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最弱の竜は最強の竜狩りと恋をする  作者: しき
第一章 ボーイミーツドラゴン
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1-19.倒すべき敵

 倒した戦士の数が十人程になろうとしたとき、離れた場所から悲鳴が上がった。クリフだけではなく、周囲の戦士もその声に気付き、声が上がった方に視線を向ける。

 そこには、イアンの首を掴むエリザベスの姿があった。


「まったく……気づかなかったら逃げるチャンスはあったのにねぇ」


 イアンの首は変な方向に折れ曲がっている。虚ろな表情を見せ、微動だにせず、ぐったりとうな垂れており、その様子は死者と同じものだった。

 エリザベスは首が折れたイアンを手放してから処理場へと近づいた。


「エリザベスさん! どうしてイアンを―――」

「うるさい」


 咎める戦士を一蹴し、歩みを止めないエリザベス。その振る舞いに戦士たちは躊躇し、彼女を止めることができない。


 処理場に着いたエリザベスとクリフは向き合う。エリザベスは機嫌が悪そうに顔を歪ませていた。


「あんた、面倒なことにしてくれたわね……。黒竜を助ける戦士とか、かんっぜんに予想外よ」

「助けるべきだと思ったんだよ。それだけだ」

「そう……そんなことで助けるのね。……だから嫌いなのよ。人間は」

「……まるで自分は人間じゃ無いような言い方だな」


 するとエリザベスは、気味の悪い笑みを浮かべた。


「その子を捕まえて処刑しようとしたのはね、人を集めるためなの」


 エリザベスは笑ったまま語る。


「この町が竜嫌いなのは知ってたわ。だから竜の処刑を企てれば自然と人が来ると思ったのよ。予想通りだったわ」


 「馬鹿ばっかね」とエリザセスは嘲笑い、蔑みの目を見せる。


 その顔を見たとき、クリフは違和感を抱いた。

 エリザベスの目の形が、変化していた。


「私は運が良いわ」


 さらに口が裂け、髪の毛が縮む。


「竜狩りに会ったときは死を覚悟したけど」


 身体が大きくなり、肌が灰色に染まり、


「私は勝って、竜狩りを喰った」


 鱗が身体に浮かび上がり、尻尾が生え、


「そしてこの町で、大量の餌を喰える」


 両手が大きな翼になり、黒く変色する。


『私はまた強くなれるの』


 エリザベスは竜となった。


『だから大人しく食われなさい』


 灰色の身体に黒い翼。正真正銘の黒竜の姿。

 突然の出現にクリフは身震いした。まさかエリザベスが黒竜だったとは思いもしなかった。


 驚きを隠せないクリフだったが、それ以上に周囲の人間、特に住民たちは驚き、恐怖した。


「うわぁああああああああああああああああああ!!」

「こ、こ、黒竜だぁああああ!」


 広場に集まった住民はパニックに陥る。さっきまではロロを殺そうと殺気立っていたのに、あっという間に身を翻して逃げようとしていた。

 彼らの立場からすれば、当然と言えば当然の行為だろう。それにいなくなってくれれば戦いやすくなるので、早く去って行って欲しかった。


 だがエリザベスだった黒竜は、逃げ惑う住人たちに視線を向ける。


『逃げるんじゃないわよ! 餌どもが!』


 黒竜の咆哮が、広場にいる全住民に届く。圧倒的強者から放たれた咆哮に住人たちは怯み、脅え、その場で足を止めてしまう。

 生殺与奪の権は強者が握る。それを知らしめるような声に、弱者たちは動けなくなった。


 だが、クリフは怯まなかった。

 渾身の力を込めて大剣を黒竜の頭に振り下ろす。頭は全モンスターの弱点。傷を負えばどんなモンスターでも動きに支障が出る。それは竜でも同じはずだ。黒竜の頭は甲羅のような鱗で覆われているが、衝撃くらいは与えられるだろう。


 しかし、力一杯で振り下ろした大剣が頭に当たると、同時に大きな音を立てて大剣を弾いた。


「かたっ―――!」


 あまりの硬さに声が漏れる。岩を攻撃した時と同じ感触が伝わり、腕が痺れてしまう。

 真っ先に斬り込んだクリフだが、そのせいで動きに支障が生じた。そして、その隙を逃す黒竜ではなかった。


 黒竜は口を大きく開けて、クリフに近づいた。

 ひと一人を丸々飲み込めそうなほどの大きな口。その圧倒差に驚き、クリフは動きを止めてしまった。


 ―――喰われる。


 そう思った瞬間、クリフは何者かに吹き飛ばされた。視界の端には、ロロがクリフの身体にぶつかっている姿があった。

 処理場から落とされて地面に倒れると、さっきまでクリフが居た場所で黒竜が口を閉じている姿を見た。あと少しでも遅かったら喰われていた。


「助かった……ありがとな、ロロ」


 一緒になって地面に倒れていたロロに感謝すると、クリフはすぐに立ち上がって叫ぶ。


「さっさと逃げろ! ここに居たらお前らを騙していた黒竜に喰われるぞ!」


 クリフの声で我に返ったのか、住民たちはまた逃げ始める。再び黒竜が咆哮を放ったが、彼らはそれに驚きながらも足を止めなかった。黒竜への恐怖よりも、生への執着心が勝ったのだ。


 声では止めれないと悟った黒竜は、逃げ惑う住民たちを捕まえようと足を踏み出す。黒竜から視線を外されたことを察知したクリフは、すかさず黒竜に大剣を振るう。今度の狙いは頭ではなく胴体、しかも甲羅が無い腹部だ。

 腹部へと剣が到達する。しかし危険を察したのか、剣先が腹に斬り込むと同時に黒竜は身体を引いた。避けた黒竜の腹には、到底致命傷にはなりえない僅かな傷が残った。

 たいした傷を与えられなかったことには残念がったが、最低限の仕事はできたと、クリフはとりあえず満足した。


『ちっ……鬱陶しい餌共め』


 黒竜は自分の周囲に視線を向けると、竜が初見の戦士でも分かるくらいの嫌そうな顔を見せた。


 クリフが黒竜を傷つけるまでの間に、戦士たちは陣形を整えていた。クリフとロロ、黒竜を囲むように移動した戦士たちは、皆険しい顔つきで黒竜を睨む。彼らの目には元々竜が憎いことに加え、騙されたことに対する怒りが含まれているように思えた。


「お前ら! ここで食い止めるぞ!」


 最年長の戦士の掛け声に、他の戦士たちが「おう!」と気合の入った言葉を返す。竜が嫌いなだけあって、竜に対しての恐怖心は微塵も無さそうだった。

 クリフも負けじに戦おうと武器を構える。その直後、最年長の戦士に声を掛けられた。


「クリフ君! 君はその子を連れて逃げなさい!」

「……は?」


 予想外の言葉で呆気にとられてしまう。しかも黒竜から視線を外すという大ミスを犯してしまった。

 無論、黒竜がその隙を見逃すわけが無い。クリフがミスに気付いて視線を戻したときには、黒竜の頭が目の前にあった。


「うぉっ―――」


 黒竜の突進を喰らう直前、今度は横に引き倒されていた。倒れた直後にロロの手がクリフの服にかかっているのを見て、また助けられたことを覚った。


「すまん、ロロ!」


 二度も助けられると、感謝よりも謝罪の言葉が出てしまう。助けようとした相手に助けられるとは……。


「もうクリフっ。しっかりしてよね」


 だけどロロの調子は、出会ったときと同じに戻っていた。その事にクリフは嬉しくなって、戦闘中にも関わらず、口元から笑みがこぼれていた。


「とりあえず、一旦下がるぞ」


 クリフはロロを引き連れて包囲網の外に向かって走る。迷いを抱いたまま戦うことは苦手だ。逃げるように言われた真意は不明だが、意図があっての事ならばあのまま戦い続けるのは愚策である。戦士たちの狙いを知るためにも、クリフは素直にその場から離れることを選んだ。


 ロロと一緒に包囲網を出た瞬間、入れ替わるように二人の戦士が黒竜に向かっていく。彼らが黒竜の前に立つと、周りの戦士たちが黒竜と距離を詰めた。

 正面の戦士は深追いしない程度に攻撃して黒竜の意識を向けさせ、周囲の戦士は隙を見て黒竜の体に斬りかかる。その連携に淀みは無く、洗練された動きであることが見て取れた。


 だが、不安が無いわけではない。彼らの動きに隙は無いが、慎重すぎるとその隙に逃げられる可能性がある。

 人の手が届かない空。空に飛ばれたら、何の用意もしていない戦士たちには手が出せない。クリフは黒竜が飛ばないことを祈るしかなかった。


「何か不安があるのかい?」


 すると、指揮を執る最年長の戦士に声を掛けられた。不安を見透かしたようなタイミングで、クリフは顔には出さなかったものの驚いた。


「え、えぇ……空を飛ばれたらまずいなと」


 抱いていた不安を率直に口に出す。最年長戦士は「うむ」と浅く頷いた。


「たしかに空を飛ばれたら、今の我々には追う手段が無い。処刑のために馬は不要と思っていたから、先程から用意を始めたところだ。十分な数が集まるにはまだ時間がかかるだろうな」

「分かってるなら、もっと攻めないと。致命傷とは言わなくても、翼を傷つければ飛びにくくなるはずです」

「それくらいは黒竜も警戒している。下手に狙えば反撃を受け、逆にこっちが致命傷を負うだろう。慎重に攻めねばなるまい」

「そんな悠長に攻めてたら―――」

「だが、慎重なのは黒竜も同じなんだよ。あれを見てみろ」


 戦士が指差す方に、クリフは視線を向ける。そこは広場を囲む建物の屋上だ。普段は何もない場所のはずだが、今そこには数人の戦士の姿があった。

 建物の死角になっているため見えないが、彼らが何かを動かそうとしているのが分かった。


「彼らは何をしているのですか?」

「兵器の準備をしている。というより、もう終えているはずだ。処刑が始まる前に準備してたからな」


 竜を討つ手段は二つある。一つは竜狩りの戦士に任せること。もう一つは竜の討伐用の兵器を使うことだ。

 兵器で竜を攻撃したり、捕まえて止めを刺すことで、竜狩り以外でも竜を倒すことができる。平戦士が竜を倒す方法のほとんどがこれであった。


「そんなものを準備していたんですね……」

「あぁ。そして、兵器がある事はあの黒竜も知っている」

「へえ……って、それじゃあ意味ないだろ?! ばれてたら兵器が通用しないだろ!」

「そうだな……だがあいつにはもう一つ情報を与えているんだ。兵器の命中率が百パーセントだってことをな」


 その言葉を聞いて、クリフはぐっと息を呑んだ。

 彼らの狙いを確かめるように、クリフは導いた答えを口にする。


「黒竜は、高精度の兵器の存在を知っているからこそ空を飛べない、ってことですか?」

「そうだ」


 竜が空を飛ぶときには隙が生じる。翼を羽ばたかせてから身体を浮かせ、風に乗って空を飛ぶ。その間の身体を浮かせている間は、動きが緩慢で隙が生まれるのだ。

 長距離武器が無ければ隙とも言えない隙だが、兵器があれば話は別だ。黒竜がその隙を見せたら、兵器の攻撃が黒竜の身体に向かうだろう。それを知っているからこそ、黒竜は飛ぶことができず、地べたで戦い続けるしかできないのだ。


「黒竜だってことを知らずにベラベラと情報を与えたのはミスだが、君が時間を稼いでくれたお蔭でこの作戦を皆に伝えることができた。ありがとな」

「……いえ、俺はそんなことを知らずに、夢中に戦っただけです」

「そうかもな。だが、それで十分だ。だから後は俺たちに任せろ」


 そう言って、最年長の戦士は再び指揮を執り始める。他の戦士と同様に、その姿からは一切の恐れを感じさせなかった。


「やるじゃねぇか……」


 彼らの戦いぶりを見て、率直な感想が口から洩れた。

 竜狩りの戦士がいなくなったため、この町には平戦士しかいなかった。だから竜狩りに近い力を持つクリフが一人で何とかしようと考えていたが、その考えを改めた。


 戦士だけでも黒竜と戦える。勝てる。倒せる。そう思い始めていた直後だった。


『図に乗らないで。餌共が』



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