先輩×後輩
はじめに、この作品に出逢ってくださり、ありがとうございます。この作品は、近頃多忙になった作者の息抜きに綴ったものです。そのため、作品に少々のムラがあるのもご了承いただければ幸いです。
さて、昨今では日本国内を問わず世界的にもバスケットボールの人気は低迷しています。当の作者もしばらくバスケから遠ざかっており、この作品を書くにあたり久しぶりに専門書や中継を見るようになった次第であります。そこで驚いたのですが、最近のバスケ選手の技はすごいです。現役時代、あんなプレーがしたかった。背が低かった作者には、夢のまた夢の話なのですが。
とは言え、某バスケ漫画のように動きの激しいバスケをテーマに設定することは避けました。あくまでこの作品は作者の「息抜き」で書いたものですので。この作品を読むみなさんにも、「息抜き」くらいの気持ちで軽く読んでいただけたらと思っています。作中に出てくる先輩―黒崎涼介と後輩―佐伯柚榎のちょっとかわった恋愛模様を楽しんでいただければ、それこそが作者として一番の喜びです。
それでは、どうぞお楽しみください。
試合終了のブザーが鳴った。
コートに転がったボールが静かに動きを止めた。
「82対40で城崎中の―」
私の役目は終わった。
これで私もやっと…。
コートに泣き崩れるかつてのチームメイトを他人事のように眺めていた。
「…さよなら…」
あれだけ酷使した右足はひどく傷むのに、私の心は涙すら流さなかった。
冷徹?
非道?
何とでも言えばいい。
私は一度も振り返ることなく、体育館を後にした。
それは、中学最後の夏のことだった。
そして季節は巡り、私は高校生になった。
「柚榎みっけ」
「うわっ」
背後から急に圧し掛かる重みに、私は思わず変な声を上げてしまった。
朝からツいてない。
自慢じゃないしむしろコンプレックスだけれど、私は普通の女の子より背が高い。
そんな私に背後から、しかも両腕を回して肩に顎を乗せてしまうくらい余裕なのは‘あの人’しかいない。
「毎回、毎回飽きませんね。黒崎先輩」
「柚榎もいい加減なれれば?」
「ムリです」
というより、嫌です。
とてつもなく嫌そうな顔を向ける私に、先輩は爽やかに笑った。
「何で先輩がここにいるんですか」
ここは靴箱で、しかも1年生の靴箱だ。
「柚榎がいたから」
あー、イライラする。
この微塵も悪いとは思っていない王子スマイルが特に腹立たしい。
朝の登校時間ともなれば人もたくさんいるわけで、こんな目立つことをしていれば人目にも当然つくわけで。
それが我が校の王子ともなれば、いろんな視線が向けられるわけで…。
「いい加減離れてくださいっ」
「いて」
痛い目見るくらいがちょうどいい。
私は先輩の腕をベリッと音が鳴りそうな勢いで剥がした。
「もう少し女らしい反応するとかないわけ?」
「先輩はもう少しTPOをわきまえたほうがいいと思います。それじゃ」
そのままスタスタと歩き出す。
これ以上関わっていたら今度は何をされるかわかったのもではないからだ。
「(何が王子だ。単なるセクハラ男じゃないか)」
普段あまりイライラしない私も先輩とのやり取りだけはイライラせずにいられない。
「おはよ…って、どうしたの?なんか凄く疲れてない?」
教室に入ると、心配そうにしながら瑛稀が声を掛けてくれた。
「おはよ、瑛稀。ついさっき靴箱のところで黒崎先輩に見つかっちゃって…」
「あ、それでか」
毎度毎度飽きないねと瑛稀も私に同意してくれる。
「他の子なら叫んじゃうくらい羨ましいことなんだろうけどね。ある意味贅沢な悩みって感じ?」
「どこが贅沢なのよ」
ありえない。
だってあの人は顔は…確かにカッコイイかもしれないけど、中身は100%セクハラでできてる。
この高校で一番モテるとか言われてて何人も告白されたことあるって噂。
ルックスだけでも女子から騒がれてるのに、バスケ部2年生のエースとくれば人気があって当然だ。
「もう2週間になる?黒崎先輩が柚榎にちょっかいかけるようになったのって」
「…あれ、出なきゃ良かったな」
「ふふ、自業自得でしょ?」
わかってる。
ちょっと気が向いたから参加しただけ。
でもそれが私の平穏な高校生活の転機となってしまったのは事実だ。
後悔せずにはいられない。
「(早く飽きてくれないかな…)」
私の期待は見事に打ち砕かれることになるなんて、この時はまだ嫌な予感くらいにしか捉えていなかった。
火曜日の放課後は図書委員の仕事がある。
私は広い図書館のカウンターでいつものように黙々と仕事をこなしていた。
「これはこっちで、これはあっち、と」
静かで平和。
これこそ私が求めていたエンジョイ高校生活だ。
図書委員になったのも、少しレトロな雰囲気があるこの図書館が気に入ったからだったりする。
私のお気に入りの場所。
放課後、図書館とくればあの人にだって会わなくて済む。
「うわー。ホントに図書委員だ。柚榎って実はネクラ?」
…ん?
今のは幻聴だよね。
だって今は放課後で、ここは図書館で。
「すげ。心の声全部漏れてるし」
「どうして先輩がいるんですかっ!」
「しーっ」
「…っ、」
ぴたりと唇に添えられる少し骨ばった長い人差し指。
さすがバスケ部。
手だけ大きいわけではなくて指も長い。
「って、そうじゃないでしょ!?」
小声で叫ぶ私を机で読書していた眼鏡の男子が嫌そうな目で見てくる。
「今日は部活休み」
間近に迫った今年の地区予選の為の休養だとか何とかで部活は休みになったらしい。
だからと言って、何て神出鬼没な人なんだ。
「それで?先輩が図書館にいるとかイメージ無いんですけど」
「来るよ。たまにだけど」
「へえー…」
こんなセクハラ男でも読書なんて崇高な趣味はあったのか。
何気に失礼な発想かと思ったけれど、いつもの態度を考えれば十分すぎるとさえ思えてしまった私も私なのだけど。
「佐伯さん。悪いけど、これの片付け頼まれてくれる?」
「あ、はい」
司書の先生から手渡されたカゴには返却された本がいくつか入っていた。
少し重いけど、カウンターに座って黒崎先輩の相手をするよりずっと楽だ。
私はカゴを両手で抱えてカウンターを出た。
「意外と力もち」
「筋肉質で悪かったですね。それから、私語は迷惑になりますので慎んでもらえます?」
つーんとそっぽを向いてシカトを決め込む黒崎先輩。
それには少しイラっときたけど、イラついてる場合じゃない。
木製のシックでモダンな階段を上がって二階閲覧室に上がる。
その間も何故か先輩はしっかりとついてきてはいたけれど。
私は何とか視界に入れないように努めて返却作業を始めた。
「(これは…あそこか)」
手にした分厚い装丁の本。
随分上の方の棚だけど、届かないことはない。
私はつま先立ちで精一杯腕を伸ばして一番上の棚へと本を持ち上げた。
こんな時、可愛らしい女の子なら苦労するんだろうけど、私の場合はこの身長が役に立つ。
「(…もう少し…)」
「貸してみ」
とん、と背中が何かに当たった。
反射的に振り返ろうとすれば覆いかぶさるように現れた影。
「あ、」
すっと伸びてきた手にひょいと奪われた本は、何の躊躇もなく元の棚に納められた。
その自然すぎる動きに目を奪われて、私は固まってしまった。
背は高いと思ってたけど、やっぱりこの人…。
「つか、ここであってんのコレ?」
ねぇと間近に顔を覗き込まれて、私はふと我に返る。
「あ、えと、あってます…」
「ん」
「…ありがとう、ございます」
「べつに」
背中に当たる本棚の感触。
覆いかぶさるように本棚に手をつく黒崎先輩とそこにすっぽりはまってしまった私。
なに…この体勢…。
すると、黒崎先輩はすごく優しい顔で笑って見せた。
「っ、」
「お、赤くなった」
「なってませんっ」
不覚にも私は顔に集まる熱を感じていた。
だっておかしい。
だって今、この人は笑っただけなのに…。
「は、早くそこ、どいてくださいっ…」
「なんで?いい眺めなのに」
すると調子に乗った黒崎先輩はさっきよりも身体を寄せてきた。
「なに焦ってんの?」
「(だから近いって!)」
私は一生懸命先輩の身体を押し返すけど、無力に等しい。
「このままキスしていい?」
ふっと耳元に寄せられた唇が熱い吐息を吐き出して甘く、低く囁く。
普通の女の子なら悲鳴でも上げたくなるような状況だけど、私にとっては逆の意味で悲鳴を上げたい気分だ。
「…調子になるなっ!」
「いてっ」
ぐいぐいと迫ってきていた先輩の悔しいけど綺麗な顔が寸前のところで痛みに歪んだ。
それは、私が思いっきり先輩の脛を蹴っ飛ばしたから。
そして、目の前の変態が怯んだ隙に私はさっと隙間を抜け出してカゴを抱えなおした。
「じ、自業自得ですっ」
少しは反省してください!
私は未だにうずくまる先輩をその場に残して返却作業に戻った。
「(…ホント、信じられないっ…)」
私の至福のひと時があんなセクハラ大魔神に侵略されるなんて。
やっぱり気分でアレに出たのは間違いだったんだ。
そんなことを思っている私を余所に、
「…あーあ、あの顔反則だろ」
なんて、先輩が呟いてたなんて恐ろしいことは私は気付かない。