2-17.竜狩りの力
「ロロさんは、竜なんでしょ」
クリフに食事に誘われ、たそがれ荘の浴場でロロと一緒に入浴していたとき、レイはロロに対して訊ねた。訊ねられたロロは、困った顔をしてレイを見る。
「えっと……なんで分かるの?」
自白のような疑問に、レイは淡々と答える。
「……竜狩りだから」
「そっか……」
浴槽に浸かりながら、ロロは天井を仰ぐ。
「すごいね、竜狩りって……。クリフがなりたがるわけだよ」
本心で言っているように思えた。諦めているのか、他人事なのか、そんな風だった。
違和感を抱きながら、レイは続けて問う。
「あなたは、人を食べないの?」
「食べないよ」
即答し、続けて言う。
「黒竜じゃない。けど元竜でもないんだって」
「……誰かが言ったの?」
「うん。ファルゲオンっていう竜」
その名前は知っている。昔、フェーデルの近くに住んでいた竜だ。数年前から居なくなったと聞いていた。
「何処で会ったの?」
「んーっと……フェーデルって町の近くだよ。クリフと一緒に会ったよ」
「クリフ君と……」
心臓の鼓動が速くなる。レイは顔の下半分を湯船に浸けた。
クリフ君と一緒にファルゲオンに会い、自分の正体を聞く。これらの情報から、クリフ君がロロさんの正体を知っているということは明らかである。そしてクリフ君は、それを戦士団に報告していない。つまり、クリフ君はロロさんの事を隠している。竜狩り昇格に熱心なクリフ君が隠蔽することは、あまりにも異常な行為だ。何か理由があるのか。
レイは湯船から顔を出す。不思議そうにこっちを見ていたロロに、レイは訊ねた。
「ロロさんは、なぜここに居るのですか?」
「住んで良いって言われたからだよ」
「なんで、町に来たのですか?」
「人と友達になったり、遊んだりしたいから」
「なんで、そんなことしたいのですか?」
「楽しそうだから、かな」
「……そうですか」
ロロの言葉と反応を記憶する。そうしてまた、レイは湯船に顔を浸けた。
見たところ嘘は言ってない。おそらく、ファルゲオンのような人と仲良くしたい竜だ。害は無い。けど人になれるということは気になる。嘘に長けた黒竜? けどロロの身体は無駄に発達しているだけで、黒竜であることを証明する汚染は無い。じゃあ元竜でも黒竜でもない新種の竜? その可能性が高い。その場合、戦士団に報告するのが常識だけど、クリフ君がそれをしていないのが気になる。女性が苦手とはいえ、正体は竜。クリフ君なら報告するはず……。もしやあの魅力的な身体に迫られて魅了されてしまった? その可能性は……ない。それで折れるクリフ君ではない。じゃああの性格にほだされて決断を保留にしているのかな? ロロさんの真意を図るために、クリフ君はロロさんを見張ってる。多分これが正解だ。じゃあ私はどうすれば良い―――。
「ぷはっ」
息が続かず、レイは湯船から顔を出す。荒い呼吸で酸素を取り入れる。
ある程度呼吸を繰り返して落ち着くと、ロロがレイを見ていたことに気づいた。
「だいじょうぶ?」
心配げな顔を見せている。演技のようには見えないし、しているようにも思えない。心の底から心配していると分かった。
「うん……平気」
「そっか。良かった」
ロロは無邪気な笑みを見せる。無垢な子供のような笑みに、レイは拍子抜けする。
「ロロも聞きたいことがあるんだけど、良い?」
少しだけ、レイは身構える。やはり何か狙いがあるのか。レイは心してそれを聞いた。
「レイちゃんって、クリフのこと好きなの?」
「………………………」
レイは頭の天辺までを湯船に浸けた。
この子は何を言ってるのだろう? 私がクリフ君の事が好き? どこにそんな事を言えるほどの根拠があるのだろうか。なにかそんな素振りを見せてしまったのか。それともただの勘? だとしたら安心だ。適当に流せばいい。いや、この場でそんないい加減なことを言うのだろうか。目の前に竜の天敵ともいえる竜狩りが居るのに、そんな事を言う余裕があるのだろうか。無いはずだ。じゃあ何か策があっての質問? 策? 策ってなに? この質問で何が出来るというのか。こんな同世代の女子でやる様な恋バナみたいな質問で何が出来るのか。それとも別の意図があるの? ただの恋バナに見せかけた情報戦でも仕掛けようとしてるの? 恋バナなんかしたこと無いから分からない。あ、もしかしてあれかな。クリフ君が盗られるのを恐れての牽制かな? あるかもしれない。ロロさんの正体を知ってるのはクリフ君だけだ。つまりロロさんの飼い主はクリフ君。クリフ君が居なくなったらロロさんは一人になっちゃう。そう思ってるから好きとか聞いたの? じゃあ誤解を解かないと。私はクリフ君の事をそう思ってない。私は―――。
勢いよく、レイは湯船から頭を出した。顔に張り付いた前髪をどかし、ロロの方を見る。ロロは驚いた顔をしていた。
レイはロロに言う。
「友達になりたいだけ」
レイがクリフに想う事はそれだけだった。愛とか恋とか、そういう恋愛感情ではない。ただ単に、友達になりたかった。
そんなレイの想いが伝わったのか、ロロは「そっかそっか」と納得していた。
「じゃあさ、ロロが協力するよ」
「……え?」
「レイちゃんがクリフと友達になれるように、手伝ってあげる」
純粋無垢な眼差しに、レイはたじろいだ。本気で言っているのだろうか。敵であるはずの竜狩りにそんな提案をするとは。
レイは一度気を引き締める。
「だ、だいじょうぶ、だよ。そんなことをして貰える、理由なんて、ない、し……」
少しばかり惜しい気持ちがあるが断った。ロロが何を考えているのか分からない故、そうするしかない。
「あるよ、理由」
しかし、ロロは引き下がらない。
「ロロが竜って知ってるのに、レイちゃんはロロの事を信じてくれた。ロロの話を聞いてくれて嬉しかったの。そのお礼に、お手伝いしたいんだ」
「それは……私にはそういう力があって、それに頼っただけだから……。私はまだ、ロロさんのことを信じきれてない」
「けどロロを信じてみたい、見極めたいって思ってるから、ロロの事を誰にも言わなかったんでしょ?」
「……」
「それだけでも嬉しいんだ。クリフ以外にもいてくれて、すごく嬉しいの」
ロロは寂しげな笑みを浮かべていた。その笑顔の奥で何を思い出しているのか、それはレイでも見当がつく。
「竜ってことでのけ者にしないで接してくれて、ちゃんとロロを見てくれる人って、居なかったから……」
湯船に向ける悲しそうな顔に、自分を重ねていた。
一人だったこと、傍に誰もいなかったこと、そして、それをクリフに救われたこと……。
この人は、私と同じだ。
「分かった」
レイは湯船の中でロロに近づいていた。ロロと目を合わせると、彼女の両手をレイの両手で包み込んだ。
「私は……ロロちゃんを信じる。クリフと友達になる手伝いをして」
ロロは目をぱちくりと瞬き、次第に可愛らしい笑顔を見せる。そうして、弾むような声で「うんっ」と答えた。
「まっかせて! レイちゃんとクリフが友達になれるように、ロロ頑張る! 名付けて……友達大作戦!」
無邪気な笑顔でロロは宣言する。
その笑みを見て、レイはロロを信じることにした。
レイは一人で、黒竜たちと向き合っていた。肩で息をしながら、黒竜のバッテルとユーレスを見る。二頭は余裕のある顔でレイを見つめ返していた。
「レイ、何やってんだ。さっさと斬れ。お前なら出来るだろ」
背後からケイトの声が聞こえる。ケイトは負傷して動けなさそうだ。「大丈夫」レイは答える。
「ちゃんと、守るから」
「じゃあ……なんで攻撃しねぇんだよ」
ケイトの指摘に、レイは答えられない。続く言葉も、レイは黙って受ける。
「反撃のチャンスが何度もあっただろ。ずっと守ってばかりだと死ぬぞ」
ケイトの言う通り、レイは一度も反撃せずに黒竜の攻撃を防ぐばかりだった。後ろにケイトとルイスが居るため、彼らを守るために迂闊に動けない。だから防御主体になるのは仕方のないことである。
しかし、反撃できる機会はあった。黒竜たちが接近した時、大太刀を振るって斬りつけることが出来る機会はあった。それは一度ではなく、何度もあった。その際に反撃すれば、幾分か黒竜たちも慎重になっていただろう。
だがレイには、それが出来なくなってしまった。
『それが出来ないんだよねぇ』
ユーレスが嘲笑う。
『僕はレイちゃんの友達の親友だから。僕を傷つけたら、レイちゃんの友達も悲しむからねー。そしたらお友達は泣いちゃうかもねー』
ぎり、とレイは歯を食いしばる。
その呼び方で言うな。言っていいのはロロちゃんだけだ。
『ふん。まだやる気のようだな』
レイはバッテルの方を見る。その目から油断を感じられない。慎重な性格のようだ。だから、背中が真っ黒になるほどの人や竜を食えたのだろう。
『ユーレス。もう一度行け』
『えー、僕疲れたよ。バッテルが行ってよ』
『俺が行くと反撃される。お前が行く方が安全なんだ』
『しょうがないなーっと』
ユーレスは頭を支点にして、蛇のように長い身体をしならせ、尻尾を円を描くように払う。鞭のように動く尻尾がレイに向かった。
レイは尻尾の軌道に合わせて大太刀を傾ける。大太刀に尻尾を当て、滑るように尻尾の軌道をずらしにかかる。腕にかかる衝撃に耐えて、レイはそれを上に弾いた。
「っ―――」
腕に伝わる衝撃に顔を歪ませる。竜の攻撃は避けるのが普通だ。受けられるのは竜狩りでも一握りしかおらず、レイはそれに該当しない。本来なら避けるべき攻撃である。技量と経験でなんとか防御するが、それも限界に近かった。
『もう少しだな』
レイがなかなか腕を上げられずにいると、バッテルがそう言った。その観察眼が敵ながら見事だ。レイの腕の感覚は、無くなりかけていた。
「くそっ、くそっ」
ケイトが剣を杖にして立ち上がろうとする。だが途中で、力が抜けたかのように膝を着く。
『観念しろ小娘。お前は動けない。このまま俺たちに食われるのだ』
『そうそう。いい加減に諦めなよ。あはは』
余裕。それが二頭の声に宿っていた。反撃する気を見せない敵が居れば、そう思えるだろう。
レイはバッテルの方に向く。
「あなたが、ユーレスを、黒竜にしたの?」
黒竜に話しかけるのは初めてだった。レイの言葉に、バッテルは答える。
『あぁ、そうだ。人と仲の良い竜が居ると聞いてな。それを利用して村を襲おうと思ったところだ。こいつは上手く村人を食って成り替わり、詰所の戦士の動きを教えてくれる良い手下だ。ふっ、我ながら良い働きをしたものだ』
気分を良くしてバッテルは自慢する。
『一度こいつが失敗したせいで竜狩りを来ることになったが、これはこれで好都合になった。なんせ竜狩りを食える機会に巡り合えたんだからな。お蔭で俺は強くなれる』
「そう、ですか……」
レイは大太刀をなんとか持ち上げる。腕の感覚はあまり無い。あと二回、下手すれば一回受ければ、もう武器を持てなくなるだろう。絶望的な状態だった。
「それは、無理だと思いますよ」
『…………なに?』
バッテルがレイの挑発に反応する。いつの間にか、冷たい空気は無くなっていた。
「私は今、友達づくりの真っ最中なんです」
『……何の話だ』
バッテルが呆れたかのような声を出す。レイは無視して話を続ける。
「ずっと前から友達になりたい人がいて、それを手伝ってくれる友人が居るんです。その友人の助言で友達になろうとしてるんですけど、失敗ばかりしてます。失敗は嫌なんですけど、なぜかその友人と一緒だと嫌じゃないんです」
その友人は本気だった。本気でレイの手伝いをしてくれる。応援してくれる。だから失敗しても、レイは友人を責めなかった。それどころか、感謝していた。
「私と一緒に考えて、悩んで、助けてくれる人は、今までいませんでした。その友人が初めてなんです。だから私は、その友人の想いに応えたいんです」
遠くから音が聞こえる。空気を切り、翼を羽ばたかせる音だ。
「そのためにも、ここで死ぬつもりは、ありません」
その音が頭上から響く。
「ロロちゃんと一緒に、クリフ君の友達になるまでは」
黄金の竜が、空に浮かんでいた。




