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最弱の竜は最強の竜狩りと恋をする  作者: しき
第一章 ボーイミーツドラゴン
21/69

1-20.竜の力

 突然の出来事だった。

 たった数秒、たった一回の攻撃を許してしまっただけだった。その動きは予測していたし、クリフ以外の戦士も同様に分かっていたはずだった。


 しかし、ここには竜狩りはいない。黒竜と戦った者はいない。

 だからなのだろう。黒竜の強さを見定め切れていなかった。


『餌が調子に乗るからよ』


 黒竜は地面に倒れた戦士たちを一瞥した。


 皆が倒れる直前、黒竜は身体を仰け反らせ、口から空気の塊を吐き出していた。それは空気弾といわれる竜特有の攻撃で、空気の塊を相手にぶつけて吹き飛ばす効果を持っている。戦士のほとんどが知っていることだ。だからその前動作をした瞬間、皆はすぐに避けられるように構えていた。


 しかし黒竜は、直接戦士を狙わず、空気弾を真下の地面にぶつけた。

 一瞬、黒竜の動きの意図が読めずに、戦士たちは動きを止めてしまった。その直後に、巨大な空気の波が戦士たちを襲った。皆より離れた位置にいたクリフにも、強い風が届いていた。


 突然発生した風に、戦士たちは反射的に身をかがめた。他の事を忘れて、己を身を守ることを第一とした防御。それは至極当然な行動である。

 黒竜はそれを狙ったのだ。


 先程まで戦士たちは、黒竜を倒すために全員で協力して動いていた。しかし突風が発生した直後、彼らは自分の身を守ることを優先してしまい、他人の心配をする余裕が無くした。

 そして彼らが動きを止めた瞬間、黒竜は薙ぎ払うように翼と尻尾を振り回した。

 圧倒的な体格差を持つ敵からの攻撃。戦士たちは一人残らずそれを喰らい、薙ぎ倒される。ほんの数秒後には、黒竜の周りにいた戦士たちが、一人残らず地面に倒れ伏している光景が出来上がっていた。


 正面で相手をして戦士、周囲を囲んでいた戦士、指揮を執っていた最年長の戦士。彼らは皆、例外なく倒された。なんとか立ち上がろうとする者もいるが、その瞳には恐怖が入り混じっている。もはや、戦うことは不可能のように思えた。


 規格外の存在。皆の頭に、その事実が刻み込まれてしまった。


『あら。まだ逃げていなかったのね』


 黒竜はクリフたちに視線を向ける。次はお前たちの番だと言わんばかりの眼差しを、クリフは息を整えてそれを受けた。


「クリフ……」


 不安が入り混じったロロの声が聞こえた。心配げなロロの顔を見て、クリフは言葉を返す。


「安心しろ。俺が守ってやるから、お前はそのままでいろ」


 打開策の一つとして、ロロが竜になって戦うという手段があった。クリフとロロが協力すれば、あの黒竜を逃がすことなく倒せるだろう。

 しかしそうなると、ある事実が決定づけられてしまう。


「ここで竜になったら、今度はもう言い逃れは出来ない。せっかく戦士たちが、お前が竜じゃないって思ってくれてるんだ。これを活かさない手はないだろ」


 処刑されるはずだったロロは、竜になることなく助けられた。その直後にエリザベスが竜の姿を見せたことで、戦士たち、いや、おそらく住民たちも思っただろう。


 「自分たちは騙された。あの少女は身代わりで、竜じゃない」と。


 この勘違いを利用しないわけがない。ロロをこのまま人の姿でいさせれば、皆ロロが人間だと信じてくれる。

 そのためにも、ロロを戦わせるわけにはいかなかった。


「けどクリフだけじゃ……」

「問題無い」


 クリフは一歩踏み出すと、


「俺は竜狩りになる男だぞ」


 黒竜に向かって走り出した。

 クリフの意思に迷いはない。脅えもない。

 黒竜を倒してロロを助ける。その単純な想いが、クリフを動かしていた。


 黒竜の間近に迫ると、狙いを定めて斬りかかった。狙いは胴体。さっき攻撃を仕掛けたときは、黒竜はクリフの攻撃を受け止めることなく回避していた。頭と違い、胴体は攻撃が通りやすいことをクリフは見極めていた。

 対して黒竜は、クリフの思惑に乗ることなく、極めて冷静だった。


『馬鹿ね』


 息を吸い込んで吐く。何の変哲もない動作だったが、この黒竜が行なうそれは攻撃を伴っていた。

 クリフの体に、空気の弾丸がぶつかった。


「―――っ!」


 目に見えない攻撃。クリフは大剣を盾のように構えて防ぐが、それでも身体が吹き飛ばされそうな威力だった。

 足が止まり、黒竜の前でほぼ無防備になるクリフを、黒竜は見逃さない。右翼を振り上げる姿がクリフの目に留まり、そのまま振り下ろされる。


 その瞬間、クリフは笑った。

 右翼がクリフにぶつかる寸前、クリフは大剣でそれを防ぐ。受け流すように大剣を動かして威力を削ぐことで、身体への衝撃を和らげる。

 最小限のダメージで黒竜の攻撃をしのぐと、クリフは右手を大剣から放して黒刃のナイフを握る。そして目の前の右翼に目掛けてそれを刺す。黒竜の翼に傷がついた。


『ふんっ、この程度で―――』


 黒竜が右翼を引っ込める。ナイフは翼に刺さったままで、クリフの手から離れていく。

 その代わりに、クリフの手にはロープが握られてあった。


『なっ―――』


 ロープの先はナイフの柄に結ばれている。翼に刺さったナイフに引っ張られるように、クリフは宙を浮いて黒竜に近づく。そして頃合いを見て手を放して着地した。

 足を着けた場所は、黒竜の背中の上だった。


「図に乗り過ぎなんだよ。黒竜が」


 渾身の力で、黒竜の背中に大剣を振り下ろす。少し硬かったが、頭ほどではなかった。黒竜は身を斬り裂かれると悲鳴を上げた。


『がぁああああああ! この、餌がぁ!』


 黒竜が身体を大きく揺すってクリフを落とそうとする。クリフは離れまいと黒竜の身体にしがみつく。何度も揺すられたが、クリフは力の限りを出して掴まり続けた。こんなチャンスを逃すわけにはいかない。

 クリフのしつこさに痺れを切らしたのか、黒竜は翼を羽ばたかせて宙に浮いた。このまま空を飛んで逃げるのかと思ったが、建物と同じくらいの高さまで上がると、浮いたまま宙返りをした。縦の回転で、クリフの手は黒竜から離れそうになった。一度は何とか持ちこたえたが、二回転三回転と続けて回られると耐えられなかった。


 黒竜の身体から手が離れ、地面に落下する。このまま落ちたらまずい。

 そう思った直後、黒竜の身体からロープが伸びているのに気付いた。さっきクリフが刺したナイフについていたものだ。まだ黒竜の身体に刺さっていたようだ。

 懸命に手を伸ばしてロープを掴む。手が届くと力一杯握りしめて勢いを落とした。何とか勢いを殺して止まり切った。


 安堵して息を吐くと、直後にまた地面に向かって落ちた。ナイフが重みに耐えられず、黒竜の身体から抜け落ちたのだ。今度は何もできずに、クリフは地面に落ちてしまう。幸いにも、再落下し始めたときは、地面との距離は五メートル程度だった。地面に下りたときに衝撃が来たが、耐えられるものだった。


 無事に降りたところで、クリフは上空を見上げる。その光景を見て、クリフはまた笑みを浮かべた。


『貴様らぁああああ!』


 屋上にいた戦士たちが、弓と兵器を使って黒竜を攻撃していた。

 優に百を超える弓矢と大砲から放たれる砲弾。黒竜が地面にいたときは、味方を巻き添えにするために使えなかったものだ。だが宙に浮いた今なら撃てる。彼らは出し惜しみをする素振りを見せずに撃ち続けた。


 黒竜は屋上の戦士に鋭い眼を向けながら地面に下りた。身体には無数の矢が刺さっている。砲弾で受けた傷もついている。あのまま空中にいてくれたら、そのまま沈んだかもしれないが、そう簡単にはさせてくれないようだ。

 そして黒竜はまた息を大きく吸った。黒竜の口は、先ほど攻撃した屋上の一つに向いている。狙いは明らかだった。


「逃げろ!」


 クリフは屋上の戦士に叫ぶ。その直後、黒竜の口から空気弾が発射された。不可視の空気の塊は、戦士たちが居た屋上に向かって行き、建物と兵器にぶつかった。

 建物の壁はえぐれ、兵器は屋上から吹っ飛ぶ。戦士たちが飛ばされる姿も見える。あれじゃあもう攻撃はできない。そう判断していたら、また黒竜が息を吸う姿が見えた。今度は別の屋上に口先を向けている。黒竜は地上から、すべての屋上にいる戦士たちを攻撃するつもりだ。

 黒竜の攻撃を止めようと、クリフは斬りかかる。だがクリフの動きは気づかれて、黒竜は翼を薙ぎ払うように振るってきた。クリフはそれを後ろに下がって回避するが、避けている隙に黒竜がまた空気弾を発射した。その結果、また他の屋上にいた戦士たちが攻撃される。


 このままだとまずい。屋上にいる戦士たちが居たから、黒竜の動きと逃亡を制限できていた。それが無くなればクリフや戦士たちに勝ち目はなくなる。


 すなわち、黒竜に町を滅ぼされる。


 他の手立てはないかと、クリフは頭を抱える。ロロの力を借りることを考えたが、できればそれはしたくない。だがここで死んでしまったら意味がない。竜の力を借りるべきか。


「クリフ」


 ロロの声が聞こえた。いつの間にかクリフの傍に来ている。少し不安げな表情に、クリフは考えが覚られたのかと焦っていた。


 しかし、そうではなかった。


「あれ見て」


 ロロは空に向かって指差した。クリフがその方向を見ると、遠くに大きな鳥が飛んでいる姿が見えた。いったいあれがどうしたのかと言いたくなったが、よく見てみるとあれが鳥ではないことが分かった。


 飛行体はクリフたちの方に向かって来て、町の上空に来ると高度を落としてくる。そのときになって黒竜も飛行体の存在に気付き、驚愕した。黒竜だけでなく、他の戦士たちも驚き、逃げることを忘れていた。


 ただ一人、クリフだけは笑っていた。


「やっと来たか、ビビりドラゴン」


 碧色の竜ファルゲオンが、フェーデルの広場に降り立った。


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