2-7.最年少の竜狩り
モーガンが地面に倒され、人が集まって注目される中、レイはクリフに挨拶をした。レイの行動にクリフはまた困惑した。この状況で言う言葉がそれか。
目まぐるしく変化する状況に混乱している間、モーガンが地面から立ち上がり、レイを睨み付けた。
「て、てめぇ……なにしやがんだ!」
いち早く状況を把握したモーガンがレイに問い質す。レイは動揺することなく、モーガンに視線を移す。
「モーガンさんは、何を、しているんですか?」
小さな声でレイが逆に問い質す。モーガンの表情が醜く歪む。
「こっちの質問が先だ! 俺の邪魔を―――」
「何をしているんですか?」
冷たい声だった。物静かなレイの言葉は小さくて聞こえにくい。だが静かな怒りを込めた言葉には、どんな大声よりも強い力があった。
最年少記録、最短記録を保持する竜狩り。それは他の竜狩りよりも才能が上だという証明だ。最も才のある竜狩りの言葉に、モーガンはうろたえた。
「お、俺は……そうだ、あいつに襲われたんだ! だからここまで逃げてきて助けてもらおうと思ったんだ!」
咄嗟にモーガンの口から出た言葉は、クリフが一番聞きたくないものだった。不測の事態が起きても、目的を忘れてなかったのか。
クリフは否定しようと発言する。その直前に「違うよ!」とロロの声が聞こえた。ロロは詰所の前にいた。
「逆だよ。クリフが襲われそうになったのをルイスとケイトが助けたの。この人が悪いの」
ロロはモーガンを指差して告発する。見かけないと思ったがここに来てたのか。
「はぁ? 俺が何をしたって言うんだ!」
「ロロは見たもん! この人がクリフを取り囲んでるの! すっごく怖そうな人たちで、クリフを殴ろうとしてた! けどクリフは、全然手を出さなかったよ!」
ロロの必死な声に皆が聞き入る。レイはもちろん、周囲の一般人や戦士、戦士団職員も詰所から出てきて聞いていた。
「だからロロは……クリフを助けてもらうためにここに来たの! だけど皆はちゃんと聞いてくれなくて……」
戦士と職員が気まずそうな顔を見せる。おそらくロロから騒動の事を聞いたが信じなかったのだろう。泣きそうな顔で訴えることで、ロロの悲壮感が際立っていた。
「職員さん」ルイスが詰所の方に向かって言う。
「彼女の言う通り、クリフはモーガンに襲われた。クリフはボクらが助けるまで一切抵抗しなかった。助けた後も反撃すること無く逃げた。今この場でも、襲撃を仕掛けた張本人が目の前にいても手を出さない。さて」
ルイスは不敵な笑みを見せる。
「これでもクリフが悪いのかな?」
「いや、そんなことは無いさ」
詰所の中からハーロックが出てくる。突然の登場に、職員と戦士は驚きを隠せずにどよめいていた。
「ルイス君の言う通りだ。勝てる喧嘩のはずなのに、相手に怪我をさせないようにと気遣って無抵抗を貫いた。これは並の戦士にできることではない。まさに竜狩りに相応しい人格者だ」
ハーロックの賛辞がこそばゆかった。モーガンたちから殴られておらず、相手の身を気遣った覚えはない。ハーロックの褒め言葉に、むしろ居心地が悪くなった。
「今回のクリフ君に対する処罰は無しだ。襲撃の首謀者のモーガン君には処罰を言い渡す。後で詰所に来なさい」
「なっ……ふざけんな!」
モーガンがハーロックに異を唱えた。
「なんで俺だけなんだ?! 俺はこいつに殴られたぞ! 騙されるな!」
「見たところ、モーガン君の身体に傷があるようには見えない。そもそもクリフ君に本気で抵抗されていたら、君は碌に立っていられないはずだ。君の身体が竜並だというのなら話は別だが」
「ん、んなわけねぇだろ! でたらめなこと言いやがって! 局長ならちゃんと真偽を確かめて―――」
「僕の言いたいことが分からないのかな」
悠然とした足取りで、ハーロックがモーガンに近づく。目前まで距離を詰めると、ハーロックは小さな声で言った。
「君は敗者になったんだ。クリフ君たちとこの状況によって」
モーガンが息を呑んだ。ハーロックは言葉を続ける。
「君を糾弾する方が戦士団にとって一番都合が良い展開なんだよ。悪が正義に滅される。それが戦士団に期待されてることなんだよ。だから大人しく悪者になってくれないかな」
「……は? な、なにを、言ってるんだ……」
モーガンの反応を見て、ハーロックが近くの戦士を呼ぶ。彼らはハーロックが「連れて行って」と命ずると、モーガンの腕を捕まえた。
「お、おい、何してるんだ? 放せ! 放せ!」
モーガンは必死に抵抗するが、数人がかりの戦士相手には無意味なものだった。彼らの手を振り解くことができず、成す術なく詰所に連れて行かれる。モーガンがいなくなると、ハーロックは一般人に向かってお辞儀をする。
「皆様、大変お騒がせしました。今後ともアーデミーロ戦士団は皆様の身を守るために、己の身を削る覚悟で務めを果たしましょう。今後ともご支援をお願いいたします」
ハーロックの言葉を聞いた一般人は、それを合図に散り始める。戦士や職員も詰所に戻ったり、外に出たりとこの場を去っていく。彼らの大多数がいなくなるとハーロックは頭を上げ、詰所に戻って行った。
「クリフー! 大丈夫だったぁ?!」
騒ぎが終わると、ロロがクリフに近づいて来る。抱き着こうとしていたので、クリフはロロを避けた。
「あぁ、お前のお蔭でな」
ロロは不満気な顔を見せていたが、礼を言うとにこりと笑った。
「そっか、良かった良かった。ルイスもありがと。クリフを助けてくれて」
「当然さ。クリフには竜狩りになって貰って、ボクを守って貰わないといけないからね」
「お前を守る気なんてさらさらねぇぞ」
「そんな! じゃあボクの頑張りは何のために!」
「ねぇクリフ。ケイトはどこ?」
辺りを見渡すとケイトがいない。一緒に逃げていたはずなのに、いつの間に姿を消していた。しかしルイスは慌てることなく答えた。
「うん。追っ手の相手をしてると思うよ」
「……だからあいつらは来なかったのか」
クリフは大通りに出るまでついて来ていた追手がこの場に現れないことを不思議に思っていた。彼らがケイトに攻撃されたことは事実で、それが認められたら分が悪くなっていたはずだ。それだけに追手が来なかったことは助かったが、まさかそれも仕組んでいたのか。
「ほんと、逃げることにかけては頭が回るな。任務の時もこれくらい働いてたら給金も上がるだろうに」
「働いてるよ。僕のお蔭で何人の戦士が助かった事か」
「それ以上に戦闘では足引っ張ってるだろ。ケイトの爪の垢でも飲んでみないか」
「アタイがどうにかしたのか?」
ケイトの嬉しそうな声がした。振り返ると機嫌の良い顔をしたケイトがいた。
「終わった? ケガは?」
「ねぇよ。しょぼい腕の上にへとへとになるまで走ってたやつらだぜ。怪我する方が可笑しい」
ここに来るまでクリフたちは長い距離を走った。時々ペースを変えながら走っていたが、体力が自慢のクリフとケイトはもちろん、終始自分の思い通りに走ったルイスの疲労は少ない。
一方追っ手たちのなかには体力のある戦士はいただろうが、ケイトの動きに惑わされて止まったり走ったりを繰り返し、さらには反撃されることを考えていたため、思い通りにならずにストレスを感じていただろう。奴らの疲労はクリフたちよりも遥かに多かったはずだ。そんな相手が何人いても、ケイトの相手になるわけがない。
「そっちも上手くいったみたいだな」
「あぁ、お前らのお蔭だ。ありがとな」
クリフが礼を言うと、二人は満足げな顔を見せる。
「けどボクたちだけじゃなく、ロロちゃんにも礼を言わなきゃね。ロロちゃんが教えてくれなきゃクリフを助けれなかったしね」
「あと、詰所に連絡したのもロロだ。感謝しとけよ」
「……そうなのか」
クリフはロロに向き直る。ロロは笑顔のまま待ち構えていた。
「ほらほらクリフ。褒めて褒めて」
褒め言葉をねだるロロの顔は、いつにもまして可愛らしかった。赤面してしまい、思わず顔を逸らしそうになる。だがクリフは何とか堪えてロロを見つめる。
「……助かった。ありがとな」
「うん。どういたしまして」
はにかむロロを見て、クリフはとうとう顔を逸らした。クリフは己がまだまだ未熟な事を自覚する。やはりまだ女性には慣れない。しかし、ここで逃げてしまっては変わらない。クリフは今一度ロロを見つめる。
すると視界に映ったのはロロではなく、レイの姿だった。突然現れたレイに驚き、クリフは身体が引ける。
「お、おう……レイか」
ロロと同じくらいの身長のレイは、クリフの前に立って上目遣いで見上げている。まるで何かを待っている様な目だった。
「ん……」
相変わらずの小さくて短すぎる返事に、なぜか安心感を覚える。
「あ、その人レイちゃんって言うの。ロロの話をレイちゃんだけが聞いてくれたんだよ」
「レイちゃんって……随分可愛らしい呼び方だな」
レイが怒らないか不安だったが、表情は変わらない。なかなか度量が広いようだ。
そう言えば、レイの働きがモーガンを止められた要因の一つだった。その事を思い出すと、クリフはレイに対しても礼を言う。
「モーガンを止めてくれて助かったよ、レイ。感謝する」
「……うん」
レイは僅かに口角を上げる。その顔を見て、クリフの背中が何故かむず痒くなった。
「助けるのは、当然、だよ……。クリフ君がいないと、任務が無くなるから」
ぽつりぽつりと小声でレイが言う。その内容を知り、クリフは疑問を抱く。
「任務? 俺がどう関係してるんだ」
「……聞いてない?」
レイは首を傾げる。
「認定試験の話、クリフ君は聞いてない?」
「それは知ってるが……ってなんでお前がそれを?」
「だって……」
レイはいつもどおり、小さな声で答えた。
「一緒に行く竜狩り、だから」




