2.救いの手は怖い
書き置きを無視するわけにもいかず、僕は2人が向かったであろうライブハウスに辿り着いた。
どこのライブハウスか書いてなかったけど、おそらくここだろう…。
扉を開いて中に入ると、さっそく伸の声が聞こえてきた。
「店長、響輝のコピーしてる俺らと同じぐらいの年齢…いや、この際歳はどうでもいいな。とりあえずコピーしてるバンド知らない?」
「うーん、ウチに出入りしてるバンドにはいなかったと思う」
「はぁ?何でいないんだよ!?」
伸…店長に八つ当たりしたらダメだよ。
「お兄ちゃん!!八つ当たりしないの。店長さん、実は…」
由依ちゃんが現在置かれている状況を店長に説明する。
話を聞聴き終えた店長が申し訳なさそうな顔に変わる。
「うーん、さっきも言ったけど由依ちゃんが探してるような人材はウチのお客さんには居ないんだよね」
「そうですか…」
聞き方が悪かった訳じゃなく本当に居なかったのか。
こうなるともう手詰まりだ。今回は謝って中止にしてもらおう。はぁ…ライブハウス代全額負担か…。暫く何も出来そうにないけど仕方ないか。
重い気持ちを顔に出さないように、僕は2人の元に向かった。
「おお、哲平!やっと来たか」
やっと来たかじゃないよ全く…。
君のおかげで大損害なのに反省している風に全く見えないのが腹立たしい。
「それでよ?店長に頼んだがアテがないらしい。全く使…」
「お兄ちゃん!!」
由依ちゃんが止めてくれて良かった。
伸は店長の自分に対する顔つきが段々怖くなっているのに気づいてないんだろうな…。
ここを出禁とかになると困るから、伸にはそろそろ空気読んで欲しいんだけどな。
そんな事を思っていると扉が開いて誰か入って来た。
「こんちはー。店長、隣のスタジオ空いてる?あれ?あ、ごめんごめん。接客中だったんだ」
「あー、話はほとんど終わってるから大丈夫。久しぶりだね、今日は時間あるのかい?」
「そうなんすよ。試験も卒業論文も終わったので、後は消化試合っす」
「それは良かったな。今日はスタジオの予約入ってないから、久しぶりに好きなだけ弾いていくといいよ」
「お、ラッキー。じゃ、お言葉に甘えて楽しませてもらうっす」
おそらく大学生なのだろう。僕らの事をチラチラ見ながらこの場を後にしようとしていたはずが、急に声がかけられる。
「君ら鳳藍の生徒だよね?」
「はい、そうです。どうかされましたか?」
僕は無視する訳にもいかず、とりあえず返事をする。
「いや、弟が君らと同じ高校に通ってるんでつい…。用は特になかったんだけどね、いきなり声かけてごめんね」
そう言って苦笑しながら去っていく大学生らしき人に由依ちゃんが突然声をかける。
「あ、あの!あなたの弟さんもバンドやってたりするんですか!?」
「ん?あー、どうかな。『やってる』というより『やってた』って感じかな」
「辞めちゃったんですか?あの、つかぬ事をお聞きしますが、弟さんって何してたんですか?」
「一応メインはボーカルだね。でもギターも弾けるよ」
「あの、もう少しだけ質問があります。弟さんって響輝とか好きですか?」
「あー、どうだろ?多分好きだったと思うけど、今はおそらく好きじゃないかもしれない…」
「おい!!響輝が嫌いだと?あんたの弟…何様のつもりだよ」
ああ…予想通り伸が怒りだしたよ。しかも初対面の人に何か失礼な発言してるし…。
「おいガキ…お前目上の方に対する態度がなってないな」
ん?大学生の人雰囲気がガラッと変わった…なんか凄い怖いし。
あ、伸もビビってる。いつも強気な態度だけど本当はビビりだからね。
「そういうわけでして、本当に困っていますのであります」
今、僕の前では正座をさせられた伸が大学生に状況を説明をし終えた。
あの後、大学生の圧力に耐えきれなかった伸は周りから見ても気の毒なぐらいに小さくなっていた。
「で、そのライブはいつだ?」
「あ、はい。あの…明後日です」
「それでボーカルとギターがいないのか?お前ら…バカか?」
うわ…それ僕も含まれてる。まぁ、そうですよね普通に考えれば…仰る通りで言い訳のしようがありません。
「で、そのライブのチケット余りあるのか?」
「はい、頑張って捌いてもらったのですが、まだだいぶ余ってます」
「それ全部よこせ。こっちで捌いてやる」
「へ?」
「何度も言わせんな。全部捌いてやるから寄越せって言ってんだよ。ついでにボーカルとギターも俺が手配してやるよ」
「は、はい!!え…!?」
なんだか滅茶苦茶な人だな。これ関わらない方がいいんじゃないかな。
「あと、お前らの演奏聞かせろ。気に入らなかったらこの話は無しだ。いいか?30分以内に戻ってこい。くれぐれも遅れるな」
僕と伸は脱兎の如く学校にベースとスティックを取りに戻るのだった。
「良かったのかい?『光輝』君が、なんであんな話を承諾するのか私には分からなかったよ…」
「俺…さっきのガキの響輝に対する想いが、『あいつ』の止まってしまった時間を動かしてくれるかもって柄にもなく期待しちゃってるんです」
「確かに態度は悪いけど、あの子の響輝に対する想いは本物だろうね、それは分かるよ」
「明後日…きっとなんか変わると思うんです。俺のラストライブなんで楽しみにしていて下さい」
「光輝君、あの…」
「分かってますって。店長、チケット何枚必要ですか?」
「光輝君は呼びたい人どれぐらいいるんだい?」
「う〜ん、俺はそうすっね…5枚あれば足りるし、『あいつ』は2枚あれば足りると思うので、予備含めて10枚あれば大丈夫っす」
「じゃ、残りを全部でお願いします…」
そう言って店長が床に額を擦り付ける。
「て、店長!?ちょ、頭上げてくださいよ!!」
「残りを全部譲ってもらえるまでこの頭は…」
「分かりましたから、必要分以外は全てお渡ししますので、早く頭上げてください!!」
「え…そう?じゃ、お言葉に甘えて」
そう言って、勢いよく立ち上がる店長。
さっきまでの土下座はどこ吹く風だ。
「ちょっ!?何その変わり身の早さ」
「ん?いや〜こんだけあれば色んな人呼べるな。今のうちに恩を売っておこう。ふはははははは〜」
この2人は気づいていない。
さっき学校に戻ったのは2人であり、この場にもう1人居た事に…。
そして…ライブハウスの扉が音もなく静かに閉まった…。
とりあえず導入部まだ続きます。