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最弱の竜は最強の竜狩りと恋をする  作者: しき
第一章 ボーイミーツドラゴン
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1-14.助けるべき弱者

 詰所から出たクリフは、何の目的もなく町を徘徊していた。大きな背中を丸めたまま歩くクリフに、行き交う人々は視線を向けていた。だがクリフは視線に気づかないまま、歩きながら溜め息を吐いた。


 本来なら、今日は任務の続きをこなす予定だった。しかし、竜を捕まえてそれどころじゃないとイアンが戦士団に訴えたことで、任務は中断されている。そのことに呆れて、また溜め息が出てしまう。

 言う方も問題があるが、それを聞き入れる戦士団にも問題がある。末端の戦士が捕獲済みの竜に対して出来ることなんてほとんどない。いくら竜が嫌いだからとはいえ、そんな理由で了承するなんて何を考えているんだ。

 クリフは何度目かの溜め息を吐きながら、フェーデルの戦士団の行く末を案じた。


 それはさておき、結果として、クリフはやることが無くなった。このまま休みを取ってもいいのだが、生憎、先ほど抱いた苛立ちが身体中に残っているため、ゆっくりと休むことができなかった。

 だからクリフは運動がてら、自主的に町を巡回することにした。背筋を伸ばし、前を向いて進む。仕事を始めた今、だらしない姿を晒すわけにはいかなかった。


 フェーデルの治安は、良好とは言えないものだ。大通りから中央の広場までの道は賑わい、一見平和そうに見える。だが少し脇道に入ると、薄暗くて汚い道が目に入り、奥に進むと廃れた建物が残っていた。

 フェーデルで稼げなくなった者が、家を残して都会に逃げたという話だ。そうして残った建物がいくつもある。そのいくつかの施設が、荒くれ者の溜まり場にもなっている。


 クリフの足は路地裏に向かって進んでいた。路地裏に入ると、地面に散らかっているゴミが視界に入る。壁も汚れ、異臭が鼻をつく。掃除されている気配が一切しない道に、クリフは顔を歪める。


 だが歩を止める気はなかった。ずんずん奥に進むにつれて建物の陰で視界が悪くなる。それでもクリフは足を止めない。道の奥から、ゴミ以上の嫌な空気を感じ取ったからだ。

 大股で進むと、左側に横道があるのが見えた。迷うことなく横道に入ると、そこには壁を背にした小柄な中年男性と、中年を追い詰めている二人の男の姿があった。


「なんだてめぇ」


 中年の正面に立っている紫髪の男がクリフに気付く。一般男性の平均的な身長だが、身体つきはしっかりしている。


「正直に答えろ。これはお前たちがそこの人を脅している場面で良いんだな」

「は、はいぃ! そのとおぉりですぅ! 助けてくださいぃ!」


 クリフの問いに、真っ先に答えたのが中年である。彼は必死な表情で助けを求める。

 まだ何もしてないのに、クリフの心境は晴れやかになった。中年を襲う青年達を倒せばいいという、単純な展開だったからだ。


「分かった。任せろ」

「おい、あいつ戦士じゃ―――」


 片割れの黒髪の男が喋り終わる前に、クリフは拳を振り切っていた。右手を黒髪の腹にぶち込むと、「うぅっ」と唸って男は膝を着く。黒髪は至って平均的な体格。手加減したとはいえ、戦士であるクリフの一撃は相当こたえたようだ。

 すぐさま二撃目を紫髪の男に喰らわせようとしたが、先に相手の方から攻撃を仕掛けられる。速い右拳がクリフの顔面に飛んでくる。気づいたクリフはギリギリのところで回避に成功すると、即座にその腕を掴みにかかる。左手で腕を掴むと、右拳を握り直して、相方と同じように腹を殴った。紫髪は多少鍛えていたが、先程よりも力を入れたクリフの拳には耐えられず、同様に膝を着いた。


 戦意喪失を覚ったクリフは、「もう大丈夫だぞ」と中年に声を掛ける。


「は、はいぃ! ありがとうございましたぁ!」


 中年はそそくさとクリフの横を通って逃げていく。態度はいい加減だったが、人助けが出来たことでクリフは悦に浸った。


「くそ……ふざけんなよ……」


 黒髪の青年が、クリフを下から睨みつける。


「良いじゃねぇか、ある所から奪っても。俺らは明日の飯代すらねぇんだぞ……。少しくらい……」

「普段は適当にしてるくせに、なんでこういうときだけ働くんだよ。クソ戦士が」


 紫髪の青年も、立ち上がりながら恨み節をつぶやく。


「……人を襲っといて何言ってんだ。普段から蓄えがあったらどうにでもなるだろ」

「誰もが出来ると思ってんじゃねぇよ! 最近山の様子がおかしくて、碌にモンスターを狩れねぇんだ。備蓄する余裕なんかねぇんだよ!」

「お前たち戦士がちゃんとしないからこうなってんだろ! ちゃんとやれよ!」


 二人の眼には、クリフに対する敵意が込められている。だが同時に、悲哀な意思も含まれているようにも思えた。

 その眼はまるで、力のない弱者の眼であった。


 クリフは拳を握り、乱暴に壁を殴りつける。二人は驚いて身体を跳ねらせた。


「紛らわしいんだよ……」

「は?」

「弱いのか強いのか、善なのか悪なのか……はっきりしろって言ってんだよ!」


 クリフの咆哮に、二人は呆気にとられた表情を見せた。


 弱い者を助ける。それがクリフの使命だ。それを信じて鍛錬を積み、実行するための力をつけた。虐げられる者がいれば、どんな相手が敵だろうと立ち向かうために。竜狩りの戦士になろうとしたのも、そのためだ。

 だがロロの出現で、クリフは自分の行いが正しいものなのか、判断がし辛くなっていた。


 強いはずなのに弱く振る舞う者。悪のはずなのに善良な面を見せる者。ロロの存在が、クリフの思考に淀みを生じさせた。

 目の前の青年たちも、クリフにとっては頭を抱える存在だった。


「悪党なら気持ちよく倒させろよ! 難しいこと考えさせんなよ! めんどくせぇんだよ!」

「……何言ってんだよお前」

「うるっせぇ!」


 クリフは懐から財布を取り出し、それを紫髪の青年に投げつける。青年は体にぶつかった財布を落とさないように受け止めた。


「とっとと帰れ! 何とかして稼げ! それまでは貸しといてやる!」

「……頭おかしいんじゃねぇの」

「いいから行け!」


 戸惑いを見せる紫髪の青年は、「行こう。相手にするな」と黒髪の青年に促されてその場を去る。

 財布を持って行った二人の背中が見えなくなると、クリフは溜め息を吐いた。


「俺はいったい……何がしたいんだよ」


 弱者を助けたかと思えば、それは別の弱者を助けられないことになる。弱者を傷つけるものは強者ではなく、別の弱者の場合がある。


 誰が弱者なのか、誰を助けるべきなのか、分からなくなった。

 今までは単純に弱そうな者をクリフの常識で判断して助けていたが、そう簡単なことではないと思い至り、クリフは頭を抱える。


 そんなクリフの服の裾を引っ張る者がいた。人の気配に今まで気づかなかったクリフは、慌てて振り向いてその姿を確認する。

 そこには町の入り口で見かけた老婆が立っていた。


 何故ここに。クリフが疑問を投げかける前に、老婆が口を開いた。


「あんた。あの女の子と一緒にいた人よねぇ」

「あ、あぁ」


 老婆は安心した表情を見せた。


「ちょっと頼みたいことがあるのよ」


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