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最弱の竜は最強の竜狩りと恋をする  作者: しき
第二章 竜の友達
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2-16.友達の親友

 クリフはロロの傍で、ただ立ち尽くしていた。レイはルイスたちを連れて黒竜の追跡をし、アレックは村へと戻った。クリフだけが、何もせずにその場に残り続けた。

 否、動こうと思えば動ける。レイは落ち着いたら合流するようにと言っていた。この場を離れてレイたちを追いかけることはできるのだ。


 だがクリフは動かなかった。

 クリフは足元で横たわるロロを見つめる。竜に変身したロロは気を失ったまま目を覚まさない。この状態のロロを置いてレイたちを追いかけることが、クリフには出来なかった。

 それに、ロロに聞きたいこともあった。ユーレスの所在やロロが竜になった理由。それらを知るためにも、ロロを放っておくわけにはいかない。だからクリフは、レイの指示を受け入れた。


 クリフは空を見上げ、呟いた。


「これからどうなるんだ?」


 今回の依頼は認定試験も兼ねている。クリフが竜狩りになるのに相応しいかを確かめるためだ。何事も無ければあの黒竜を倒せた自信はある。そしてめでたく、クリフは認定試験に合格することができただろう。


 しかし先日のフェーデルといい、竜には予想外の出来事が付き物のようだ。

 突然の黒竜の出現、二体目の黒竜、竜に変身していたロロ。どれも試験に挑む前には予想できなかったことである。

 それでも、これだけならばなんとか対処できた。ケイトと連携できれば黒竜を倒せただろう。ロロの事も、竜=ロロがばれなければ、ファルゲオンの存在を持ち出して穏便に済ませたかもしれない。


 ロロが竜であると知られなければ、だ。

 人に変身できる竜は黒竜である。それは戦士なら誰でも知っていることだ。ロロが竜であると知られたら、皆ロロが黒竜だと思い至る。終いには、ロロを殺害することになるであろう。そうなった場合、それを知ってて報告しなかったクリフも罰を受けることになる。

 竜狩りのレイに知られた以上、そうなることは必然だろう。当然、竜狩りになることも叶わない。


 クリフは一つ息を吐く。


「なんで分かったんだ」


 竜の姿になったロロを見る。レイはこの竜がロロであると見破っていた。事前に知らなければ、この竜の正体がロロだと分かる訳がない。それとも、竜狩りになればそれが分かるのだろうか。だとすれば羨ましい力だ。その能力があれば、多くの人を救えるのだから。

 そして、解せない。なぜ見逃したのか、と。


 レイは竜狩りだ。ロロを殺せる力があり、そのチャンスもあった。だがレイはロロを殺さず、それどころかケイトとルイスを連れて行き、クリフを残した。あの行動の意味が分からないクリフではない。クリフがロロが竜であると知っていたと見越したうえでの指示だ。

 ただ、なぜロロを見逃したのかが分からない。それがクリフが身動きできない原因だった。


 なぜ、なぜ、なぜ。頭に疑問が絶えず浮かぶ。いくつもの疑問に混乱し、クリフは動けなくなっていた。もしレイがこれを狙っていたのならばたいしたものだ。見事にクリフの足を止めているのだから。


 クリフはロロの顔の前でしゃがみ込む。今のクリフは考えが纏まらず、どうすれば良いのか分からない状態だ。

 だから意志を固めるためにも、ロロから情報を得る必要があった。


「ロロ」


 ロロに呼びかける。目を瞑ったまま動かない。顎の辺りに触れると人と同じくらいの体温が伝わる。


「頼むロロ。起きてくれ」


 竜になったロロの顔を揺する。


「何があったのか教えて欲しいんだ。力を貸してくれ」


 気を失っているロロに、クリフは懇願する。


「このままじゃ俺もお前も終わりだ。お前は殺されるし、俺は竜狩りになれなくなる。俺は何もできずに終わりたくない。……お前だってそうだろ」


 クリフが呼びかけるが、ロロはまだ起きない。


「まだいろんな場所に行ったり、いろんなことを体験したり、友達が欲しいんだろ。それに……」


 クリフは心情を吐露する。


「俺は、お前の事を知りたいんだ」


 ファルゲンが言っていた。ロロは元竜でも黒竜でもない、と。そして人でもなく、モンスターでもない。どの生態にも当てはまらない、よく分からない存在だ。あやふやで不確かな存在であるロロは、いったいどんな生物なのか。

 正体不明な竜、ロロ。思考が苦手なクリフにとって、ロロのことは苦手だった。


 だが、知りたかった。


 嫌いな竜であるロロを知りたい。苦手な女性であるロロを知りたい。一つの個として、ロロを知りたい。


 ロロを助けるために、知りたいのだ。


「これからも一緒にいるために、俺を助けてくれ」


 大事な選択を人に頼る。それはクリフにとって初めての行為だった。


 重要なことは自分一人で決めてきた。人を信頼していないわけではない。ただ信用できる人間が少なかったから、そうせざるを得なかった。

 そんなクリフが、ロロを頼った。必死な想いをロロに伝える。


 そのとき、風が吹いた。

 微風程度だった風が、ロロとクリフを中心に渦巻き始める。

 木々が震え、枝が揺れ、葉が空に舞う。そして葉は、クリフたちの頭上に集まっていく。森の意志が一つになっているような感覚だった。


 何が起こった。不思議がって空を見上げていると、地面から声が聞こえる。


『う、うー……』


 ロロが呻き声を漏らしていた。クリフは慌ててロロの身体を揺する。


「起きろ! 起きるんだロロ!」


 必死の呼びかけに、ロロが反応する。


『んー……クリフ?』

「そうだ、俺だ! 起きてくれ!」


 ロロの目がゆっくりと開く。瞳がきょろきょろと動いて、クリフを捉える。竜のロロは頭を上げた


『あれ? なんでクリフがここに居るの?』


 ロロの意識が覚醒ことに、クリフは声を上げて喜びそうになる。だが今はそれを抑えた。喜ぶのはまだ早い。


「お前に色々と聞きたいことがあるんだ。大丈夫か?」

『ちょっと待って……。あれ? みんなは?』

「レイたちか? あいつらは黒竜を追いかけに行った。二頭も居たから、ケイトたちも一緒だ』

『……それって、身体が長い竜も?』

「そいつと翼の無い黒竜だ。それよりも、お前はなんで―――」


 クリフが質問しようとすると、ロロは身体を起こして立ち上がる。


『大変だ! すぐに助けに行こ!』

「待て! 助けに行くのは良いが、まずは情報整理を―――」

『すぐに行かなきゃダメなの! みんながやられちゃう!』


 必死な想いに、クリフは後退する。竜の姿なこともあり、人の姿とは比べ物にならない程の迫力があった。


「落ち着け。ケイトは強いしルイスは逃げ足が速い。それにレイが居るんだ。易々とやられないさ」

『ユーレスはそれを知ってるの!』

「……なんだって?」


 困惑するクリフに、ロロが告げる。


『ケイトちゃんが強くて、ルイス君が意外と頼もしくて……』


 クリフは黙ってそれを聞く。


『レイちゃんが、とっても優しいってことが』




 ***




 レイはケイトとルイスを連れて山の中を走っていた。既に姿が見えなくなった黒竜を、レイたちは追う。人よりもはるかに速い足を持つ黒竜を追跡し、追いつくことは難しい。普通の戦士ならばすぐに中止することだ。


 だがレイは、竜狩りにはそれができる。

 レイは肌に触れる竜独特の空気を感じ取る。まだ二頭は離れていない。一緒に行動している。レイはそれを感じ取った。


「こっちです」


 二人に指示し、レイは進む。ケイトは不満有り気な声を出す。


「ホントにこっちか?」

「はい。間違いないです」

「あっそ」


 そっけない態度を取りながらもケイトはついてくる。


 竜狩りは役割上、竜に関わることが多くなる。何度か対面したり遭わなかったり、戦ったり戦わなかったり、そんな風にしているとあることに気づくのだ。

 竜とモンスターが違う、と。


 繰り返し遭遇するうちに生物的な差が、理屈ではなく直感で分かるようになる。声、匂い、存在感など、竜狩りによって感じ取り方は様々だ。レイはその差を空気で区別できた。


 モンスターや人間とは違う独特の空気。それを肌で感じ取ることで竜の場所を突き止めたり、元竜と黒竜の違いを知覚している。今回の追跡でも、その力を発揮させていた。

 黒竜の空気は冷たくて、肌に纏わりつく。長いこと触れると、嫌な気分になって気持ち悪くなる。強い黒竜ほど、黒竜が近くにいるほど、それを強く感じ取れた。


 レイは黒竜の空気を、強く感じていた。


「もうすぐです。気をつけてください」


 二人から返事はない。だが気を引き締めた雰囲気を感じ取った。クリフの友人なだけあって、頼り甲斐のある戦士だ。


 友人、か……。


「ダメだった、かな」

「ん、何がだ?」

「何でもないです」


 レイはそのまま先に進む。前方には切り立った断崖の壁があり、その手前で森は終わっていて黒竜もいる。最初に見つけた、翼の無い黒竜だ。

 森を抜けて、その黒竜と対峙する。黒竜がレイたちに気付き振り向いた。


『かかかっ、早いじゃないか』


 その黒竜は喋った。レイはさして驚かず、平然と返す。


「竜狩りを舐めないでください」


 レイは背負っていた大太刀を鞘から抜く。二メートル近い長さの刀。扱いを間違えれば簡単に折れてしまう武器だが、切れ味は他の武器よりも格段と優れている。レイはこれを巧みに操り、数多のモンスターと竜を狩ってきた。この黒竜もその一頭にするとレイは意気込んだ。


 背後の二人も武器を構える。黒竜を見定め、いつでも動ける体勢だ。レイは彼らの状態を感じ取り、先陣を切って挑もうとしていた。


「何してるの?」


 幼さの残る子供の声が聞こえた。後ろに振り向くと、ガタラ村で会った少年アレンが居た。

 唐突の登場に、レイは膠着する。ケイトも目を見張っている様から、動揺しているようだった。そのなかで、ルイスがいち早く動く。


「アレン君。何でここに来てるの」


 ルイスがアレンに近づく。おそらく保護して村に連れ帰るつもりなのだろう。その対処は間違いではない。


 だがレイは、彼の方から冷たい空気を感じ取った。


「ダメ!」

「へ?」


 ルイスがレイに振り向く。その瞬間、アレンの身体が膨張する。太く、大きく、長い、人とは異なる別生命の姿へと一秒もかからずに変貌する。


 アレンは、胴長の黒竜に変身した。


『遅いよ』


 胴長の黒竜はルイスに突撃する。ケイトがルイスを助けようと動くが、胴長竜の方が速い。胴長竜の頭がルイスの身体を捉えて吹き飛ばす。近づいていたケイトも、長い胴に巻き込まれてぶつかった。


「くっ―――」


 一番遠くにいたレイは、胴長竜の突撃を躱す。同時に大太刀で斬りつけようとしたが手が止まる。その隙に胴長竜がレイから離れ、黒竜の下に移動した。


『一番やっつけたかったのが残っちゃったかー……。ごめんねバッテル』

『いや、十分だユーレス』


 翼の無い黒竜バッテルが褒める。ユーレスと呼ばれた胴長竜は大きな口の端を上げる。


『そうだね。いくら竜狩りでも足手纏いが二人いたら勝てないでしょ』

「誰が足手纏いだ……」


 ケイトがよろめきながらも立ち上がろうとする。どう見ても無事には思えない。直撃を避けたとはいえ、竜の突進を受けたのだ。受けた衝撃は軽くはない。おそらく、骨が折れているだろう。直撃を受けたルイスに至っては、地面に倒れたまま起きない。


 レイは一つ、深呼吸をする。すっと頭が冷えた気がした。


 二対一だけなら何とかなる。バッテルと呼ばれた黒竜は、クリフたちの戦闘から実践経験が少ないと見た。一方のユーレスは黒い部分が少ないことから、力の弱い黒竜だと推測する。まともに戦えば勝機はある。

 だが先ほどの攻撃で、直撃をくらったルイスはもちろん、巻き込まれたケイトも怪我を負っている。二人を守りながら二頭の黒竜を相手取るのは困難だ。かといって逃げられる状況ではない。黒竜の足が断然に速いからだ。

 この状況でも勝つには、速攻で片方を倒すことだ。黒竜が一頭ならば、二人を守りながら戦える。それしか手段はない。


 レイは覚悟を決め、大太刀を強く握る。


『僕を倒しちゃうの?』


 ユーレスが喋る。まるで、子供のようなあどけなさのある声で。


『僕はロロの親友だよ。友達の親友を殺しちゃうの?』


 レイは手の力を弱めていた。


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