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ちょっと変わった昔話  作者: 相原千年
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因幡の白ウサギ

恥を知るのは大切なことです。

■因幡の白ウサギ

 むかしむかし、出雲の国にナムヂという正直で心優しい男がいました。ナムヂにはヤソという名の兄がいましたが、ヤソは欲張りで意地悪なうえに、ウソばかりつく、道徳心のかけらもない男でした。

 あるとき、因幡の国にヤガミヒメというとても美しいお姫様がいることを知ったヤソは、ヤガミヒメを自分の妻にしようと考えました。

「おい、ナムヂ。オレは今からヤガミヒメを妻にもらうために因幡の国に行く。お前はオレの荷物を持ってついてこい」

 まるで家来のように命令されたナムヂは、ヤソの荷物を担いで因幡の国へ向かいました。でも、ヤソの荷物はとても重たかったので、ナムヂはあまり速くは歩けません。それに比べて、身軽なヤソはどんどん先に進んでいきます。

 そして、気多の岬という場所にたどり着いたとき、うずくまって泣いている一ぴきのウサギを見つけました。ウサギは皮をはがされ、赤い皮ふがむき出しになっていてとても痛そうです。それを見たヤソは、「面白そうだから、もっと痛めつけてやろう」と思い、ウサギにウソをつきました。

「おい、ウサギ。海に入って海水をよく浴びてから、風で体をよく乾かせ。そうすればたちまち治るぞ」

 ウサギが言われたとおりに海に入ると、体中を針で刺されたような激痛が走ります。それでも、がまんして海水を浴びたウサギは、風通しのよい場所に行って体を乾かしました。すると、海水が乾くにつれて皮膚がいたるところで裂けていき、海に入る前よりもずっと痛くなったのです。

 それを見ていたヤソは、笑いながら言いました。

「わーっはっはっはっ。まんまとだまされおったわ。昔から『水に落ちたイヌは棒でたたけ』というからな。どうだ、痛いか? ああ、ゆかいゆかい……」

 そんなことわざは聞いたことがありません。

 だまされたとわかったウサギはとてもくやしがりましたが、体中の痛みで動くこともできません。ヤソはそんなウサギを残して、大笑いしながら因幡の国に向かって去っていきました。


 しばらくすると、大きな荷物をかついだナムヂが通りかかりました。痛くて泣いているウサギを見たナムヂが「どうしたのかね?」とたずねると、ウサギはこれまでのことを話しました。

「ボクは、沖の島からこちらの陸地に渡りたかったのですが、泳いで渡ることはできません。そこでワニザメに『ボクたちウサギと君たちのどちらがたくさんいるのか、比べてみよう。君たちの背中に乗って数えていくから、あっちの陸地まで一列に並んでくれ』と言って、海を渡ることにしたのです。でも、最後のワニザメの背中で『君たちはだまされたんだよ』と本当のことを明かすと、たちまち捕まって、皮をはがれてしまったのです」

「それにしては、傷がひどすぎるように見えるが……」

 ナムヂが言うと、ウサギは

「ちょっと前に通りかかった人間にだまされたのです。海水を浴びて風で乾かすと傷が治ると言われたのですが、その通りにしたら、皮膚のいたるところが裂けて、こんなことになってしまいました」

と答えて、また泣きはじめました。

 すぐにヤソのしわざだと気づいたナムヂは、

「その人間は、おそらく私の兄だ。ひどいことをしてしまったね。私が代わりに謝るよ。申し訳ない。それから、その傷を治すには、まず真水でよく体を洗わなければならない。そして、川のほとりに生えているガマの穂綿を地面に並べて、その上に寝転がりなさい。そうすれば、傷はよくなるだろう」

と、正しい傷の治し方を教えました。

 ウサギが言われたとおりにすると、たちまち痛みが消え、傷が治っていきました。そして、

「ヤガミヒメは、ヤソではなくあなたの妻になりたいと言うでしょう」

とナムヂに言うと、草むらの中に去っていきました。


 傷が治ったウサギは、矢のような速さで走っていき、ヤソよりも先にヤガミヒメのもとへたどり着きました。そして、意地悪なヤソにだまされたことや、そのヤソがヤガミヒメのところにやってくること、心優しいナムヂに助けられたことを、すべて話したのです。

 ちょうどウサギが話し終えたとき、ヤガミヒメのもとにヤソがやってきて、自信満々に言いました。

「オレは出雲のヤソだ。お前がヤガミヒメか。噂どおり美しい。さあオレの妻になれ」

 いきなりそう切り出したヤソを見たヤガミヒメは言いました。

「わたくしはあなたのような人の妻には、なりたくありません」

 ところがヤソは引き下がりません。

「はっはっはっはっ。面白いことを言う姫だな。世の中で最高に優秀な人間であるこのオレが妻にしてやろうと言っているのだ。本当はうれしくてうれしくて仕方がないのに、まったく逆のことを言っておる」

 ヤソは、自分がこの世の中で最も優れた男で、どんな女性も自分の妻になりたがっているのだと勘違いをしています。勘違いというものは、本人にはとても大きな幸福感と万能感をもたらします。勘違いだったことに気づかされるまでは……。

 ヤソの言葉にあきれ果てたヤガミヒメは言いました。

「どうすれば、そんな幸せな勘違いができるのか、私にはまったく理解できません。まずは一度、鏡でご自分の顔をご覧になってはいかがでしょうか。あなたは、心の醜さがそのまま顔に出ていますよ。あなたのような人に『妻にしてやる』と言われてうれしいと思う女性など、この世にいるわけがないでしょう。もう一度言います。わたくしはあなたの妻になど、絶対になりません!」

 ヤガミヒメにきっぱりと断られたヤソの表情からは、それまでのいやらしい笑いが消えました。勘違いに気づかされたことで幸福感と万能感が崩れ去り、顔は見る見るうちに真っ赤になっていきます。しかし、その表情は、すぐに自分を受け入れないヤガミヒメへの恨みと怒りに覆われていきました。そして、

「『女は三日殴らないとキツネになる』というが、どうやらお前は長い間殴られていないのだな! オレがしっかりと教育してやる!!」

と叫んで、ヤガミヒメに飛びかかったのです。

 襲われそうになったヤガミヒメを危機一髪で助けたのは、遅れてやってきたナムヂでした。

「兄上! 女の人に襲いかかるとはどういうことですか! 恥ずかしいとは思わないのですか!!」

 ヤソからヤガミヒメを守ったナムヂがそう言うと、ヤソは、

「これぐらい、だれでもやっていることだろう! それに、恥ずかしいとは何だ! 意味がわからん!!」

と怒鳴りました。意味がわからないのはこちらです。

「こんな野蛮なこと、だれもやるはずがないでしょう! みんながみんな、自分と同じだなんて思わないでください! か弱い女の人を力ずくで従わせようとするなんて、男として、人間として、これほど恥ずかしい行いはないではありませんか! 兄上は恥を知るべきです!」

 ナムヂがもう一度言うと、ヤソは、

「だから、恥ってなんだ! 恥かしいとはどういうことだ!」

と答えます。ナムヂもヤガミヒメも、やっぱりヤソの言っていることの意味がわかりません。会話が成り立っていないのです。


 そこへ、物かげにかくれて様子を見ていたウサギが出てきて、

「わかりましたよ、ナムヂさん! この人は『恥』という言葉を知らないんです! だからその意味も知らないし、『人間として恥ずかしい行い』って言われても、何のことだかわからないんですよ!」

と言いました。

「そ、そんな……。恥という言葉を知らない人間なんて、存在するのだろうか……」

 あまりの事に、ナムヂはウサギの言葉を信じることができません。しかし、実際に言われてみると、思い当たることはたくさんあります。

 平気でウソをついたり、他人のものを盗んだりしても悪びれる様子はない。しかも、ウソや盗みがバレても、「オレが悪いんじゃない!」と開き直ったり、「上の存在であるオレに文句を言うとはけしからん」などと逆ギレして責任を取ろうとしない。謝ることも決してない。いつでも、他人の足を引っ張って蹴落とそうと狙っている。それでいて、自分より強い立場のものに対しては、見ているほうが恥ずかしくなるほどペコペコとした卑屈な態度ですり寄っていく……。

 どれも信じられないような行いですが、ヤソが「恥」という言葉や「人間には恥ずかしいと思う心がある」ということを知らないとすれば、すべてが納得できます。ヤソは、本当の意味での「恥知らず」な人間だったのです。

 この事実におどろいているナムヂに、ヤソは怒鳴りました。

「『恥』ってのが何のことかはわからないが、とにかく、兄であるこのオレに逆らうんじゃない! 弟であるお前は、オレの言うことをすべて聞けばいいのだ。まず、ヤガミヒメをこちらへよこせ!」

 頭の中の“幸せ回路”で作った勘違いを木っ端微塵に打ち砕かれた挙句、女性にふられ、癇癪を起こしてわめき散らす。恥を知っている人間ならば、そんなみっともないことはできるはずがありません。恥を知らないということは、人間としての尊厳を捨て去る代わりに、ある意味では強い武器を手に入れることにもなるのです。

 恐ろしくなったヤガミヒメは、ナムヂの後ろに隠れながら、こう言いました。

「恥を知らない人とは、基本的な価値観を共有することなどできません。そんな人の妻になんて、なれるわけがないではありませんか。私は、このナムヂさまの妻になります」

 ヤガミヒメは、危ないところを助けてくれた、優しくて凛々しいナムヂのことが、ひと目で好きになっていたのです。

 しかし、このヤガミヒメの言葉を聞いたヤソは、火をふくような勢いで怒りだしました。

「下の存在である弟が、上の存在である兄のものを奪うとは何事だ!! そんなことが許されるはずがないだろう!! この犬豚野郎! 非道徳のガキ! 未開人!」

「恥」という言葉は知らなかったのに、悪口の言葉はとてもたくさん知っています。ありとあらゆる悪口をナムヂとヤガミヒメに投げつけたヤソは、次にもっと驚くべきものを投げつけようとしました。突然、ぺロリとおしりを出してしゃがみこんだかと思うと、器用にも自分の手の上にウンコをして、「クソやろうどもめ、これでも食らいやがれ!!」と言いながら投げようとしたのです。

 しかし、ちょうどそのとき、ヤソの大声に気づいたヤガミヒメの家の人たちが集まってきました。分が悪いと思ったヤソは、悪態をつきながらヤガミヒメの家を立ち去りました。

 あとに残されたヤガミヒメは、恥を知らない人間の恐ろしさを目の当たりにして、ぶるぶるとふるえました。そして、ナムヂに向かってお願いしたのです。

「あんなに醜くて恐ろしい人間は見たことがありません。ナムヂ様。これからは、どうかあの男と二度と関わらないでください」

 こちらが関わろうとしなくても、ヤソが一方的にいやがらせを仕掛けてくることは簡単に想像できます。ヤガミヒメには「わかりました」と答えたナムヂですが、心の中は暗い思いでいっぱいになりました。


 ヤガミヒメの家から立ち去ったヤソは、ナムヂに対する見当ちがいの恨みを募らせていきます。

「弟がヤガミヒメと結婚するだと! 兄であるオレを差しおいて……。絶対に許すもんか!! そんなことは絶対に許さんぞ!!」

 ナムヂの想像どおり、その日からヤソのいやがらせはひどくなっていきました。ヤソは人々の集まる場所に行っては、わざと物を壊したり、わめいたり、周りにいる人たちに悪口を言ったりして迷惑をかけます。そして帰り際に「オレは出雲のナムヂだ。おぼえておけ!」とはき捨てていくのです。こうすることで、ナムヂの評判を落とそうと考えているのですが、ヤソのことは広く知れ渡っていたので、だれもだまされません。

 また、ナムヂの家には連日のようにゴミが投げこまれ、時には人のウンコが投げ込まれることもありました。そんなものを投げ込む人間はヤソしかいません。

 その後もいやがらせはひどくなる一方で、あるときには、ナムヂの家の便所で爆発が起きました。幸いにもケガ人は出ませんでしたが、便所の天井に大穴が開くほどの爆発でした。普段から、弟であるナムヂには何をしても許されると考えていたヤソは、ついに、ナムヂを殺してやろうと思い始めていたのです。

 そしてある日、イノシシ狩りについてこいと言って、無理やりナムヂを山へ誘い出したヤソは、「イノシシを追いたてるから待ちぶせをして捕まえろ」と命令しました。そして、真っ赤に焼けた岩を転げ落としてナムヂにぶつけたのです。ナムヂは大やけどを負って生死の境をさまよいましたが、どうにか一命は取り留めました。

 ヤソの暗殺計画は止まりません。次は森にナムヂを呼び出すと、大木の間にナムヂをはさんで殺そうとしました。この時も大けがを負ったナムヂは、このままでは本当に殺されてしまうと考え、ひとまず根の国という場所へ逃げることにしました。

 根の国には、かつてヤマタノオロチという化け物を退治したスサノオという男がいました。たいへん口の悪い男で、ナムヂを見るなり「何をしに来た! このブサイク男」と罵りました。でも、本当にナムヂのことを嫌っているわけではないようです。最後には、ナムヂが自分の太刀と弓矢を持っていくことを許して、「その武器を使ってヤソを追いはらえ。謝っても許してはならんぞ」と助言をしてくれました。

 こうして出雲の国に戻ったナムヂは、スサノオの太刀と弓矢でヤソを追いつめました。ナムヂに勝てないとわかったヤソは、すぐさま命乞いを始めます。

「オレが悪かった。どうか、どうか許してくれ。そして、これからは未来志向でやっていこう。そのためには、お前はオレを許すべきだ」

 命乞いをしながらも自分の勝手な主張をするヤソの恥知らずぶりに、ナムヂはあきれ果てました。そしてスサノオの助言どおり、ヤソを許さず、海のかなたへと追放することにしたのです。

 こうしてヤソを追いはらったナムヂは、いろいろな人たちに助けられながら国を作りました。ナムヂの子孫たちは心優しく、よく働く正直者だったので、とても豊かで幸せにあふれた国となりました。

 いっぽう、ナムヂに追いはらわれたヤソは、どうにか海をこえて陸地にたどり着き、その地で国を作ることにしました。でも、今までまじめに働いたことなど一度もありません。土を耕す方法も知らなければ、やる気もないのです。そのため、ヤソの作った国はとても貧しい国になりました。

 そして、その子孫たちも、ヤソと同じく「恥」という言葉を知りません。だから、国には恥知らずなウソツキとドロボウと、すぐに女の人に襲いかかる野蛮人しかいません。さらに、怒りだすと自分のウンコを投げつけてくるという、とてもとても汚い人たちです。しかも、ウンコをさわっても手を洗わないので、そこらじゅう大腸菌まみれ。ついには、周囲の国から「大腸菌国」とよばれて、ひどく嫌われる国になったのでした。

 めでたし、めでたし。

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