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最弱の竜は最強の竜狩りと恋をする  作者: しき
第一章 ボーイミーツドラゴン
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1-16.決断


 詰所の前には大きな人だかりができていた。出入口の扉を囲み、その中心には檻が乗せられた荷馬車がある。彼らは檻の中に入る者を見ようと集まっていた。

 クリフはミネルバの家から走って詰所に戻っていた。着いた頃には、まだ檻の中には誰も入っていない。一先ず安心したが、落ち着けた時間は一分も無かった。


 間もなくして、詰所の扉が開かれる。出てきたのは名も知らない戦士が一人。続けてイアンが出てきて、直後に竜狩りのエリザベスが現れる。エリザベスの右手には縄が握られていた。そして―――、


「出て来たぞ!」


 人だかりのなかの誰かが言った。声と同時に扉から出てきたのは、檻に入るべき人物、ロロだった。ロロの両手には手枷がかけられており、手枷には縄が括られている。その縄に引かれるようにして、ロロは顔を俯けて歩いていた。


 周囲の人間は、まさかロロのような少女が黒竜だとは思ってもなかったようで、戸惑うかのように騒めいている。しかしエリザベスの言葉で、彼らの態度は一変した。


「ここに居るのが、人に害を与える悪しき黒竜です。私たちは今日、皆を守るためにこの黒竜を処刑します」


 最初に会ったときと同じような陰鬱な声色。だが彼女は竜狩りの戦士だ。竜を倒す専門家の言葉は、他の誰の言葉よりも力があり、周囲の人間の意思を統一させるのには十分だった。


「黒竜め! さっさと死にやがれ!」

「この人殺し! 町に来るんじゃねぇよ!」

「今すぐ殺せ! 竜なんざ死んでも、だーれも悲しまねぇよ!」


 次々とロロに罵声が浴びせられる。罵声と共に石も投げられ、ロロは怯えて眼を固く閉じていた。


「この黒竜は、中央広場にて処刑を行う! 道を開けろ!」


 イアンの声により、人だかりに穴が空く。穴の方向はフェーデルの中央広場。皆、竜の処刑が見たくて協力的だ。

 道が空くとイアンが檻の錠を開ける。エリザベスがロロを引っ張り、中に入るように促す。ロロは抵抗することなく、自ら檻の中に入って行った。その様子に、クリフは違和感を抱いていた。


 ロロは隙を見て逃げると言った。詰所から檻に入るまでの間は、まさにそのときだとクリフは身構えた。だがロロは何の行動も起こさず、大人しく従った。

 もしかしたら他のタイミングで逃げるのかもしれない。例えば檻から処刑場に移動する瞬間を狙っている可能性はある。だがそれにしても、逃げられる隙があったのならば迷いが生じるはずだ。ロロの性格ならば、その感情が顔に出るはず。だというのに、ロロの表情からはその意志すら感じ取れなかった。


 嫌な考えが頭に浮かんだ。クリフは人だかりを掻き分けて檻に近づく。クリフに気付いたイアンが笑みを浮かべたが、相手にする余裕は無かった。


「おいロロ。お前、何を考えてんだ」


 クリフは言葉を選んで、ロロに問い質す。クリフとロロの間には鉄格子があったが、クリフの身体の体温は上がっている。体温の上昇に負けまいと、クリフはロロから目を離さずに返事を待った。

 背中に周囲の人間の視線を感じ始めたとき、ロロが顔を上げてクリフと目を合わせる。


「ごめんね、クリフ」


 悲哀を感じてしまう表情をしていた。


「ロロ、クリフのこと全然考えてなかった」

「……いきなり何言ってんだ」


 出会ったときから、ロロはクリフに対して自分勝手な事をしてきた。戦士の仕事を手伝うとか、苦手を克服させるとか、嫌がっているのに身体を押し付けたりとか、クリフが困ることを散々してきた。やめさせようとしてもロロにはそんな気が無さそうで、クリフは若干諦めかけていた。

 だからクリフは、何を思ってロロが今更こんなことを言い出したのか、理解できなかった。


「ロロね、皆がロロの事を悪く言っても、クリフがいたら大丈夫かなって思ってたの。クリフは優しいから、ロロの味方でいてくれるって。守ってくれるって。……けどそれが、クリフに辛い思いをさせてるって分からなかったの」


 ロロはクリフから目線を逸らした。


「クリフのお父さんとお母さん……竜に殺されたんでしょ」

「……どこで知った?」


 知らずのうちに、低い声が出ていた。

 ロロは視線を下げたまま答える。


「イアンって人から。クリフが竜を憎んでいて、竜を殺すために戦士になって頑張ってるってことも聞いたよ。……その願いが、もう少しで叶うことも」

「……まだ叶うとは決まってない。試験に合格しなきゃ―――」

「そんなこと言っちゃダメ。クリフなら合格できるよ。だってクリフは、誰よりも優しくて、強くて、かっこいいから」


 「だから」ロロは顔を上げて、クリフを見つめる。


「邪魔者は消えるね。ロロがいなくなったら、クリフの心配事は無くなるでしょ?」


 ロロの顔には、今にも泣きそうな悲しい笑顔が浮かんでいる。

 クリフは自然と、拳を強く握っていた。


 直後、ロロが入った檻を積んだ馬車が動き出す。


「じゃあ、もう行くから……」


 ロロは手を小さく振り、「さよなら」と別れの挨拶を口にする。クリフの身体はロロの言葉に反応できず、その姿を見送った。


 馬車が進んで、釣られるかのように人々は広場に向かっていく。人波に流されること無く道の真ん中で突っ立っていたクリフの肩に、何者かが手を置いた。


「あーあ、行っちゃったねぇ、彼女」


 馴れ馴れしい態度で、イアンが話しかけてきた。


「けど良かったなぁ、クリフ。あの子が逃げずに運ばれてくれてよ。このまま逃げずに死んでくれたら、お前の評価も上がるしな。もちろん、一番の貢献者は俺だけどな」

「……どういうことだ」


 調子のよさそうなイアンに、クリフは反射的に訊ねた。待ってましたと言わんばかりの表情で、イアンが語りだした。


「そりゃあ、あの子が逃げないように仕組んだのが俺だからだよ。あの子を牢屋にいれたものの、なんか逃げそうな雰囲気がしたからどうしようかと考えたんだよ。そしたらお前があの子と仲良さそうにしてたからな、ちょっと脅してみたんだよ。そしたら大人しくなってくれてな、大成功ってわけだよ」

「脅した?」

「おう。お前が大人しく死なないと、クリフが竜を連れてきたことにするぞ。そしたらあいつは竜狩りの戦士になれなくなるぞってな。もちろん、お前がなんで竜狩りになろうとしているのかも教えてやったんだよ。それで、こうなったってわけ。いやー、良い働きしたぜ、俺。お蔭で竜を殺せて、しかもお前の失敗まで帳消しにしてやったんだ。感謝しろよ」

「そうだな」

「まあ大して気にすることじゃないぞ。そうだなぁ、せいぜい人を馬鹿にするような態度を改めてくれたら……ってなにしてんだ?」


 クリフは右拳を握りしめ、イアンに向き直った。


「感謝の気持ちをくれてやろうと思ってな。こいつで」

「……いやそれ感謝する気無い―――」


 イアンが言い終わる前にクリフは振りかぶり、右拳をイアンの顔面に叩き込んだ。イアンの身体は勢いよく吹き飛び、建物の壁にぶつかった。

 クリフは振り切った拳を開き、視線を落とす。自分のためだけに拳を振るったのは初めてだったが、思いのほか気分は悪くなかった。


 地面でのびているイアンを一瞥してから、クリフは広場の方に視線を向ける。夕方という時間帯もあってか、仕事を終えた多くの住人たちが広場に向かって進んでいる。その中には楽しそうに笑う者もいた。

 先程のロロが見せた悲哀に満ちた笑顔が、クリフの頭に浮かんだ。


「似合わねぇツラしやがって」


 人の流れに逆らわず、クリフも広場に歩を進める。

 熱は下がることなく、身体にこもったままだった。


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