読書
一人の男が本を読んでいた。
「何を読んでいるんです?」
僕は近づいて、そう質問をしてみた。
「本だ」
男はそっけなく答えた。
「そ、それは分かりますよ」
「ああ、つまりあれか、小説か、詩か、それとも学術書なのか、とか言う類のことか?」
ようやく、男は本から顔をあげて答えた。
「そうです」
「うーん。難しい質問だな」
「はい?」
「全て…と言えるかな」
思わず僕は覗きこんだ。それまで男が熱心に読んでいた本の頁は白紙であった。
「なにも書いてないじゃないですか!」
「そうだ。だが私には読める。読みたいと思ったものがね」
僕は何も言えなかった。
「今君、私の頭がおかしいのではないかと思ったね?」
「ま、まさか、そんなこと!」
図星だったので僕は焦った。
「いや、無理もないだろうな。さして気にはしないさ」
男は笑いながら言った。
「貴方にだけしか読むことのできない文字でも書いてあるのですか?」
「それも違うな…まあ、私は夢想家だからね。想像力というのはすばらしいものだよ。君も試すといい」
男はそれだけ言うと再び本の世界へ戻っていった。