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最弱の竜は最強の竜狩りと恋をする  作者: しき
第三章 竜と竜狩り
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3-4.守る

 弱き者を守る。守りたいものを守る。それがクリフの使命である。だがそれを信条としてるのは、何もクリフに限った話ではない。同じ信条を掲げて行動する戦士は他にもいる。その一人がストレイグだ。

 彼は人に優しい。困った人を助け、悲しみにくれる人を救う。誰もが尊敬する戦士である。その一方で敵には、特に竜に対しては容赦が無いと聞いていた。黒竜はすべて狩り、場合によっては元竜も狩るという徹底ぶりだ。

 ストレイグは百を優に超える数の竜を狩ってきた。今更竜に怖気づくような人物ではない。仮に相手が正体不明な竜だとしても。


 そんな人物から助けてくれと、ロロは言った。クリフが嫌う悲痛な顔と声で。

 いつの間にか、身体の熱が上がっていた。ロロに身体を掴まれたからではない。ロロの懇願に重圧を感じていたからだ。

 相手は最強の竜狩りストレイグ。彼からロロを守るのは至難の業だ。先ほどクリフはストレイグとの力の差を身をもって体験したばかりだ。もし敵対すればクリフが勝てる可能性など微塵もない。それほどの差があった。


 はっきり言えば自信が無い。ロロを守り切れる保証は無い。だがそれを告げるほど、クリフはロロに非情になれない。

 何より、ロロの悲しい顔を見たくなかった。


 クリフは静かに深呼吸して平静を取り戻す。そうしてロロの顔を今一度見つめ返した。


「落ち着けよロロ。たしかに見つかったらまずいが、それさえ避ければ問題無いんだ。ストレイグさんは一生ここに居る訳じゃない。十日、長くて二週間くらいだ。最悪部屋に閉じこもってたら大丈夫だ。事情を話せばルイスとケイト、レイだって協力してくれるはずだ」


 ロロを落ち着かせようと励ますが、不安な顔が消えずに残っている。手の力が弱まる様子も無かった。どうにかして安心させたいがその手段が思い浮かばない。

 それでも何とかしようと苦手な思考を始めると、聞き慣れない足音が耳に入った。たそがれ荘の方から、誰かが裏口に向かって来ている。ふと胸騒ぎがして、裏口を注視する。裏口が開いた瞬間、クリフは息を呑んだ。


「お、そこにいたのか―――」


 声で判別したのか、ストレイグが裏口を開けた瞬間、ロロがクリフに抱き着いた。ロロは顔をクリフに胸に押し付けるように密着する。


「っ―――」


 声にならない悲鳴が漏れる。クリフの体温が猛烈な勢いで上がった。多少慣れたとはいえ、突然身体を密着させられると心臓が破裂しそうになる。

 身体を引き剥がそうとクリフはロロの肩に手をかける。するとロロはクリフの背中に腕を回してさらに強く抱きつく。ロロの柔らかい身体の感触が伝わり、クリフの体温がさらに上がった。あまりの辛さに息が荒れる。何のつもりだと咎めようとしたが、上手く声が出なかった。


 直後、バタンとドアが閉まる音が聞こえた。視線をやると裏口が閉まっており、ストレイグも居なくなっている。そこでようやく、クリフはロロの意図に気付いた。


「い、いないぞ」


 何とか声を上げると、ロロの力が弱まった。すっとクリフから手を離して距離を取る。「ごめんね」ロロは小さな声で謝罪した。


「いや、いい。理由は分かったから」


 逢引中に声を掛ける者はいない。ロロはそれを狙ったのだ。いくら最強の竜狩りだろうと、人の恋路を邪魔する気は起きないのだろう。いきなり抱きつかれたことに困惑したが、今は機転を利かせたことに感謝しており、憤りは失せていた。

 クリフは息を整えてから、ロロに声を掛ける。


「それに収穫もあった。そう考えたらよくやったと言いたいくらいだ」


 レイ曰く、竜狩りは人間と人に化けた竜を判別できる能力を身に着けるが、その能力にはばらつきがある。遠目で見て判別できる者がいれば、近づいたり触ったりしないと分からない者もいるという話だ。

 ストレイグは先ほどロロを見た。ロロがストレイグに背を向けていて、数秒間という短い時間だったが、はっきりと視認したはずだ。にもかかわらず、ストレイグはロロを退治せずに見逃した。

 ばれていたら、今頃ロロは襲われていたはずだ。おそらくストレイグは、竜の判別能力が低い竜狩りだろう。安心材料が一つできて、クリフは安堵した。


「だから大丈夫だ。お前が竜だとばれない。今までと同じように過ごせる。そうだろ?」


 精一杯の励ましの言葉をロロにかける。これだけ言えば大丈夫だろう。いつもと同じ、あの明るい笑顔を見せてくれると、クリフは信じた。

 しかし、ロロの未だに浮かない表情を見せていた。何が原因か分からず、クリフの内心は動揺しっぱなしだった。何がダメなのか見当もつかなかった。


「……クリフは?」


 悩んでいると、ロロが小さな声でそう言った。

 俺? 俺がどうかしたのか?


「クリフは……助けてくれないの?」


 かちりと何かがはまった音がした。ロロが何を言いたいのか、何を聞きたがっているのか、やっとクリフは合点がいった。

 クリフはロロが望む言葉を口にした。


「助けるに決まってるだろ」


 ロロの表情がぱあっと明るくなった。やっと暗い顔が消えて、クリフの心に平穏が訪れた。


「何かあったら助けに来てやるから、それまではレイたちに助けてもらえ。分かったな」

「うん!」


 朗らかな声を聞き、またクリフは安堵した。


「じゃあストレイグが帰るまでは浴場か物置に隠れてろ。帰ったら呼びに来るから」

「分かった。よろしくね」


 ロロはそう言って浴場へと駆け込む。何とか元気を取り戻したようで一安心だ。あとは部屋に閉じこもって貰えば、何事も無くやり過ごせるだろう。そう考えてクリフはたそがれ荘に戻った。


 中に入ると、ストレイグに集まる人たちがまた増えていた。ストレイグの人気に感心しつつ、クリフは二階へと上がろうと階段に向かう。そのとき「クリフ君」とストレイグに呼び止められた。クリフが立ち止まると、ストレイグは集まった人たちを残してクリフに駆け寄ってきた。


「さっきは変な所を見てしまって済まない。彼女は大丈夫かい?」


 突然の謝罪だったが、すぐに理解した。クリフがロロに抱き着かれているところを見たことだろう。


「えぇ、大丈夫ですよ。気にしてなかったようです」

「そうか、なら良かったよ。ちょっと慌てていたから気づかなくてね」

「そうですか……ちなみに、何の用だったんですぁ?」

「あぁ。少し聞きたいことがあったんだよ。今良いかな?」


 断る理由も無いので、クリフはあまり考えずに「いいですよ」と答える。


「そうか。では聞くが、君は最近竜に会ったかい?」


 心臓が縮んだ気がした。ロロに気付いたのか、ただのはったりかと考え込み、何も返答できなかった。

 幸いにもストレイグはそれに気づかずに話を続けた。


「いきなりこんなことを聞いて済まない。だが君から妙に匂うのだよ、竜の匂いが。しかも最近遭遇したかのような強い匂いだ。しかし君は昇格試験前だ。竜と戦闘するような危険な任務は受けていないはずだ。だからもしかしたら、人に化けた竜と出会ってないか気になったのだよ。心当たりはないかい?」


 ストレイグの赤い眼が、クリフの顔を見つめている。疑念の無い綺麗な眼だ。ただ純粋な好奇心で聞いているのだと、考えを改める。真っ直ぐな眼に魅かれて、「知らない」と一言言えばあっさりと引いてくれるのではないかと、都合の良い展開を期待した。

 だが寸でのところで、クリフは口を閉じた。そう言ったら後々面倒になるのではないかと、よく分からない直感が下りていた。


 答えを出せずに悩んでいると、ふとストレイグが視線を下げた。ストレイグはクリフの腰の方に手を伸ばす。思わず一歩引いてしまうが、ストレイグは構わずにクリフの腰についたナイフを取った。

 父親の形見である黒刃のナイフをストレイグは視る。じっと見つめて、しばらくすると「なるほど」と言ってクリフにナイフを返した。


「それが原因かな」


 一人で納得するストレイグを、クリフはポカンと口を開けて見ていた。


「そのナイフは黒竜の身体の一部を使っているようだ。俺が嗅いだ匂いは多分それだ」

「……そ、そうですか」

「あぁ。つまり俺の勘違いだったということだ。済まないな、時間を掛けてしまって」

「い、いえ。気にしないでください」

「そう言ってもらえると助かる。しかし、やけに強い匂いだったから間違いないと思ったんだがな……」


 ストレイグはそう言い残して集団の方へと戻った。何事も無かったかのように明るい声で彼らに言葉をかけ、また騒がしい声が一階に響いた。

 対してクリフは、動揺していることを覚られないよう、普段通りを意識して階段を上ろうとした。しかし彼の言葉を意識して、いつもより慎重に上ってしまう。

 そうでもしなければ、今にも階段を踏み外してしまいそうだった。


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