あくと6
遅れました。DQ10が楽しすぎて……><
調理実習室に、四人の男女が集まっていた。もちろん雄一郎、優美、勲、そして京。仏頂面、と言ったらいいのだろうか。やはり京は機嫌の悪い様子で、雄一郎を睨みつけていた。
「ユウがどうしても、って言うから来てやったんだからな。本当は顔も見たくねーんだ」
雄一郎は冷たい水を顔に浴びせかけられた気がした。それでも、あきらめるわけにはいかない。
「遠井センパイの事情は、栗野センパイから聞きました。だから、俺、本当の横手焼きそばを、遠井センパイに食べさせたいんだ」
それを聞いて、京の表情が和らいだ。だがすぐに厳しい眼光で雄一郎を睨みつける。
「分かったよ……だけどな、アタシの舌は厳しいぞ? 半端なもん作ったら、床に投げつけるからな!」
「みやちゃん、それはちょっとさすがに言いすぎだよ?」
「ユウが言ったことでも聞けねー。これはアタシとユウイチローの勝負だ」
京の目は真剣だった。雄一郎は、やはり真剣な目で、そして静かな落ち着いた心で、京を見据えて言った。
「ああ、勝負だ」
雄一郎は、持ってきた材料を取り出す。まず、横手焼きそばに必要なのは麺だ。雄一郎が買ってきた麺は、横手焼きそばに適したものだった。
「その麺は、ユーイチロー。まさか」
「ネット通販で手に入れたんだよ。これだけはなかなか手に入りにくいからな」
太いストレートの茹で麺。これが横手焼きそばに使われる麺だ。ネット通販を使ったのは、ここらでは手に入りにくいものだったからだ。
「お、それ、独自のブレンドのソースだよな」
「ああ、単にネット通販で手に入れたやつを使うのは、遠井センパイに対して誠意がないし、俺独自の工夫も入れたかったからな」
「ユーイチロー……」
横手焼きそばの特徴の第二がこのソースだ。ボトルに入れられたそのソースは、横手焼きそばのことをネットで調べた雄一郎が、独自に作ったものだった。さまざまなウスターソースに、カツオのだし汁が加えられている。
そして豚ひき肉と、キャベツ、鶏卵。欠かせないものがもう一つ。福神漬けだ。その他青のりなどのトッピングも用意してある。
雄一郎は早速調理を始めることにする。まずはフライパンを熱するところからだ。そしてまず中火でひき肉を炒める。ひき肉が程よい具合に火が通ってきたところへ、食べやすい大きさに切ったキャベツを入れる。
キャベツがしんなりしてきたら、いよいよ麺のご登場だ。雄一郎は麺を入れると、そこへ少量の水を入れた。
雄一郎はちらりと京のほうを見ると、彼女の眼には怒気はもう無かった。
ここで、同時に、別のフライパンで目玉焼きを作りだす。油をひいて熱したフライパンに、卵を割り入れる。
麺がほぐれてきたのを確認した雄一郎は、そこへ雄一郎特製ブレンドソースを分量の半分注いだ。
全体にソースが絡んだのを確認すると、火を止めて、残りのソースを注ぎ混ぜ合わせる。汁気がまだ残っているが、それがまた横手焼きそばのポイントだ。
目玉焼きの方は、半熟。この焼きそばにとろっと黄身が絡むことによって美味しさを引き立てるのだ。
最後に皿に盛りつけ、そして目玉焼きを載せた。つけあわせとして福神漬けを少量。
「さ、食べてみてくれ、遠井センパイ」
京は、箸を手に取ると、テーブルに座り、そして横手焼きそばを食べ始める。雄一郎は固唾を飲んで、京の反応を待つ。
彼女の目から涙が零れ落ちる。そして一言つぶやいた。
「……めっちゃんめ」
「みやちゃん……」
優美がそう言って京の右肩に優しく手を置いた。
「――この卵の黄身が、太い麺と絡み合ってさ……そんで、出汁の効いたソースと程よく調和してる」
「俺の食べさせたのは、本物だったか?」
「グスッ……お父さんの食べさせてくれたやつとは違うよ。だけど……アタシの心に響いたよ。なあ、ユーイチロー。なんで、アタシにこれを食べさせようと思ったんだ?」
雄一郎は鼻の頭を掻いた。ちょっと照れくさかったからだ。
「遠井センパイと仲直りしたかったからさ」
その言葉を聞いて、涙を拭きながら京は微笑んだ。
「……アタシだって本当は仲良くしたかったさ。でも、ユウをお前に取られると思って……だってさ、ユーイチロー、あんなに料理上手いじゃん。だからアタシはいらないんだって。それに、父親から手紙が来てて、故郷のことが恋しくなってたのもあってさ、それで。あんなことしちゃって、ごめん! ユーイチロー」
突然の謝罪に雄一郎は少し戸惑いを覚えたが、彼女の気持ちは痛いほど分かった。そして自分の境遇と重ねあわせる。京は父親のことを慕っている。だから、自分と京はやはり違うのだ。
「みやちゃん。みんな仲良くが一番だよ」
「うん、そうだよな。ユーイチローの想い、届いたよ。でもさ、一つ聞きたいんだ、ユーイチロー」
その問いに、雄一郎はいぶかしんで尋ねた。
「何かまずいことでもあったか? 遠井センパイ」
「ユーイチロー。お前、家出とかしてるのか?」
「!?」
「普通の高校生は、あんなところに住んでないよな? アタシだって、母子家庭だけど、母親が頑張ってくれてる。けどさ、ユーイチローは」
「みやちゃん、それ以上はやめようよ」
どうやら、優美も雄一郎の家庭事情のことを、察していたらしかった。しかし、だからこそ京を止めたのだろう。そのことは雄一郎にも分かる。雄一郎は自分と父親の確執のことを、優美と京に話すべきか、少し迷っていた。正直人にあまり話したくないことでもある。
「なあ、この際ぶっちゃけたほうがいいんじゃね?」
その言葉は、勲から発せられたものだった。雄一郎の中学からの親友であり、悪友である彼は、よく事情が分かっている。やはり話すべきだろうと、雄一郎は決断した。
「分かったよ。俺の家のこと、話すよ。俺の父親、いや、もう親父とは呼びたくないが、あの美食桃源郷を経営している海原清海なんだ」
「えっ、あのでっかい料亭のかよ?」
京は目をまんまるくさせた。それにかまわず雄一郎は話を続けた。
「俺の母親は、小学生四年生の時に病気で死んだ。もともと体が弱くて、でもあの男はそれを知って母親をこきつかったんだ!」
激しい怒りの感情を露わにする雄一郎の姿に、優美と京は視線を落とした。
「そんな……ことって……」
優美は辛そうな顔をした。それは当然だろう。雄一郎の顔は自分でも分かるほどに憎悪に満ちていたからだ。
「ユーイチローも……家族のことで色々あったんだな……アタシはユーイチローに何かを言える立場じゃねーけど」
京も先ほど自分の家族のことを吐露したこともあるのだろうか、雄一郎の話を聞いて暗い面もちだ。
「ね。雄一郎くん」
「な、なんだ?」
優美の突然の呼びかけに雄一郎は戸惑う。そして次の言葉に雄一郎は絶句した。
「……わたしも、小さいころに母親亡くしてて、お父さんと二人暮らしなんだ。雄一郎くんみたいにお父さんのことは憎んでないけど……みんな家庭のことで色々あるんだって。だからB食倶楽部がアットホームなクラブになればいいって思うの。どうかな?」
そう、優美も母親を早くに亡くしていたのだ。雄一郎と同じだった。だけれども、優美は父親を憎んではいない。雄一郎は父親を憎んでいる。その差は大きいと、雄一郎は思う。京に至っては、父親を恋しく思っている。三者三様、家庭事情に問題を抱えていても、中身は違う。それでも、雄一郎は優美の言うとおり、B食倶楽部が帰るべきところへしたかった。アットホーム。今の彼にとって、美食桃源郷は帰るべき場所ではない。こここそ――B食倶楽部こそ帰るべき場所に。
「ああ、いいと思う。だってさ、俺はあの甲府鳥もつ煮を栗野センパイに食べさせてもらったときに、どこか懐かしい味がしたんだ。だからB食倶楽部を俺たちの帰るべき場所にしようぜ」
雄一郎の言葉に、優美は嬉しそうに頷いた。
「うん、アットホームなところにね!」
「でもやっぱあんまユウにべたべたすんじゃねーぞ! それは、アタシは認めてねーからな! ユウイチローのことは認めたけどな」
そう言いながらも、京の顔は笑っている。とても嬉しそうな様子で。
「オレは? オレ、普通に両親そろって、幸せ家族なんですけど?」
鼻の頭をぽりぽり掻きながら、勲がつぶやく。
「そんなのは関係ないと思うんだ。勲くんもわたしたちの仲間だよ。みんな仲良しで楽しい倶楽部にしようね!」
「そうだぜ、イサム。アタシたちは同志じゃん! さあ、ユーイチロー! みんなの分の横手焼きそばも作るからさ、手伝ってくれよ」
「あ、ああ」
「わたしも手伝うよ、みんなで作ろうよ! 材料はまだあるんだし!」
「へへ、そうだな、みんな仲間なんだよな。よしオレの料理の腕、見せてやるっす!」
その勲の言葉に雄一郎がすかさずこう突っこんだ。
「お前、料理下手だろ。特訓だな」
「ちょ、ちょっと、それは言わない約束っすよ!」
調理実習室に笑い声が響き渡った。
――そう、俺たちのホーム(帰るべき場所)はここだ。
雄一郎は笑いながら、そう思っていた。みんなもそう思っているだろうことを信じて……。
次で第一章は終わりです。横手焼きそば、まじ美味いっすよ? みんなも機会があれば食べてみてね!