あくと1
だいぶ遅れました。DQ10が悪いヨー!
生徒会室の空気は険悪だった。雄一郎の悪い予感が当たったのだ。まず、京がまりのに激しい口調で言う。
「なんでだよッ! なんで正式な部活として認められないんだよッ!」
まりのは冷たい視線を京に向ける。
「さっき、言ったとおりよ。もう新部活を認可できる時期は過ぎてるの」
そこに、ショートカットかつメガネをかけた一見クールな女性が、口を挟む。
「まあまあ、ウチが顧問になるよってに、ちょっとは融通きかせてもええやんか」
はんなりとした関西弁で話す彼女は、陶山陶子という名前で、雄一郎のクラスの担任だ。雄一郎がぜひにと言って、B食倶楽部の顧問になってもらうよう頼んだのだ。陶子は将棋部の顧問もしていたが、雄一郎の頼みを快く受け入れてくれたのだった。
「陶山先生。この私立美衆蘭高校では、部活は完全に生徒会の管理下に置かれています。例え教職員であっても口出しすることは望ましく思いません」
「そんなこと言うてもなあ……」
陶山先生の言葉を冷たくはねつけるまりのの様子に、もちろん雄一郎もいらだっている。
「おい、まりの」
「なにかしら?」
「なんか魂胆があるだろ」
雄一郎は生徒会長室の椅子に座る、まりのを睨みつけた。その瞳には静かな怒りが籠っている。まりのはその雄一郎の様子を見てくすくすと笑った。
「何がおかしい!」
「だって雄一郎の言うとおりだもの」
まったく否定しない。悪びれず、まりのは雄一郎の言葉を肯定した。
「どういうことだよッ! ユーイチロー?!」
雄一郎に激しく京が詰め寄る。
「まあまあ、ちょっと抑えようよ、みやちゃん」
困惑した表情の優美。その顔を見て、雄一郎はとてつもない罪悪感に襲われた。すべては自分のせいなのだ。まりのの考えていることは分かる。
「どうせ、正式な部活動として認めてもらいたければ、あの男と和解しろ、とでも言いたいんだろ!」
まりのは雄一郎の厳しい口調に眉一つ動かさない。
「そうよ、そのとおりよ」
雄一郎の、言葉を肯定するまりの。
「ええ? 雄一郎くんと生徒会長さんって、知り合いだったの?」
目をぱちくりさせて、優美は雄一郎の方を見やる。雄一郎は黙って頷いた。
「で、どうなのかしら? 清海さんと和解してくれれば、すぐにでも判子を捺すのだけど?」
そのまりのの様子に雄一郎は、思わず怒鳴りつけた。
「そんなことできるはずないだろう!」
「じゃあ、B食倶楽部は正式に部活と認められなくていいのね?」
「アタシたちは勝手にやるぜ!」
京がこぶしを握って言った。だが。
「それは無理ね」
「な、なんでなんだよ!」
「調理実習室の使用を禁止するわ。今まで勝手に使っていたようだけど」
ぐっ、と京は唇を噛みしめた様子だ。
「なあ、雄一郎、どうすんスか? このままじゃ……」
そう、勲の言うとおり、このままじゃ、B食倶楽部は夢まぼろしに終わってしまう。俺の帰るべき場所は、どこにもなくなってしまう。そうさせないためにどうするのか。雄一郎は、大脳をフル回転させる。そして一つ妙案を考えついた。
「……なあ、まりの」
「なにかしら? 雄一郎」
「一つだけ頼みがあるんだ」
「頼み?」
「俺たちがB級グルメを扱う部活にふさわしいところを見せたいんだ」
「回りくどいわ。はっきり言いなさい」
「俺たちと料理勝負しないか? B級グルメで料理勝負をな」
「ちょっと、勝手に決めんなよ、ユーイチロー!」
「これしか方法がないんだ」
「……分かったよ、ユーイチローの言うとおりだ。勝負だ勝負! 生徒会長さんよ!」
どうやら京も戦闘モードのようだ。しかし優美はおろおろした様子だった。雄一郎は落ち着いた低い声で優美に言った。
「安心しろ、遠井センパイ」
「雄一郎くん……」
優美が落ち着きを取り戻したのを確認して、雄一郎はまりのに言う。
「さあ、どうなんだ。まりの」
まりのは表情を崩さず答えた。
「料理勝負をして私になにか得でもあるのかしら?」
「あるさ。もしまりのが料理勝負に勝てば、俺はあの男に土下座でもなんでもする」
まりのはしばらく黙考する。雄一郎は唾を呑みこんだ。ここでまりのがNOと言えばどうしようもない。だが、彼女も料亭の娘で料理には一家言持っている。まりのが、雄一郎を料理勝負で負かせば、言うとおりにしてくれるというチャンスを見逃すはずはない。
「私が料理勝負に勝てば、本当に清海さんに謝ってくれるのね?」
念を押すまりのに、雄一郎ははっきりこう言った。
「ああ、男に二言はないぜ」
「分かったわ。勝負よ、雄一郎。で、何で勝負がいいかしら? B級グルメにはあまり詳しくないんだけど」
これが雄一郎が狙っていたことだ。確かにまりのは料亭の娘で、料理も得意なことは雄一郎も知っている。しかし、B級グルメについては深い造詣があるわけではないだろう。雄一郎も最初はそうだったが、今は違う。それにB級グルメに詳しいセンパイ達もいる。勝つチャンスは十分にある。
「それやったらウチが料理決めてええね?」
そう切り出したのは陶山先生だ。ナイス、と雄一郎は思った。少なくとも陶山先生は自分たちの味方だ。
「いいわ。陶山先生の好きなものに決めてくれるかしら」
「そやねえ。ソースかつ丼はどない?」
陶山先生が、そう提案した。
「そーすかつどん? 何かしら、それは。普通のかつ丼とは違うのかしら?」
雄一郎にもなじみのない料理だった。
「まあいろんなところにあるんやけど、長野県駒ケ根市や福井が有名やね。その名の通り、ソースで味付けしたかつ丼や」
「……まあ、後で調べてみるわ。審査員は、私のところから五人、そちらから五人でどうかしら?」
「オッケーや、うちの知り合いから五人選んどくわ。B食倶楽部側はそれでええのん?」
そうこちらに尋ねる陶山先生に、最初に答えたのは、京だった。
「それでいいぜ。ユウもオッケーだよな?」
「うん……」
やはり優美は不安げに答えた。
「安心しろ。俺たちは絶対に勝つ」
雄一郎は自信ありげに言う。そう言わないと優美がつぶれそうな気がしたからだ。だが彼女もB食倶楽部の成立自体危ういということは、不本意なことだろうと雄一郎は思う。本当は自分が素直に父親に謝るか、B食倶楽部を出て行けばいいことは分かっている。でも、それは雄一郎にできないことだった。
誰も雄一郎自身を責めないのが彼自身辛かった。だからこそ絶対に勝負に勝たねばならない、と雄一郎は思う。
「それじゃ、勝負は二日後、日曜日に調理実習室で行うことにするわ。いいわね?」
「ああ、分かった」
雄一郎は、いつになく本気だった。
負ければすべては終わる。どうしても勝たねば、いや勝つ。雄一郎の目の奥がキラリと光った……。
まりのを説得する手立てはあるのか? 雄一郎の策は?