1.バンドは解散の危機です
初めまして。そして宜しくお願い申し上げます。読んでくださった方、本当にありがとうございます。
「そういう事だからもう俺辞めるわ」
「おい、雄二まで辞めるって…そんな…」
「いいよ、ほっとけ。辞めたい奴は勝手にすればいいんだ」
「お前らもいつまでもそんな事に大事な時間使ってる場合じゃないって気づいた方がいいぜ。じゃあな…」
最後にそう吐き捨てて、雄二が出て行った。
残されたのは、僕と伸の2人だけだった。
「なあ伸…本当に良かったのか?」
「ああ?仕方ないだろ…あいつらの言う通り未来がないってのは正解だろうしな」
「いや…プロになりたいとか本気で思ってるのおそらく君だけだよ。そうじゃなくて、僕が言いたいのは…リズム隊の2人しかいないんじゃバンドはもう続けられないって事を言いたいんだけど?」
ベースの平山伸とドラムの僕こと佐藤哲平は、窮地に立たされている。
ギターとボーカルの相次ぐ脱退。バンド存続の危機的状況なのだけど、伸にその自覚はないのだろうか…?
「ああ?そんなの募集かけたら誰か見つかるだろうが」
不機嫌さを隠す事なくそんな事言ってるけど…辞めた2人を招き入れるのに僕がどれだけ苦労したか。君のその能天気さがとても羨ましいよ。
「募集見て来てくれた人を、容赦なく下手と一蹴する君が居なければすぐに見つかると思うよ」
「下手を入れても仕方ないだろう?俺は自分の納得いかない音楽はしたくねえんだよ」
「偉そうに言ってるけど僕達…」
言いかけて思わず口を噤んでしまう。これを言ってしまうと伸の機嫌悪くなるからな…。でも言わないと先に進まないというか、いい加減妥協という言葉の意味を理解してほしいというか。
僕は決心して続く言葉を発した。
「僕達…ただのコピーバンドじゃん!!」
ぶちっ…
なにかがキレる音がした気がする。
「おい…お前今どういうつもりで言ったんだ?まさかと思うが『響輝』コピーしてる事を卑下したわけじゃねえよな?」
伸の声がさっきよりも低くなったのが分かる。
僕達のバンドは『響輝』のコピーをやっている。『響輝』はメディアに全く露出しなかったロックバンドで、今はもうない。
インディーズながら曲がCMに起用され、若者から絶大な支持を得ていた。
出した音源はシングル2枚とアルバム1枚。アルバム発売後すぐに解散。活動期間はたったの1年のみ。
発売した唯一のアルバムは発売から既に1年が経過したが今なおセールスを伸ばしていると聞く。
伸はこの『響輝』の大ファンで、彼らに憧れてバンドを始めた程に影響を受けている。
バタン!!
僕達の居る軽音楽部の部室の扉が大きな音を立てて開いた。
「お兄ちゃん!!さっき廊下で雄二先輩に会ったけど、先輩もバンド辞めたんだって!?どうするのよ、バカ!!」
伸の妹の由依ちゃんが扉を開いてすぐに伸に突っかかる。
「いきなり来てバカはねえだろ。おい由依…今俺は気分が悪いんだからあんまり調子に…ぶっ」
伸の顔に、部室に置いていたクッションがヒットする。
「お兄ちゃん?私にライブのチケット捌かせといてその言い草はないんじゃないの?ライブ明後日なのにどうするのよ…チケット捌くの私の友達にも手伝ってもらったんだから…今更中止とか言われても本気で困るんだけど?」
由依ちゃん本気で怒ってるな。これは触らぬ神に祟りなしだね。
伸よ…骨は拾うから安心して逝ってくれていいからね。
僕は2人が睨み合っている隙に部室を後にした。
あ、骨は後から拾いにくるからね。
1人で廊下を歩きながら状況を整理する。
先月辞めたボーカルは、あんまり歌も上手くなかったしやる気もそこまでだったので、向こうが辞めると言いださなくてもおそらく辞めさせられてただろうからいいとして、雄二が辞めたのは痛いな。
ギターもめちゃくちゃではなかったけど、十分上手かったし顔も悪くなかった。
彼の容姿に惹かれて観客もそれなりに集まっていた。
それが今後は期待できない。しかも次のライブは明後日で…彼目当てに来る客が辞めた事を知った時どんな態度に出るか?
考えただけで胃が痛くなる話である。
「急ごしらえのメンバーが集まったとしても大惨事の予感しかしない。事前に中止の通知をした方がきっといいね」
よし、決まった。あとは伸に伝えて、今後の事はまたゆっくり考えるとしよう。
足早に部室に戻ると、2人の姿はなかった。
机の上に書き置きがある。
『2人でメンバー探しにライブハウスに逝って来ます』
伸…漢字間違ってるじゃん。
『逝って来ます』じゃなくて『行って来ます』でしょ。
あれ?小さい文字で下に何か書いてある。
『由依ヤバイ、まぢ助けに来て』
殴り書きされた文字から推測するに、これ相当焦って書いたんだろうな。
怒った時の由依ちゃん本気で怖いからな…。