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最弱の竜は最強の竜狩りと恋をする  作者: しき
第二章 竜の友達
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2-9.目を背けたい事実

「ただいまー!」


 たそがれ荘に帰ると、ロロが前回と同じように叫ぶ。すぐさまマリーが厨房から顔を出して「おかえりー」と返事をした。ロロは嬉しそうにマリーに話しかける。


「ねぇねぇマリーさん。今日はお客さんが来てるよ。なんと! あの竜狩りのレイちゃんです!」

「あら、そうなのね」マリーがわざとらしく返す。マリーはレイの方に視線を向ける。

「あなたがレイちゃんね。こんにちは。いつもクリフから話は聞いてるわ」

「え、そうなの、ですか?」

「おいマリー、何言ってんだ」


 クリフは慌てて止めるが、マリーは構わずに話を続ける。


「いっつも言ってるのよ。レイに勝ちたいとか、どうやったらあんな風になれるんだとか、羨ましいとか、しょっちゅう聞かされてるわ」

「やめろって言ってんだろばばあ!」

「あら、なんて口の悪いこと! あたしはあんたをそんな風に育てた覚えはないわよ!」

「育ててもらった覚えなんてねえよ! 自惚れるな!」

「あーあ、そんなこと言うんだったらこれからはご飯作ってあげないわよ。今日の夕食も無し。あたしが二人前食べるわ」

「やめろばばぁ。それだけは止めろ」

「あら、ご飯一つで折れるなんて情けないわねぇ。それでも竜狩り候補かしら」

「違う。俺の分まで食ったらますますデブになるから止めただけだ」

「ふふっ」


 クリフがマリーが激しい応酬を交わしていると、レイが小さな笑い声を出した。口元を抑えて声を抑えているが、クリフの視線に気づくと「ごめんなさい」と申し訳なさそうな顔で謝る。


「なんか、いつもとイメージが違ったから……」


 クリフは恥ずかしくなって言葉が詰まる。だがマリーは相変わらずの態度でレイに接した。


「あらそうなの。けどクリフったらいつも家ではこんな感じよ。詰所ではどんな風なの?」

「えっと……仕事熱心で、真面目です。誰よりも積極的に任務に行ってて、上官にも褒められてます」

「へぇ……この子ったらそういう事を家では話さないのよねー。他には?」

「はい。強気ではっきりとものを言う事があって、それが良いとこでもあるんですけど、悪いことの方がよくあって……他の戦士と衝突してたりします」

「やっぱりねぇ。もうちょっと相手を思いやる気持ちを持って欲しいのよねぇ。さっきだってあたしのことばばあだなんて言うし」

「えっと……マリーさんは素晴らしい女性だと、思います」

「ほんと? 嬉しいわぁ。あなたってとってもいい子ね」

「いえ、そんなこと、ないです」


 レイとマリーが会話を始めたことで、クリフは会話に入り込む気が無くなった。仕方なくその場から離れ、他の奴と時間を潰そうと考えた。


 ロロとルイスはテーブル席に座って話をしている。ルイスが話す武勇伝(嘘多し)を、ロロが興味津々に聞いていた。クリフの無粋な突っ込みで場をしらけさせたくないと思い、彼らの方には近づかないことにした。

 続けて、先に帰ったはずのケイトを探す。二階にいるかと思ったが厨房で物音が聞こえたので、そちらに足を運ぶ。中を覗くと、そこには料理に勤しんでいるケイトの姿があった。落ち着いた様子で調理する姿を見て、邪魔する気が失せて厨房から離れた。


 居場所が無いと悟ったクリフは二階に上った。自室の前には点検に出していた装備が置いてある。武器屋に置いて行って出てしまったが、あの後でウォーケンが届けてくれたのだろう。

 クリフは装備を持って自室に入り、綺麗な敷物を敷いた床にゆっくりと下ろす。丁寧に並べるとやることが無くなったクリフはベッドに寝転んだ。


「疲れた……」


 色々と疲労が溜まっていた。体力的ではなく、精神的に疲れていた。


 突如認定試験の話を聞かされ、ロロに八つ当たりをしてしまい、モーガンたちに追われ、レイが認定試験の同行者だと知らされ、一緒に観光地に回った。いつもと違う日常を過ごしたため、精神にかかる負荷が多くて参っていた。

 だがやっと終わりが見えた。あとはレイを適当にもてなせば終わりだ。そう考えていると気力が湧いてきた。クリフはベッドから起き上がる。自室から出て一階に下りる。早く食事を済ませ、レイを良い気分にさせて帰らせよう。


 一階に下りると、クリフはいつもはしない食事の準備を始めた。六人掛けのテーブル席の周りを掃除し、テーブルを布巾で拭く。食器も運んでテーブルの上に置いた。ルイスが「何してんの?」と聞いて来て、クリフが「食事の準備だよ」と答える。ルイスは大きく目を見開いた。「明日は雪が降るぞ!」と宣う。後で殴っておこう。


「あら珍しい。じゃああたしも、頑張って料理しなきゃね」


 マリーが世間話を終えて厨房に入る。取り残されたレイの下にロロが近寄り、何やら話をしてから別館の方に向かった。外に行って遊ぶつもりなのか。


「じゃ、ボクも手伝おっか」


 他の者がいなくなると、ルイスが重い腰を上げた。クリフと一緒にテーブルをセッティングや、周りの掃除をしたりと手を動かす。それが終わると、クリフとルイスは椅子に座って料理を待った。

 しばらくすると「料理ができたわよー」というマリーの声が聞こえた。クリフとルイスは同時に立ち上がって厨房に向かう。厨房でマリーから料理を受け取ると、それをテーブルに運んで行った。


「クリフ、ロロちゃんたち呼んできなさい」


 何品目かの料理を運ぶと、マリーに言われた。ルイスは料理を取りに厨房に行っていたので、クリフはそれを承諾して別館に向かった。

 本館から出て、クリフは周囲を見渡す。本館と別館の間の通路の近くに居ると思ったが、二人の姿は無かった。怪訝に思いながら歩いていると、浴場から水音が聞こえた。


「風呂、か?」


 頭に浮かんだ答えを口に出す。しかしその答えがしっくりこずに首を傾げた。

 レイは男でロロは女だ。二人が一緒に浴場に入ることは無い。恋人同士ならまだしも、二人は知り合ったばかりだ。ロロがレイに懐いていたが、そんな急に仲が発展するわけがない。どちらかだけが入っていて、残りは出かけたのか?


 クリフは考えたが、ここに居ても時間を潰すだけと考え、浴場の入り口に向かう。扉の前で止まると、クリフは声を掛けた。


「おーい。そろそろ夕食だ。早く出てこーい」


 大きめの声で呼びかけたが返事はない。聞こえていないようだ。

 扉のすぐ先は脱衣所で、その奥に浴室がある。浴室にいるみたいなので、脱衣所に入って声を掛ければ聞こえるだろうとクリフは考えた。浴室にロロが入っていても姿が見えなければ問題無い。クリフは浴場の扉に手をかけた。


「まっ―――」


 扉を開けた瞬間、中から声が聞こえた。脱衣所の中が見えると、バスタオルで身体を隠すレイの姿が目に映る。左手でバスタオルを持って身体を隠しながら、前のめりになって右手を伸ばしたまま駆け寄っていた。勢いが止まらずにぶつかりそうになったので、クリフはレイの右手を掴み、左肩を抑えてレイを受け止めた。


「おっと、すまん。中にいたんだな」


 気付かずに扉を開けた事を、クリフは謝罪する。男同士でも身体を見せたがらない者もいる。レイの反応を見て、その類だと推測した。クリフはすぐに出ようとしてレイの身体を離そうとした。


 だが、レイの身体を見て違和感を抱き、なかなかそれが出来なかった。


 両手に伝わる柔らかい感触、丸みを帯びた肉付き、色気のある艶やかな顔。どれもクリフが苦手とする者の身体的特徴と一致している。クリフの思考がいつもより遅く動く。だが鈍い考察を行いながらも、ある一つの真実に行きつく。嘘だ。何かの間違いだ。


 勘違いだと思いたいクリフはレイの身体のある一点に注目する。胸の部分。そこを隠すバスタオルが妙に盛り上がっていることに気づく。クリフが辿り着いた結論を後押しする要因だったが、クリフはかぶりを振った。違う。偶然タオルが重なって盛り上がっているように見えるだけだ。見れば判る。クリフは空いた右手でレイの身体を隠すバスタオルを捲った。


 その下には、僅かに膨らんだ乳房があった。


 男には無い女特有の身体的特徴。受け入れがたい答えを受け入れざるを得ない証拠。クリフは愕然とし、その答えを口にする。


「お前……女だったのか」


 否定してほしい。決定的な証拠を見せつけられても、クリフはそれを願う。だが無情にも、レイはこくりと頷いた。


 クリフは動揺し、レイから手を離して後ずさる。後ろに下がったことで、レイの身体の全体が見える。紛れもない女の身体を見て頭が熱くなる。目眩を起こしてふらつき、身体が倒れそうになるがなんとか気を持ち直して踏みとどまる。危ないところだ。ロロのスキンシップで鍛えた耐性が無ければ倒れていた。


「すまん、レイ」


 俯いたままクリフは言う。


「ちょっと……いや、かなり混乱してる。謝罪はまたあとで、する。だから……」


 どういえば良いのか分からなくなり、クリフは言葉を詰まらせる。それを察したのか、レイは「うん」と答える。


「私も、ごめん」


 レイの謝罪を聞いて、クリフは浴場から出て扉を閉める。レイから離れても熱はまだ引かない。クリフはゆっくりと歩いて本館に戻る。


「遅いよクリフー。二人はまだー?」


 ルイスの声を無視して二階に上る。自室に入り、後ろ手で部屋の扉を閉める。扉の前に立ちながら、ようやく言葉を口にする。


「なんで嘘をついたんだ」


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