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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

eviLence

作者: 蒼原悠






「……はーい、今出ますー」

 とたたっ、と駆けてきた少女は、鍵を二つとも外すとドアを開け放った。お買い物に出掛けていた母が帰ってきたと思ったのだ。

 だが。そこに立っていたのは、見知らぬ男の人だった。

「……えっ?」

 少女は思わず固まってしまう。

 青い帽子に制服。警察官だ。

「突然お邪魔して申し訳ない。警察だ。少々話を伺いたいんだけど、今時間は大丈夫かな?」

「けっ……警察……ですか?」

 こくん、と男の人は頷いた。何かを取り出すと、ちらりと少女に見せる。それは紛れもなく、警察手帳だった。

「事件か何か、起きたんですか?」

 そう問うと、警官は微かにため息をついた。

「実は、そのまさかでね。お隣にお住まいの舎人さんとは、面識はあるかな?」

「舎人のおばあちゃん? 私、仲良かったですけど……」

「そうだったのか……。いいかい、落ち着いて聞いてほしいんだ」

 頷いた方がいいような気がして、少女は小さく首を縦に振った。それを確認すると、警官はそっと告げた。

「舎人さんは昨夜遅く、遺体となって発見された」


「…………ぇ…………!」

 今度こそ、少女は完全に硬直した。

 おばあちゃんが死んじゃった。ウソだ、そんなの信じたくない。この人は、何を言っているんだろう。

 だめ押しをするように、警官は言葉を繋ぐ。

「この辺りの人から、血生臭い臭いがすると通報があってね。調べに向かったら、舎人さん宅の家の西側の窓が僅かに開いていたんだ。中に入ったところ、舎人さんは寝室で倒れていた」

「そんな…………おばあちゃんが……!」

 崩れゆく少女の顔の向こうから、少女の父が顔を出した。今日は日曜日、会社は休みだったのだ。

「──どうした、佳代。何かあったのか…………誰だ、あんた」

 それまで少女目線にしゃがんでいた警官は、すっと立ち上がる。「ご主人様でいらっしゃいますね。警察です」

「警察? ああ…………道理でさっきから辺りが騒がしいわけか。で、何の用です?」

 警官が言う前に、少女が父の足にしがみついて叫んだ。

「お父さん……! おばあちゃんが、舎人のおばあちゃんが死んじゃったって……!」

「えっ……!」

 思わず声を失う父。一瞬その言葉の意味が分からなかったが、泣き崩れる少女を見てはっきりと悟った。それは、事実なのだ。

「ご主人も、舎人さんの事はご存知でしたか」

「ご存知も何も……娘が普段仲良くさせていたので……」

「仲良く?」

「ええ」

 少女の頭を優しく撫でながら、父は静かな口調で答える。「舎人さんのおばあさんには、娘がもっと小さかった頃からお世話になっていましてね……。娘も色々貰ったりしていたようで……」

 警官の指がぴくっと動く。少女のしゃくり上げる声が、狭い玄関に響いた。

「おばあちゃん、いっつも私と遊んでくれた……! 私が欲しいもの、色々買ってくれた……! なのに、なのに……!」

「そうか……」

 警官も父に倣って、震える少女の頭を撫でてやった。「君は、何が好きだったんだい?」

「ぷ……プリキュアの、カード……! この前、すっごく可愛いのがあって、欲しいなって私言って……そしたらおばあちゃん、ほんとにくれたの……!」

「すぐそこに、東京サンシャイン銀行ってあるじゃないですか。あそこでプリキュアとのコラボイベントをやっているのを娘と見て、幟やら広告やらを見た娘は欲しい欲しいと言っていたんですよ……」

 父の声にも少女の声にも、もう元気は全くない。降って湧いた災難の衝撃は、それほどまでに大きかったのだ。

 この家族にとって、舎人さんのおばあさんとはどういう存在だったのだろう。知りたいような気もしたが、警官は心の中で首を振った。俺が知るべきは、そこじゃない。真実だ。

「おばあちゃん……おばあちゃん……っ!」

 止めどなく涙を流す少女の背中を、父はそっと押す。「中に入ってなさい、佳代」

「でも……っ」

「いいから。ほら」

 言われるがまま、少女は鼻を啜りながら廊下の奥へと消えていった。二人だけになった父と警官の間に、微妙な空気が流れ込む。


「……その、おばあちゃん──いえ美知子さんは、どんな風に亡くなられていたんですか」

 どうしても気になって、父は尋ねた。さっきから、どこか血腥い臭いがこの辺りを漂っているような気がしたのだ。

「それがですね、あまり詳しくは言えないのですが……かなり残忍な状況でして」

 ああ。その一言で、風景がぼんやり浮かび上がる。

「凶器は刃渡り十数センチの刃物と見られていますが、未だに見つかっておりません。死因ははっきりとは判明していませんが、どうも出血多量による失血死のようでして。事件直後はもう、それはそれは酷いもので……」

「犯人の目星はついてるんです……?」

「いえ、まだ。ただですね」

 警官は声をひそめた。

「実は先週末から、舎人さんは署に来られていましてね。二三度ほど泥棒に入られており、不安だという旨のことを仰っておられました」

「泥棒?」

「ええ」

 帽子を直すと、警官は警察手帳をめくる。「帰ってみたら小窓が開いている、という出来事が複数回あったそうなのです。確かに家中がひっくり返されていたんですが、キャッシュカードなどの肝心のモノは盗まれていなかったもので……。私も現場を見させていただいたんですが、私としてはむしろ施錠の甘い西側の窓の方がまずいと感じてはいたのですが。案の定、こんなことになってしまって……」

「何か、盗まれたんですか」

「いえ、今回は特に荒らされた様子もなく。ただ、前回確かにあったはずのキャッシュカードがなくなっていましてね。もしかしたら犯人は、それが目当てだったのではと我々は考えています」


 はぁ。

 ため息を漏らしたのは、どちらだっただろうか。


「念のためにお聞きしますが、昨日は皆さんはどこにいらっしゃいましたか?」

「休日だったので、家族三人で映画館に行っていました。チケット、持ってきましょうか」

「いえ、結構です。御協力いただき、ありがとうございました」

 小さく頷くと、父はゆっくりとドアを閉めた。









 ドアの閉まった家を見上げ、警官は溢した。

「分かったぞ。全てが…………」








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