。


「仕事サボりか?」

「んにゃ、ちょいと休憩。アイスカフェオレ頂戴」



 この男性は野中(のなか) (まなぶ)さん、確か三十歳。

 純君の通う小学校の先生だったりする。

 マスターと似たような身長と体型。

 顔の作りも似ているが髭はなく、シルバーフレームの眼鏡を掛けている。


 名前と年齢からお分かりだろうが、マスターの弟だ。

 マスターはいつも彼を“がく”と呼んでいる。


「相変わらずやる気ない教師だなぁ」

「子供達のパワーに付いて行くのがどれだけ大変か知らないから言える台詞だよな」

「これでも一児の父なんだけど?」

「一対三十で一日相手した後、その台詞が言えたら尊敬してやる」


 マスターは苦笑しながら学さんの目の前に紙のコースターを置いてアイスカフェオレを乗せた。


(がく)は根性が足りない。何事にも真剣に取り組もうという気持ちを感じられないんだよな」


 怒るでも説教するでもなくマスターは呟いた。


「あぁ、俺も高校教師目指せばよかったかなぁ……」

「もっと大変だろ?」

「だってさぁ、聞いてくれよ。俺の連れなんかさ、聖ルチアで教師やっててそこの生徒とくっ付いちゃったんだぞ? 羨ましくないか? 若いんだぞ! ティーンエイジャーだぞ?!」


 興奮した拳をカウンターにぶつけながら同意を求める学さんにマスターは苦笑するだけ。


「それも縁だ。お前が高校教師をしたところで女子生徒から人気が集まるかどうかも定かじゃない。女子高生の方が結構見る目が厳しかったりするんだぞ?」


 マスターは意外とリアリストのようで、学さんに夢を与えてやろうという気はないらしい……。


「多分その連れも苦労したんじゃないか? 葛藤もあっただろうし。羨ましいなんて言えるのは他人事だからだと思うけどな」


 学さんはアイスカフェオレをストローも使わずに一気に飲み干して空になったグラスをマスターに差し出す。


「おかわり」

「まいど」


 たった三歳差の兄弟なのに、会話だけを聞くと親子のようだ。

 学さんと純君の精神年齢は結構近いものがあると私は思う。


「有紀ちゃんはさぁ、高校の頃学校の先生を好きになったりしなかった?」


 学さんが私に話を振ってきた。


「はい?」

「だからぁ、学校の先生を好きになった事ない?」

「う〜ん、学校の先生かぁ……中学校の頃憧れた美術の先生が居ましたね」

「中学校かぁ……俺中学校の先生になればよかったかも……」


 今さっき高校教師になればよかったって言わなかったっけ?


 マスターは苦笑するだけで何も言わなかった。

 おそらくいつもの事なんだろう。


「なぁタク兄、何か軽く食えるもの作ってよ」

「昼ちゃんと食ってんのか?」

「だから、子供の相手してたら疲れるんだって。昼飯はすぐに消化されちゃうし今腹ペコなわけよ、分かる?」

「有紀ちゃん、アイスカフェオレお願いしていい?」

「はいはい、全然OK」


 マスターは溜め息を吐いて厨房に入って行った。


「ねぇ有紀ちゃん、有紀ちゃんの好みってどんな人?」

「はい?!」

「好みの男、つまりは好きなタイプ。教えてよ」


 まさか貴方のお兄さんですとは言えない……。


「好きになった人がタイプなんでしょうけど、一貫性ないんですよね」

「じゃあコレだけは駄目ってのは?」

「……髭」


 思わず小声になってしまう。

 マスターには聞かれたくない。

 なら、言うなよって自分の心にツッコミを入れる私。


「じゃあタク兄は駄目なんだ?」

「はい?」

「バツ一コブ付きだけでも充分に対象外かな、有紀ちゃん若いし」


 バツ一コブ付き?

 ……誰が?


「あっ……あの、誰の話をしてらっしゃるんですか?」

「タク兄しかいないでしょ?」

「マスターって離婚なさってるんですか?」


 衝撃の事実……発覚。





ご覧頂きありがとうございます。


第二サイトの作品をこちらに少しずつ移していこうとUPを始めました。

よろしくです♪

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