表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最弱の竜は最強の竜狩りと恋をする  作者: しき
第三章 竜と竜狩り
62/69

3-15.空飛ぶ戦士

 クリフたちが逃げようとしているときだった。町の外からアズルダの正門に向かっていく人影があった。その人物は奇妙な格好をしていた。

 古い外套を纏い、顔が見えない程フードを深く被り、荷物を一切持っていない。町から町へと移動する旅人であっても、その身なりが可笑しいことに誰もが気づく。外套が古いだけならともかく、荷物を持っていないのは異常だった。

 モンスターに襲われたかと遠くから旅人を見ていた戦士たちは推測するが、その解に自信を持てない。襲われたにしても旅人が怪我をしているようには見えず、疲労していよう様にも見えなかったからだ。


 旅人が門の前まで近づいて来る。中に入ろうとしている人々の行列を無視し、直接門前にまで歩いてきた。

 正門にまで来ると、戦士たちがその旅人を制止させる。


「すみません。アズルダへの入場希望者はあの列に並ぶようになっています。お手数ですが、最後尾から並んでください」


 とりあえず戦士は、お馴染みの台詞を旅人にかけた。ごくたまに、自分を勘違いした人間が列を並ばずに入ろうとしてくる。そういう手合いの可能性もあった。


 旅人は口を開く。


「あぁ、なるほど。並んでいたのはそういうわけか」


 まるで知らなかったかのような口ぶりだった。これには戦士たちも違和感を抱いた。

 旅人ならば他の町に訪れたこともあるはずだ。そうなればこのような行列を見たことくらい、一度や二度はあるはずだ。しかし旅人は、それを今初めて知ったかのように言った。


 戦士たちは旅人に質問した。


「失礼ですが、どの町から来たのでしょうか?」

「町? さぁな。名前なんぞいちいち覚えていない。飯させ食えれば十分だからな」

「観光が目的ですか?」

「観光。確かにそうだな。いろんな町を訪れて知り、堪能する。歴史を見るのは楽しいからな」

「なるほど……」

「しかし今回は違う」


 旅人は門の奥にあるアズルダの町を見る。


「この町には探し物があってきた。それが終われば観光をしても良いが、まずは捜索だ」

「人探しですか?」

「ははは。違う違う。ヒトではない。私が探しているのは―――」

「おい」


 そのとき、一緒に正門の検閲をしていた竜狩りが声を掛けた。


「お前らそいつから離れろ。すぐに」


 戦士たちは竜狩りの命令に従い、すぐに離れる。竜狩りは武器を抜いた。


「ふむ。やっと気づいたか。のんびりとしているな」


 そうして旅人はフードを脱いだ。


「そんなに鈍いと、全部食ってしまうぞ」


 その顔は、右半分が黒く染まっていた。



 ***



 竜は空を飛ぶ。対して人は空を飛べない。それ故に戦士たちは黒竜を追い詰めても空に飛ばれて仕留めそこなうことや、空からの一方的な攻撃に蹂躙されることがあった。その対策として人々は様々な武具を発明したが、根本的な解決には至らなかった。


 だがあるモンスターを手懐けることで、彼らは最高の対抗策を得た。それがヒポグリフだった。

 鷲の顔で身体が馬で背に翼を生やしたモンスター、ヒポグリフ。彼らは空を飛ぶことが出来る。以前、戦士団がヒポグリフを飼育しているという話を聞いて、いずれ実践に使うということを聞いたことがある。あのときはクリフも胸を躍らせた。空を飛ばれても戦えれば、多くの竜を倒せるからだ。


 それが今、クリフの前に現れていた。しかも最強の乗り手を伴って。


「竜だけが空を飛べると思っていたなら大間違いだ」


 槍を手にしたストレイグがクリフたちに向かって来る。ストレイグの登場に驚いていたロロだが、近づかれると我に返ってそれを避ける。クリフは振り落とされないようにロロの身体にしがみついた。


「どうした? 空中戦は苦手か?」


 ストレイグが再び接近してくる。ロロはそれも避けるがギリギリだった。ヒポグリフの速さに、反応するのがやっとである。

 クリフは武器をかまえる。


「ストレイグさんはこのまま逃がしてくれる人じゃないぞ、ロロ」


 ロロに戦う気が無いことを、クリフは覚っていた。戦わずに済むならそれでいい。それはクリフも同意する。しかし、ここで戦わなければならないことになった。

 普段とは違う戦闘だが、クリフはストレイグと戦う覚悟を決めた。


「お前はどうするんだ?」

『ロロは……』


 考えが纏まらないのか、ロロの言葉が鈍い。人と戦うことを拒んでいたんだ。無理はないだろう。

 だが相手はそれを悠長に待ってくれるほど優しくは無い。ストレイグが再び武器を構えていた。


 そのときだった。


『ガギャアアアアアアアアアアアアアアア』


 正門の方から竜の声が聞こえた。とてつもない大きな声で、町中に響いたのかと思えるほどだった。

 正門に視線を向けると、城壁の上に黒竜の姿があった。しかも今まで見た中で最も黒色に染まっている竜だった。身体の九割以上が黒い。辛うじて顔の左半分だけが、青色の鱗を残していた。


「極限種か」


 ストレイグが顔を強張らせた。

 極限種は、身体の十割近くが黒く染まった黒竜を指している。その強さは他の黒竜とは一線を画し、多くの竜狩りが葬られた。手練れの竜狩りですらやられてもおかしくない相手だった。


「命拾いしたな」


 ストレイグがそう言った。するとストレイグはヒポグリフを操り、現れた黒竜の方へと向かっていく。その場には、クリフとロロだけが残された。


 助かった、のか?

 複雑な心境だった。黒竜が現れたお蔭で、クリフたちはストレイグに見逃された。身体に全く黒竜化の兆候が見られないロロと極限種の黒竜なら、危険なのはどう見ても後者だ。ストレイグがクリフたちを無視するのは当然だろう。

 それにしても、皮肉な状況だった。倒そうと誓っていた相手に救われるとは……。


「おい、ロロ。行くぞ」

『え、行くって……』

「逃げるんだ」

『え? いいの?』


 ロロの言いたいことをクリフは察していた。クリフはそのうえで「あぁ」と肯定する。


「ここに俺らしかいないのなら戦うが、この町にはストレイグさんがいる。最強の竜狩りだぞ。極限種相手でも戦えるはずだ。それに他の竜狩りや戦士たちもいる。俺たちが行かなくても十分だ」


 本心を言えば、クリフは助けに行きたかった。いくらヒポグリフを使えるからと言っても、数に限りはあるだろう。竜に乗って戦えるクリフが行けば、大きな助力となるはずだ。

 だがクリフはロロを助けたい。この機を逃せば、ストレイグたちから逃げ切る機会はもう訪れないだろう。だからクリフは、適当な事をでっちあげてロロを説得した。


「ほら、移動するんだ。今じゃなきゃ逃げるチャンスはもうないぞ」

『……うん』


 ロロは町の外に身体を向けて移動する。城壁を過ぎればロロを阻む者はいない。そこまで行けば逃げられる。


 だがロロは、城壁の上で停止した。


「どうした?」


 クリフは心配になって声を掛ける。するとロロはゆっくりと高度を下げ、城壁の上へと降りた。


「何やってんだ? ここで休んでいる時間は無いぞ。竜狩りが居なくても、城壁には戦士が居る。ほら、あそこだ」


 クリフが指差す方には、数人の戦士がこちらを伺っていた。離れた場所にいるが、すぐに他の戦士を呼んで向かって来ると予想出来た。

 にもかかわらず、ロロはなかなか動かない。


「おい! 早くしないと―――」

『これでいいのかな?』


 言葉が詰まった。ロロの問いの意図に、クリフは気づいていた。だがクリフは、それに気づかないふりをした。


「何がだ? 話をするのは後にしろ。今は逃げることを優先しろ」

『クリフはここで逃げるのが良いと思うの?』

「……当たり前だ」

『ロロは……違うと思う。ここで逃げたら後悔すると思うの』

「……」

『ロロの夢は、いつかロロが竜だと知って貰って、竜と人が一緒に過ごせる町をつくることなの。そのために人の事が知りたくて町に下りたのに、ばれたから逃げるのはダメだと思うの。ピンチになったら逃げるのなんて、そんなんじゃ仲良くなれない』


 クリフはフェーデルの一例を思い出した。ロロはそのことを覚えているのだ。


「つまりお前は、一緒に戦いたいってことか?」

『うん』


 頭が熱くなった。クリフは興奮を抑えて返事をする。


「無茶言うな。相手は極限種だ。空中戦に不慣れな俺たちじゃ、ストレイグさんの足を引っ張るだけだ。もし勝てたとしても、ストレイグさんが俺たちを見逃す理由が無い。そのまま連戦だ。逃げ切れるわけがない」

『けど逃げたら、もうクリフたちと会えなくなるかもしれない。そんなのは嫌。ロロは自分の手で自由を手に入れたいの』

「逃げれたら手に入るだろ」

『それはロロが欲しい自由じゃない。ロロは人と仲良くなれる方が良い』

「生きるか死ぬかの瀬戸際だぞ! 死んだら自由も何もない。そんな奴等が相手だって分かんねえのか?」


 幾多もの黒竜を狩ってきたストレイグに、幾多もの竜狩りを倒してきた極限種。どう頑張ってもどちらもロロが勝てない相手だ。立ち向かうだけ無駄なのだ。だというのに……。


「そもそも勝算はあるのかよ。あの化け物共相手に勝ち抜く策が」

『多分大丈夫だと思う』

「話しになんねぇ」


 何も考えていない事実に、クリフは呆れて溜め息を出す。


 そしてロロは、平然と言った。


『だって、いずれ最強の竜狩りになるクリフが守ってくれるって言ったんだから、頼っても仕方が無いと思うよ』


 言葉も出なかった。あのときのクリフの気遣いを、こんな所で持ち出して来やがった。何という奴だ。策を考えずに希望だけを口にして解決を他人に頼るなんて、ふざけているにもほどがある。


 呆れを通り越して笑えてきた。


「よくそんな戯言をベラベラと言えるもんだなぁ」

『信頼してるって言ってよ。助けるって言ったときのクリフは、とっても頼もしかったなぁ』

「挑発してんのか?」

『ただの確認だよ。で、クリフはロロのお願いを聞いてくれる?』


 あぁ、もう駄目だ。気が高ぶって正常な判断が出来ない。


 クリフは笑って、その挑発を受けた。


「いいぜ。乗ってやるよその挑発。だが、そこまで言ったからには終わった後は覚悟しろよ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ