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真実の裏側

 ローザとのことを、ヨハンに伝えると、いつも仏頂面な男の驚愕した表情が見られた。そのことにフェリックスは少しだけ満足する。結婚すると決めても、すぐにできるものでもない。ましてや、国王の容態が悪化を辿る中、なかなか公表できることでもなかった。


 だが、フェリックスもローザも結婚を慌てているわけでもない。ふたりの気持ちが通じ合っているのなら、それでいいと思っていた。


 そして、夏の訪れを感じさせるある日、王は静かに息を引き取った。葬儀の手配、国民への公表の手筈、今後の王位について。悲しみに暮れる間もなくすることは山ほどあった。それなのに、フェリックスはどうも体調がすぐれなかった。たまに意識を失いそうになるほどだ。


 父の、国王のことはずっと覚悟していたことだが、やはり精神的なものなのか。原因は分からないが、休んでいる暇もない。もうすぐ四大方伯が弔問に訪れる。もちろんローザもだ。フェリックスは重い体を引きずり、なんとか支度にとりかかろうとした。



「殿下、おやめください!」


 次にフェリックスの耳に届いたのは、必死に自分を止めようと諌める声。いつの間にか意識が飛んでいた。しかし、そのことよりもフェリックスが驚いたのは、自分の目に映る光景だった。異母弟のフィリップが顔を歪めて苦しそうに抵抗している。その首には手がかけられていて、その手は他の誰のものでもないフェリックス自身のものだった。


 慌てて手を離そうにも、それが叶わない。自分の意志とは関係なく、絞める手に力が入る。


「なんだ、これは!?」


 自分の体ではないのかと思うほどだ。それでも体温、皮膚の感触、脈打つ鼓動、そのどれもがダイレクトに伝わってきて、フェリックスは叫びそうになった。側近たちが近づいて、フェリックスを引き離そうにも、どうにもできない。


「やめろっ、やめてくれ」


 意識を飛ばしそうな異母弟の顔にフェリックスはついに叫んだ。けれど、どうすることもできない。


「殿下!」


 バタバタと、複数人が部屋に入っていたのを背中で感じる。そして、なにか冷たいものが自分に浴びせられ、腕の力が緩んだのと同時に、解放されたフィリップはその場に倒れ込み、激しく咳込んだ。


 意識が朦朧とする中、フェリックスがそちらに目をやると、四大方伯の姿がそこにはあった。不安げにこちらを見ているローザと目が合い、そこでフェリックスの意識は途絶えた。真っ暗な闇に一瞬で落ちていく。


「殿下に憑りつきし邪悪なるものよ、姿を見せよ」


 ヴェステン方伯とノルデン方伯が一歩前に踏み出て、意識を失っているフェリックスに近づく。すると、意識を失っていたフェリックスの瞳が開かれた。にんまりと口角をあげて笑うと、ゆっくりと立ち上がる。


「まさか王家だけではなく、方伯たちも祓魔の力を持っているとは。油断したよ」


「なぜ、殿下に憑りついた? そこから今すぐ出るんだ」


 ノルデン方伯が再び、小瓶に入った液体を散布するが、それをフェリックスは華麗にかわす。ヴェステン方伯が十字を切って聖言を唱えようとする前に、フェリックスの口から衝撃的な発言が放たれた。


「おっと。これはお前たちの偉大なる王と交わした契約。お前たちに邪魔などさせない」


「なにをっ?」


 部屋の中に動揺が走る。フェリックスは小馬鹿にするような笑みを方伯たちに向けた。


「嘘じゃないさ。ヨハネス王は、地獄帝国の皇帝であるルシフェルさまの片腕でもあるこの私を呼び出した。自分に王としての力を与え、最後の王にして欲しいと願ったのさ。その代わり、自分の魂と、自分の血を引く者の命を私に与えると」


「そんな、馬鹿な……」


 独り言のように呟いたのは、もはや誰のものか分からない。ヨハネス王は偉大なる王になることを望んでいた。与えられた祓魔の力を使い、呼び出したのは爵位を持つ上位の悪魔だった。


 その悪魔と交わした契約。望み通り、ヨハネス王は領地拡大に成功し、他国との関係も自国に優位になるように築き上げ、絶対的な王政を確立させた。間違いなく歴史に名を残すことになるだろう。


 しかし王は欲深かった。これから自分を超える王が現れるかもしれない。だから、願ったのだ。自分の跡を継ぐ者の命が消えることを。自分が未来永劫、絶対的な存在になるために。


 それを聞かされたからといって、易々と受け入れるわけにもいかない。ヴェステン方伯とノルデン方伯が先陣切って祓魔を試みるも、あっさりとその場に敗れる。相手は契約を交わしているうえ、格が違う。そう簡単に祓えるものでもなかった。絶望的な光景を目の前に、老齢のオステン方伯がようやく口を開く。


「ローザ嬢、いえズーデン方伯、下がっていてください。私の力で、どこまでできるか分かりませんが」


 一歩踏み出したオステン方伯をフェリックスは嘲笑う。


「やめておきな、老いぼれ。先のふたりを見ていたなら分かるだろ。お前に私は祓えない。私は祓魔の力を継いだこいつ自身に憑けるくらいだ。……さて、もうひとりの王子さまはどこかな?」


 息も絶え絶えで、臣下に保護されたフィリップを探そうと、フェリックスは視線を逸らした。そのときだ、今まで黙ったままだったローザがまっすぐとフェリックスの元に歩み寄る。これには虚を衝かれた表情でフェリックスもローザを見た。


「どうした、お嬢さん。お前もこのふたりのようにボロ雑巾になりたいのか?」


「私にあなたは祓えません」


 きっぱりと言い放ったローザにフェリックスは高笑いをする。それはフェリックスではない別の誰かのものだ。


「なら、どうした? 恋人に別れでも告げるのか? お嬢さん、こいつのいい人なんだろ?」


 その言葉にオステン方伯が驚いた顔でローザに目線を送った。しかし、ローザはまったく気にしない。まっすぐにフェリックスを見つめて、距離を縮めていく。この行動にはさすがにフェリックスも慌てた。警戒心を剥き出しにする表情の前で、ローザは静かに膝を折って、(ひざまず)く。


「フェリックス殿下、お会いできて光栄でした」


 そう言って立ち上がると、フェリックスの方に手を伸ばし、肩に手を置く。あまりにも意外な行動を前にフェリックスは動けなかった。


「ありがとう……カイン」


 泣きそうな顔のローザがフェリックスの瞳に映る。そして、次の瞬間、唇が重ねられた。時が止まったような静けさが部屋を包む。そして、フェリックスはローザを突き飛ばし、そのまま倒れ込んだ。


 オステン方伯は状況についていけないまま、とりあえずフェリックスに駆け寄る。気を失っているが、息はある。ほっとしてすぐに、彼に憑いていた悪魔がどうなったのかと危惧する。そして、ローザに視線を移すと、荒い息を繰り返し、蹲ってる姿が目に入った。


「馬鹿、な。この、私が」


 ローザの声ではない、なにかがその口から聞こえ、オステン方伯は目を見張った。しかしすぐにローザが自分の体を抱きしめるようにして、中のものを抑え込む。


「私は、祓うことはできない。けれどっ、私の中に、私の血が、あなたを縛る!」


 宣言するように声にすると、先ほどまで部屋に満ちていた邪悪な気配が明かりを落としたかのようにふっと消えた。まだ息が乱れたままのローザにオステン方伯が近づく。


「ローザ嬢、これはっ」


 思わず口を(つぐ)む。苦しそうにしているローザの瞳の色は紫だった。そして、いつもは合わない焦点がはっきりと自分と合う。


「私、どうして、目が」


 驚愕の色を浮かべながら、息を切らして立ち上がるローザの髪は、落ち着いた金色から銀色に変色していた。


「なんてことを。自分に悪魔を憑りつかせるなんて」


「大、丈夫です。でも、ごめんなさい。完全には……無理でした」


 そこでローザは辺りを見渡す。そして、覚束ない足取りで倒れているフェリックスの方に近づいた。その瞳は固く閉じられているが、息をしていることに安堵する。


 二度と見ることができないと思っていた顔を、こんな形で見ることになるなんて。ローザの想像よりも、ずっと端正な顔立ちで精悍さが滲み出ていた。真っ黒な髪を愛おし気に見つめていると、部屋から出てこないことを不審に思ったのか、家臣たちがドアを叩く音が響いた。弾かれたようにローザはオステン方伯に向き直る。


「オステン方伯、お願いがあるんです。時間がありません。どうか、私の指示に従っていただけませんか?」

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