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ちょっと変わった昔話  作者: 相原千年
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浦島太郎

浦島太郎

 昔、あるところに、浦島太郎という漁師がいました。ある日、浦島が釣りに出かけると、はまでカメをいじめている子どもたちがいました。

「君たち、そんなことをしたら、カメがかわいそうじゃないか」

浦島がそう言うと、子どもたちは

「ボクたちが捕まえたんだから、好きにしてもいいだろ」

と答えました。

 そこで浦島は、

「じゃあ、私がそのカメを買うから、わたしてくれるかい」

と言って子どもたちからカメを受け取ると、海へ放してあげました。

 それから三日後のこと――。浦島がいつものように釣りに出かけると、カメが浜に現れて話しかけてきました。

「私はあなたに助けられたカメです。どうしてもお礼がしたいと思ってあなたを待っていました。竜宮城へお連れしますので、私の背中に乗ってください」

 浦島がカメの言う通りに背中に乗ると、カメはどんどん海の中にもぐっていきました。しばらくしてたどり着いたのは、アカサンゴや真珠などで飾りつけられた豪華なお城です。

「さあ着きましたよ。ここでたくさん楽しんでください」

 カメがそう言うと、竜宮城の中から美しい女性が現れました。

「あなたがこのカメを助けてくださった心優しい浦島太郎様ですね。わたくしは乙姫と申します。ぜひ、この竜宮城で楽しんでいってください」

 乙姫の案内で竜宮城に入った浦島は、今までに見たこともないようなごちそうをふるまわれ、タイやヒラメの華麗な踊りを楽しみました。


「こんなに楽しい時を過ごしたことはない。まさか海の底にこんな場所があったなんて、思いもしなかった」

 浦島がそう言うと、乙姫が言いました。

「竜宮城は、ずっと昔からあったわけではありません。実は、海の中では今、白身魚帝国と赤身魚連合の間で戦争が起きているのです」

「えっ!? 白身魚帝国と赤身魚連合の戦争!?」

「ええ。そして、ここは戦場で傷ついた兵士たちの体と心を癒す場所でもあるのです」

 そう言われた浦島が周りを見わたすと、確かに傷ついた魚もいて、治療を受けたり、看病されたりしています。

「でも、看病している者のなかには、白身魚じゃないイカいるようだね」

 浦島がそうたずねると、乙姫は、

「イカたちの国は、貧しくて数十年前に滅びかけたのです。そこで白身魚帝国に助けを求めて、帝国の仲間に入れてもらいました。ここで働いているイカたちは出稼ぎにきているのです。戦場に近いこの場所での仕事は、とてもたくさん稼げますから」

と答えました。すると、浦島の給仕をしていたオスイカが耳をイカらせて言いました。

「乙姫さま、オイラは確かに出稼ぎだけど、お金だけが目的じゃありません。白身魚帝国の一員として戦っているつもりです!」

「そうでしたね、スルメ。気に障ったのなら謝ります」

 乙姫がそう言うと、スルメは浦島に向き直って言いました。

「赤身魚連合の国々は、エビやカニの国、貝やカメの国を支配していて、白身魚帝国軍はそんな赤身魚の国々から自由を勝ち取るために戦っているんだよ。タイ将軍をはじめ、みんな誇り高い勇敢な戦士さ。オイラは、過酷な戦場で戦うみんなの心と体を癒すために、この竜宮城では何もかも忘れて楽しんでもらおうと思ってがんばってるんだ」

 浦島はもう一度周りを見わたしました。すると、傷ついたオスの魚たちはつかの間の安息に、身も心も委ねています。そして、メス魚やメスイカたちは、みんな真剣な中にも笑顔を絶やさず、兵士たちのお世話をしていました。


「スルメの言う通り、みんなもそれぞれに戦っているんだなぁ」

と浦島が感心していると、竜宮城の外から一群の魚たちが帰ってきました。

「おや? なにやらにぎやかな魚たちがやって来たぞ」

 浦島がそう言うと、乙姫が答えました。

「あれは、カワハギ上等兵とメバル一等兵、それにメスイカのアオリとスミですね。今日は、みんなでサンゴの丘まで行楽に出かけていたようです」

 乙姫が兵士たちに、浦島が竜宮城にやってきたわけを話すと、カワハギ上等兵が浦島の前に進み出て、

「人間のお客さまが竜宮城を訪れるのは何百年ぶりのことと聞いています。どうぞ、ごゆっくりしていってください」

とていねいなあいさつをしました。

 少し興味をひかれた浦島は、話を聞いてみることにしました。

「みんなでサンゴの丘に行楽に出かけていたんだって? どんなところなんだい?」

 すると、アオリが言いました。

「アカサンゴやモモイロサンゴの森があって、とてもきれいなところなのです」

「へぇ。じゃあ、今度は私も連れて行ってもらいたいなぁ……と言っても、私がついていったらおじゃまかな?」

 浦島が冷やかし半分でそう言うと、スミが答えました。

「えへっ。わかりますか。実は私はメバル一等兵と、アオリちゃんはカワハギ上等兵とお付き合いさせていただいているんです」

 するとアオリも、

「私たち、この戦争が終わったら、それぞれ結婚する約束をしているのです。ここで働けたおかげで、故郷の両親にも立派な家を建ててあげられましたし、結婚相手を見つけることも出来たので、本当に幸せです」

と言いました。

「それはめでたい! 私は君たちに何もしてあげられないけど、早く戦争が終わって、幸せに暮らせることを祈っているよ」

 浦島がそう言うと、兵士たちはとてもうれしそうに「ありがとうございます」と答えました。


 それから数日間、浦島は竜宮城で楽しい時間を過ごしましたが、そろそろ帰ることにしました。乙姫は何度も引きとめましたが、家に残してきた母親のことも心配なので、浦島は、やはり帰ることにしたのです。

 すると、乙姫は浦島にこう言いました。

「どうしても帰るというのなら、この玉手箱を持って帰ってください。けれども、決して開けてはなりません」

「わ、わかりました」

 不思議に思いながらも玉手箱を受け取った浦島は、来た時と同じようにカメに乗って帰ろうとしました、すると、カワハギ上等兵とメバル一等兵、それにアオリとスミが近づいてきました。

「お帰りになるのなら、我々の手紙も持っていっていただけないでしょうか。故郷の両親に宛てた手紙です。帰る途中で我々の仲間に出会ったら、渡してほしいのです」

「しかし、途中であなたたちの仲間に出会えるかどうかはわからないよ」

 浦島がそう答えると、メバル一等兵が言いました。

「仲間に出会えたら、で構いません。昨日、タイ将軍とトラフグ参謀長から招集がかかりました。今度の戦いは長引くと思いますので、結婚したい相手がいることを両親に知らせておきたいのです」

 アオリとスミも、

「私たちも同じです。どうかお願いします」

と頼んできました。

 仕方なくみんなの手紙を受け取った浦島は、カメに乗って竜宮城をあとにしました。けれども、その日は潮の流れが速く、とてもカワハギやメバル、イカたちの仲間を見つけるどころではありません。カメも、潮に流されまいと必死にヒレを動かして陸をめざします。

 ようやく元の浜に着いたころには、浦島もカメも疲れ果てていました。カメが

「わ、私はしばらくここで休んで、潮の流れが落ち着いてから帰ります」

と言うので、浦島はカメに別れを告げて、家に帰ることにしました。

 しかし、家までの道は見慣れた風景とはちがっていました。途中で出会う人も知らない人ばかりです。「おかしいな……」と思いながら家までたどり着くと、なんとそこにはまったく別の家が建っています。驚いた浦島がそこに住んでいる人にたずねると、

「今から70年ぐらい前に、ここに住んでいた漁師が行方不明になったんだ。残された漁師の母親はお金に困ったので、私のじいちゃんに家と土地を売って、親戚の所に身を寄せることにしたそうだよ。そう言えば、浦島という家だったと思う」

と言うではありませんか。

 浦島が竜宮城で数日間過ごしていた間に、陸では70年もの時間が経ってしまっていたのです。途方に暮れた浦島は、乙姫のくれた玉手箱を思い出しました。

「これを開けたら、ひょっとしたら時間が戻るのではないだろうか」

 そう考えた浦島は、玉手箱を開けました。すると、中からもくもくと白いけむりが出てきて、浦島はあっという間にヨボヨボのおじいさんになってしまったのです。

 家もなく、知り合いもなく、そして若さも失ってしまった浦島は、フラフラと浜に戻りました。するとそこには、あのカメがまだ潮が落ち着くのを待っていました。浦島は、この村で唯一の知り合いとなってしまったカメに近づいて、

「カメよ、ワシがわかるか? 玉手箱を開けたらこんなことになってしもうた」

と言いました。するとカメが答えました。

「ありゃりゃ。もしかしたら浦島さんですか? ずいぶんと変わってしまいましたね」

「竜宮城に行っていた間に、陸では70年もの時間がたっておったようじゃ。もうこの村にいる知り合いはお前さんだけになってしもうた。こんなに年老いては漁師もできん。頼むから、ワシをもう一度竜宮城へ連れていってくれんか」

 浦島が頼むと、カメは再び海の中へと連れていってくれました。


 しばらくして海の底にたどり着くと、こちらも少し様子がちがっています。竜宮城はなくなっていて、白身魚と赤身魚が仲良く一緒に暮らしているではありませんか。

 浦島が不思議に思っていると、そこにイカの群れがやってきて、墨を吐き、耳を怒らせながら、口々に白身魚たちを罵りはじめました。

「やい、白身魚。白身魚帝国としてオレたちの国を支配していたとき、お前たちの先祖はオレたちイカの娘を20万杯もさらっていって、竜宮城で奴隷として働かせただろう」

「お前たちは残虐な“白帝”の子孫だ。だから、生き残ったイカのおばあさんたちに謝れ!」

「そうだ! 謝れ戦犯国! そしてつぐないとして金品をよこせ!」

「そうだ、そうだ! 謝罪と賠償! 永遠に謝罪と賠償をし続けろ!!」

 浦島が「こいつらは何を言っているのだろうか? 竜宮城はそんな場所ではないぞ」と思いながらイカの群れをながめていると、群れの端で小さくなっている年老いたイカを見つけました。浦島は、見覚えのあるそのイカのもとに近づいて、

「おお! お前はスルメじゃないのか!? ワシじゃ、浦島じゃ、おぼえておらんか」

と言いました。するとそのイカは目を輝かせて、

「いかにも! 私はスルメです! 浦島様、お久しゅうございます。70年ぶりですな!」

と答えたのです。浦島はすぐにスルメに事情をたずねました。するとスルメは「少々長い話になりますので……」と言って、浦島の腕を引き、仲間たちから少し離れた場所で話し始めました。

「そうですか。玉手箱を開けてしまわれて……。実は、こちらの世界もすでに70年の時が経っています。浦島さまがお帰りになったすぐ後に、白身魚帝国は戦争に負けました。ボロボロになって赤身魚連合に占領されてしまったのです。するとワシらイカたちは、自分たちだけは助かろうとして、さんざんお世話になった白身魚たちを裏切りました。『自分たちは無理やり白身魚帝国に支配されていた』とか『自分たちも“白帝”と戦った戦勝国だ』などと言い始めたのです。その醜い姿を見て、乙姫さまは失望のあまり海神さまの元へ帰ってしまわれました。なんと情けない種族なのだろうか……」

 驚きのあまり何も言えなくなっている浦島に、スルメは話を続けました。

「結局、白身魚帝国はなくなってしまいましたが、赤身魚連合の助けもあって、ボロボロになった白身魚帝国は白身魚国として立ち直りました。今では赤身魚たちとも仲良くしていて、とても豊かで平和な国になっています。そんな白身魚国に対して、イカ国は『白身魚帝国の過酷な支配』などというウソをでっちあげて、金品をむしり取っていきました。イカ国は、それで問題は最終的に解決したと約束したのですが、今度は、ご覧になったように、イカの娘たちが竜宮城で奴隷として働かされた、などと言い始めて、また金品をむしり取ろうとしているのです」

 ようやく頭の中が整理できた浦島が、

「なぜ、君は本当の竜宮城のことを仲間に話さないのかね?」

と聞くと、スルメは申し訳なさそうに言いました。

「もともとイカ同士の仲が悪かったイカ国では、外に敵を作ることで一つにまとまろうとしました。そうして、新しく生まれてくるイカたちに、『白身魚国は昔イカ国を無理やり支配した最悪な国だ』『戦犯国だ』とウソを教えて、種族共通の敵としたのです。やがて、イカ国ではこのウソが真実だとされて、本当のことを言ったものは『非国民』『親白派』と罵られたり、暴力を受けたり、まともな仕事に就けなくなるようになりました。だから、ワシも何も言いだせなくなってしまったのです。誇り高い白身魚帝国の一員を自負していた自分なのに、今では卑怯で恥ずかしいイカに成り下がってしまいました……」

 スルメは、今にも消え入りそうな声でそう言い終わりました。


 浦島がスルメの話を聞き終わったとき、白身魚たちの声が聞こえました。

「白身魚帝国がイカの娘たちを奴隷として働かせたなどと、ウソをくつのはやめなさい。第一、どこに証拠があるのだ?」

 するとイカたちは

「お前たちの仲間が証言したじゃないか!」

と怒鳴りました。対する白身魚たちは冷静に、

「アカエイの告白か。あれはすべて作り話だったことがすでに証明されているじゃないか。アカエイのウソを世界中に広めたアカ新聞も、アカエイの証言がウソだったと認めているのだぞ。卑怯にも、謝罪や世界中への訂正報道はまだしてはいないが……。とにかく、お前たちはアカ新聞の広めたウソを利用して、我々白身魚から金を奪いたいだけではないか」

と言い返したのです。

 するとイカたちは盛んに墨を吐きながら、

「うるさい! お前たち戦犯国は悪いに決まっているんだ! さあ、この像にひざまずいて謝れ!」

と意味不明な反論をしながら、何かを白身魚たちの前に持ってきました。

 しばらくして墨が晴れると、そこにはサザエの貝ガラに腰かけた、若いメスイカの像が見えてきました。すると、イカたちはいっせいにイカの像にすがりついて泣き叫び、

「おおっ!! 戦犯国である“白帝”は、こんないたいけな花のようなイカ娘たちをさらって奴隷にしたんだ!」

「こんなことが、許されていいわけがない!」

「戦犯国である白身魚国は、永遠に許されてはならないのだ!!」

と口々に言いはじめました。

 これを見てあきれ果てた白身魚たちが、

「だから、その証拠を出せと言っているのだ」

というと、イカたちは、

「竜宮城で働いていたイカがまだ生きている。そのおばあさんイカたちの証言が何よりの証拠だ!」

と言って、今度は白身魚たちの前に、二杯の年老いたイカを連れてきました。二杯の老イカは口々に白身魚を非難し始めます。

「私は若いころに“白帝”の兵士にさらわれたんじゃ。そして無理やり竜宮城に連れていかれ、ひどい目にあった。だから白身魚国は早く謝って金品をよこしなさい」

「私も同じじゃ。早く謝って金品をよこさないと、地獄に落ちるぞ! まずは、この像にひざまずけ!」

 そう言って若いメスイカの像を指さすと、またしてもイカたちはいっせいに「おおっ!! 戦犯国である“白帝”は、こんないたいけな花のようなイカ娘たちを……」とさけびながらイカの像にすがりつきました。

 もはや完全に意味不明なイカの行動に、浦島は言葉を失ってしまいました。

 いっぽうの白身魚は冷静に反論を続けます。

「証言だけでは証拠にならないと、何度言えばわかるのだ。それに、この老イカたちは話を聞くたびに証言が変わっていて、まったく信用などできないじゃないか」

「“白帝”は悪の存在と決まっている! その悪を攻撃している我々は善の存在なのだ! その善の存在である我々の言うことは、すべて正しいに決まっているだろう!!」

 もはや理屈などまったく通用しません。二杯の老イカも「私たちをウソつき呼ばわりするのか!! 悪の“白帝”の子どもらが!」と火のごとく怒っています。

 それを見た浦島は、あっと驚きました。白身魚たちに怒っている二杯の老イカは、アオリとスミだったのです。


 二杯の老イカの前に進み出た浦島は言いました。

「お前さんたちは……、アオリとスミではないのか?」

 すると、浦島を見たアオリとスミは目を丸くしておどろきました。

「う、浦島……さま!?」

「そうじゃ、ワシじゃ。竜宮城で会うた浦島じゃ。やっぱりお前さんらはアオリとスミじゃな。竜宮城ではあんなに楽しそうにしておったのに、なんでこんなウソをついておるのじゃ!?」

 浦島がそうたずねると、他のイカたちが浦島の前におどり出て

「部外者はだまっていろ!」

「ジャマだ、あっちへ行ってろ!」

と罵りはじめました。そして、あるイカが、

「お前も竜宮城に行ったことがあるのか! じゃあお前も戦犯の仲間だ! この像にひざまずいて謝れ!」

と言って、メスイカの像を指さしました。すると、またしてもイカたちはいっせいに「おおっ!! 戦犯国である……」と叫びながらメスイカの像にすがりつきました。イカたちは、メスイカの像を見ると条件反射でこの“儀式”をするようになっているようです。

 意味不明な“儀式”を見ながら、浦島は懐の中にある手紙のことを思い出しました。アオリやスミには70年前のことでも、浦島にとっては、つい半日ほど前の話です。

「アオリ。お前はこの手紙に見覚えがあるだろう」

 浦島が出した手紙を見たアオリは、少し考えてから、思い出したようにうなずきました。

「これは、70年前の戦争が終わる直前に、お前がワシに託した両親あての手紙じゃ。ワシが自分の村に帰るとき、潮の流れが速すぎて、お前たちの仲間にこの手紙を渡すことができず、仕方がなくワシが持っておったのじゃ。見ての通り、封筒は一度も開けられてはおらんので、ワシもこの手紙に何が書いてあるのかは知らん。しかし、あの当時の竜宮城の真実が書かれていることはまちがいないじゃろう。つまり、動かしようのない証拠となる。わかるな」

 浦島がそう言うと、白身魚たちもイカたちもうなずきました。浦島は続けます。

「アオリ。今、お前たちの言っていることが本当なら、この手紙を読めば証明することができるのではないか。どうじゃ。読んでみても構わんかな?」

 アオリは、浦島に手紙を託したことはおぼえていましたが、その中身まではおぼえていません。ウソをつき続けたことで、今ではすっかり自分のウソを真実だと信じ込んでしまっていたので、自信を持って答えました。

「ええ、それが動かすことができない証拠になりますね。“白帝”がどれほどひどい国だったのかが書かれているにちがいありません。浦島さま、ぜひ白身魚のやつらの前で読み聞かせてやってください」

 それを聞いた浦島は、白身魚たちにもイカたちにも見えるように封筒を開け、ゆっくりと読み上げ始めました。


「お父さん、お母さんへ

 お元気ですか。私はとても元気です。お父さんに、『お前を竜宮城に売ることにした』と言われた時は、家が貧しいから仕方がないとわかっていながら、とても悲しくてくやしくて、毎日お父さんを恨みました。

 でも、竜宮城に来てみると白身魚帝国の人たちはとても親切にしてくれますし、たくさんお金を稼げるので、とても楽しく過ごしています。私が送ったお金で、おうちの借金も返して、新しく立派な家を建てることができたと、近所に住んでいたスミちゃんから聞きました。あまりにたくさんのお金を送ったのびっくりしたかもしれませんが、心配しないでください。私が一ヶ月に稼ぐお金は、実は帝国軍のヒラメ大佐の月給よりも高いのです。そういえば、スミちゃんも竜宮城に売られてきましたが、やっぱり私と同じぐらい稼いでいて、いっしょに楽しく過ごしています。

 つい先日は、スミちゃんと帝国軍の兵隊さんたちとサンゴの丘に行楽に行きました。その中の一人であるカワハギ上等兵とは、今の戦争が終わったら結婚しようと約束しています。念願だった帝国軍兵士の家族になれるのです。こんなに幸せなことはありません。

 戦争が終わったら、カワハギ上等兵とあいさつに行きますので、そのときを楽しみに待っていてください。

                      アオリより」


 浦島が手紙を読み終えると、事実をつきつけられたイカたちは、何も言えなくなってしまいました。沈黙を破ったのは、スルメでした。

「そうじゃ! この手紙に書かれているとおりじゃ。戦争で大変だったのは確かじゃが、あのころのお前たちは、毎日楽しそうに暮らしていたじゃないか。きちんと思い出してみなさい! それに、イカ国が立派に立て直してもらえたのは、白身魚帝国のおかげじゃないか」

「何を言ってやがる、この老いぼれめ!!」

 若いイカが怒鳴りましたが、スルメは負けずに続けます。

「イカ国が白身魚帝国の仲間にしてもらって、それまでの身分制度が無くなったおかげで、みんなからものを奪うだけの存在だった貴族はいなくなった。道路や橋、鉄道まで作ってくれて、ゴミや糞であふれかえっていた汚い町は見ちがえるようになった。すっかりはげ山になっていた場所には水草を植えて自然を取り戻してくれたし、今は“白帝残滓”などといって引っこぬかれてしまったが、あのころの町中にはサクラサンゴの街路樹がたくさん植えられて、それはきれいじゃった。ワシらは学校へも行かせてもらい、読み書きと算術ができるようになって、無知ゆえにだれかに騙されるようなこともなくなった。何より、帝国の一員として、一等国の一員として、誇り高く真っ直ぐな気持ちで生きていられた。今のイカ国よりいいことがたくさんあったじゃろう。だから、だから……ウグッ!」

 スルメが続きの言葉を言おうとしたその時、突然、若いイカが石でスルメをなぐりつけました。それを合図に、イカたちはいっせいにスルメに襲いかかったのです。

「イカの風上にも置けないやつだ!」

「お前は“親白派”だな。生きている資格はない!!」

「サクラサンゴは“白帝”が我々から盗んだものだということを知らんのか!」

「優秀な我々が、劣った白身魚からものを教わるわけがないだろう!」

「この未開やろう!」

「非道徳のガキ!」

 若いイカたちは口汚く罵りながら、スルメをめった打ちにしたのです。驚いた浦島は止めに入りましたが、手遅れでした。すでにスルメは息絶えていたのです。

「な、なんというひどいことを……」

 あまりに突然の悲劇に浦島が打ちひしがれていると、イカたちは浦島にも罵りの言葉を投げつけてきました。

「お前は白身魚にやとわれて、でたらめを言っているにちがいない!」

「第一、人間の言うことなど信じられるか!」

 そう言うと、一杯のイカが浦島の手から手紙をうばい取り、墨をふきかけてまっ黒にしてしまいました。

「どうだ! これで証拠はなくなった。アオリとスミの証言がたった一つの真実だ!」

 そう言ってせせら笑うイカたちを見て、白身魚も浦島も、周りで見ていた赤身魚たちも、あまりのイカれぶりにあきれ果ててしまいました。

 絶望した浦島は、

「せっかく戻ってきたが、当時のことをちゃんとおぼえていたスルメがいなくなってしまった。ここにもワシの知り合いはいなくなったので、陸に帰ることにするよ……」

と言って、カメを呼び寄せました。そして帰る間際、まだ罵り声をあげ続けているイカたちに見つからないように、白身魚たちの中でひときわ大きなタイに近づき、懐の中にあった手紙をわたしました。

「タイや。これはアオリと結婚の約束をしたカワハギ上等兵と、今アオリの横に座っておるスミ、そのスミの結婚相手だったメバル一等兵の手紙じゃ。アオリの手紙といっしょに託されたもので、おそらくアオリの手紙と同じような内容が書かれておるじゃろう。アオリの手紙はワシが油断したせいでダメになってしもうが、この残りの手紙はお前さんに託す。竜宮城がひどい場所なんかじゃなかったということを、これで証明しておくれ」

「お任せください。必ずやイカどものウソを暴いてみせます」

 そう言って胸ビレを張るタイに見送られて、浦島は海の底をあとにしました。

 今日は潮の流れもおだやかで、海の水もきれいに澄んでいます。そんな海の景色をながめていると、来る時には気がつかなかったものが見えてきました。サザエの貝ガラに腰かけた若いメスイカの像が、いたるところにあったのです。そして、ひとつひとつの像にはたくさんのイカがだきついて

「おおっ!! 戦犯国である“白帝”は、こんないたいけな花のようなイカ娘たちを……」

と、海の底でも見たあの“儀式”をしているではありませんか。浦島は、

「イカたちは、自分たちでついたウソを本当だと信じこんでしまった挙句、あの意味不明な“儀式”が習性として身についてしまったのじゃな。ひどい生き物に成り下がってしもうたものじゃ」

と独り言をつぶやきました。


 こうして、またしても浜に戻ってきた浦島ですが、海の底と同じで、ここにも知り合いはいません。頼れる親戚も、もう生きてはいないでしょう。

「これからどうやって生きていけばよいのじゃ……」

 やはり途方に暮れるしかなかった浦島ですが、ふと、ある考えが頭に浮かびました。

「イカたちのあの意味不明な“儀式”の習性を利用して、釣りをすることはできんじゃろうか……」

 思い立った浦島は、木彫りで若いメスイカの像を作ると、浜で拾ったサザエの貝ガラに結びつけました。

「よしっ、できたぞ。サザエの貝ガラに腰かけているように見えるかのぉ。これに針と糸をつけて……と」

 浦島ができた仕掛けを海に投げ入れると、たちまち竿が大きくしなります。竿を上げてみると、仕掛けには五~六杯のイカが抱きついていました。

「はっはっはっ。一度にこんなに釣れるとは、こりゃあ面白い……。エサは必要ないし、この分じゃ針も必要なさそうじゃのう。はっはっはっ」

 こうして浦島は、あっという間に何百杯ものイカを釣り上げました。

 次の日もその次の日も、大量のイカを釣り上げてくる浦島は、やがて、伝説のイカ釣り漁師といわれるようになり、とても豊かに暮らしました。そして、浦島が考え出したイカ釣りの方法は、「イカん婦像釣法」として村に代々伝わっていったのでした。

 めでたし、めでたし。

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