3.伸が大泣きしております
僕らがライブハウスに戻るとすぐに隣のスタジオに移動する事になった。
行きも帰りも全力疾走してきたのだから少しぐらい休ませて欲しいとか思っても言えるわけないのが切ない。
「よし、お前らとりあえず曲やってみ」
休憩なしでいきなり演奏しろとか、この人本当にドSだ。
「すいません、急いできたので少しだけ休ませてもら…」
「あ?別に休むのは構わないが、そしたらこの話は無しだ」
「………………」
「………………」
「すいません、急いで準備します」
伸…弱っ!?うわ、僕この状態でドラム叩くの?嫌だな…。
「そっちの奴はやる気ないみたいだな」
「そんな事ないです!すぐに準備します!」
伸の事を貶しておきながら、僕もまあ…この人に逆らえないのだけど…。
「よし、準備出来たか。そんじゃ最初に聞くけど、お前ら響輝の曲どれ出来るんだ?」
「ぜ、全部出来ます!!」
「全部だと?楽譜はどうしたんだ?ネットにでも落ちてたのか?」
ネットには確かに誰かが楽譜をあげている。
でもそれは人気の曲のみでアルバムの曲は殆どあげておらず、僕らは何度もCDを聞いて、耳コピした。
ネットにあがっている楽譜のお世話になるのは嫌だったから。
「2人で何度も聞いて耳コピしました。誰かがあげた楽譜になんか頼りたくなかったので」
「ほう…お前ら根性だけはあるみたいだな。とりあえず一曲弾いてみろよ。そうだな…曲は『ソムニウム』やってみろ」
うわ…いきなりアルバムの曲がきた。疾走感のあるナンバーでしかもこれリズム隊の見せ場がある曲だ。これで僕らの実力を判断するって事なんだろうな。
でも、この曲は問題はそこじゃない。ギターソロが難しくて、前に居たギタリストでも弾けなかったんだよね。
だから僕らも2人でしか演った事しかない…。
この曲を人前で演る事はないと諦めてた…だから他の曲にしてもらおう。
僕はつい口を挟んでしまった。
「すいません、お兄さん」
「あ?誰がお前のお兄さんだ」
「いや…違っ…そうじゃなくてですね」
「そういえばまだ自己紹介してなかったな。俺は光輝っていうがお前らは?」
「俺は、伸っていいます」
「僕は哲平です」
今更ながら自己紹介をする。
「で、哲平。さっき言いかけたのはなんだ?」
「あ、あの…『ソムニウム』は僕らが一番好きな曲なんです。光輝さんもご存知と思いますが、あの曲はギターがすごく難しいので、本番で出来るわけないのでテストは他の曲にしてもらえませんか?」
「ああ?なんであの曲が出来ないんだよ?」
「いや…その…ギターソロが弾ける人がそんな簡単にいるわけないかと…」
「おい、お前…俺の事バカにしてんのか?」
「ひぃ〜。え…!?な、なぜ光輝さんをバカにしてるって事になるんですか?」
「そんなのギター演るのが俺だからに決まってるだろうが。とりあえず、お前らがまず演ってみろよ」
これ以上話すつもりはないっていう感じで光輝さんはパイプ椅子に座る。
「哲平、とりあえず演るしかないみたいだから諦めようぜ」
伸が心配そうに小声で話しかけてくる。
「そうだね、とりあえず演ってみようか」
そして僕らは大好きな『ソムニウム』を初めて人前で披露した。
〜〜〜〜〜〜
なんだこいつら?本当に高校生かよ。
伸って奴…癖のあるベースラインをしっかり再現出来てるじゃねえか。
哲平のドラムも安定感がすげえな。
何より二人の息がピッタリじゃねえか。
ちょっとこれ本気で期待していいかもしれねえ…。
今日は見るだけのつもりだったが、ちょっとだけ演ってみるか。
〜〜〜〜〜〜〜〜
「おい、お前らちょっと待て」
1回目のサビが終わった所でストップがかかる。
ちぇ…これからがいい所だったのに…。
「光輝さん、どうしましたか?」
伸が不満気な顔で質問している。
いい所で止められて不満なのはどうやら僕だけではなかった様だ。
伸の質問に答える事なく、光輝さんが置いていたギターケースに歩を進める。
出てきたのは…チェリーサンバーストのレスポール。
使い込まれた味のあるギターだった。
うわ…しかもレスポールと言えば…のメーカーのだよ。
あれ…絶対に高いよね…。
「お前ら…テストはもういいや。ちょっと俺も混ざるから、もう一回頭から演ろうぜ」
有無を言わさない圧をかけられ、僕らは黙って首を縦に振る。
光輝さん…ソロの部分どうするんだろ?
とりあえずスティックを叩いてカウントをとる。
さあ、光輝さん…あなたの実力を見せてもらいますよ?
まずはイント…ロ………
へっ…?何この音…ちょっと待って待って!?
響輝の音がこんなに再現されてるなんて…。
響輝のギターの音作りは凄い拘ってて、色々なエフェクター試して真似してみたけど、音作りが何だか上手くいかない。
だから僕らはいつも妥協してきたのに…。
光輝さん、凄い…。この人いったい何なんだろう。
しかも、伸…泣いてるし。伸って顔は悪くないんだけど、泣き顔だけは汚いからな…。
光輝さん苦笑してるよ。まぁ、あれ見たらそのリアクションになるよね。
Aメロ、Bメロ、サビとこなしていきさっき止められた所まできた。
ここは絶対に決めたい。この曲はギターソロが2パートあり間にベースとドラムの掛け合いという形で見せ場がある。
その最初のギターソロにさしかかる。
光輝さん、この曲のソロは難しいですよ。あなたに再現出来ま…
♪〜〜♪〜〜〜〜♪〜♪〜〜♪〜♪♪♪〜
出来てます。完璧に出来てます。伸じゃないけど僕も泣きそうです。
伸…鼻水出すぎてるけど、この後ちゃんとやれるの?少し心配だ…。
夢に見た…ギターソロから続く、僕らの見せ場のパートだ。
僕は多分…今日という日を死ぬまで忘れないだろう…。
「ご、ごうきざん…お、おで、一生あなたにづいていぎます…えぐっ…」
「伸…お前汚いから寄るな。あっち行け」
「ぞ、ぞんな〜」
演奏を終えて、伸が光輝さんに拒否られてる。
あの顔なら仕方ないよな…。
「けど、お前らは良かったよ。正直期待してなかったけど、楽しかったよ」
「光輝さんって何者なんですか?プロのミュージシャンとかですか?」
「んあ?そんなわけねえだろうが。俺は次期社長予定の大学生だよ」
「次期社長!?」
僕は心底驚いた。ギターがこんだけ上手いのに社長になるのか…。
なんかもったいない気もするな…。
「とりあえず、明日ボーカルも呼んで合わせようぜ。なあ、伸の妹はどこ行った?」
「あれ?そう言えばどこに行ったんですかね?」
「『あいつ』呼ぶのにあの子の力借りないとなんだよな。おい、伸!!いつまでも泣いてないで急いで妹を呼び戻せ!!」
「は、はい!!」
10分後…戻ってきた由依ちゃんに光輝さんは何か指示をしていた。
由依ちゃんの顔が曇り気味だったけど、何をお願いしたのだろう?
まぁ、僕に関係ないから見なかった事にしよう…。
ラブ要素…そろそろ欲しいですね。