あくと5
すみません>< べつのところにアップしてしまってましたww
「よお、雄一郎。シケた顔して、どうしたんだよ。昨日はあんなにご機嫌だったじゃないか」
得道にもはっきりと雄一郎が落ち込んでいるのが分かるらしい。
「なんでもねえよ」
実際には何でもないことはなかった。当たり前だ。京の心を、どうやったら開くことができるのか。
もう止めよう。あそこに自分はいるべきではないんだ、とまで思えてくる。
雄一郎は二階の自室に戻って、カバンも制服も投げ出して、ベッドの上に転がった。
せっかく居場所を見つけたのに、それを失ってしまったのだろうか? 雄一郎は自問自答する。高校生活はきっと退屈なまま過ぎていくのだろう。
それでもいいのだ。あの男と顔を合わさなくなっただけでも、いいのだ。だけれども、やはり雄一郎はB食倶楽部に未練があった。
意識が遠のいていく。もう、このまま寝よう、と雄一郎が思った瞬間。
「おーい、雄一郎! 女の子が訪ねてきてるぞ!」
雄一郎の意識が現実に戻されていく。もしかして京なのだろうか、と起き上がった。そして駆け足で階段を下りていく。
あばかぶの入口に立っていたのは、京ではなかった。だが、意外な人物だった。
「雄一郎くん……」
そう心配そうに口を開いた女の子。栗野優美。
「どうして……ここに?」
「勲くんに訊いて、雄一郎くんの家がここだって……」
雄一郎はそういうことを訊きたかったわけではないが、どうやら、心配して来てくれたらしい。
「ここに立ってるのもなんだから、お茶でも飲みながら話そう」
優美が頷くのを見て、雄一郎は窓側のテーブルに彼女を案内する。客は数人、と言ったところ。アニソンが鳴り響いているが、それが目的ではなく、ここの水出しコーヒー目当てで来ている常連さんたちだ。
雄一郎と優美はテーブルに向かい合って座る。すると、得道が何も言わずにコーヒーを出してきた。
「あ、ごめんね。わたしコーヒー飲めないんだ」
「すまねえな、嬢ちゃん。じゃあとっておきのダージリンを出そうか。雄一郎の友達みてえだしな。ゆっくり話してるといいさ。そのうちに紅茶はできてるからな」
「あ、ありがとー」
少しすまなさげに、優美は得道に礼を言う。
ここはコーヒーだけの店ではない。得道は見事なティーセットもたくさん持っているのだ。マイセンのティーセットのコレクションが、棚の中に収められている。そして茶葉もインドから直輸入だ。コーヒーにもこだわり、紅茶にもこだわる得道は節操がないと言う人もいるが、あらゆるものにこだわりたいのが得道という男なのだった。
雄一郎は、得道がカウンターの中へ戻っていくのを見てから、話を始める。
「遠井センパイのことで、来たんだよな?」
優美はその言葉に黙って頷く。
「どうして遠井センパイが怒ったのか、栗野センパイには察しがついてるから来たんじゃないのか?」
優美は、また黙って頷いた。
「どういうことがあったのか、教えてくれないか?」
「うん……実はね。みやちゃん、秋田に住んでいる父親から、手紙が届いたって言ってたの」
京がこのあばかぶに来たとき、彼女はそう言っていた。京がここに以前来たことを、雄一郎は優美に言おうか言うまいか逡巡した。そして言うことに決めた。
「あのさ、初めて栗野センパイと知り合ったその日、遠井センパイが訪ねてきて、それで、秋田出身ってことは聞いたんだ」
「そうなんだ……でも詳しいことは聞いてないんだよね?」
「ああ。でも両親が離婚してたってことは言ってたな」
「うん、それでね、今みやちゃんは、母親と二人暮らしなんだけどね。でも、みやちゃん、父親のことも大好きなんだ。だから、手紙が来て、秋田のことを懐かしく思って、それで気持ちが不安定になったんだってわたしは思うんだ」
そこへ、得道がマイセンのティーポットと、ティーカップを持ってくる。彼は、ポットから最後の一滴までお茶をカップに注いだ。
心を落ち着かせるため、雄一郎はお茶を啜った。
「どうしたらいいんだろう。俺」
「わたし、みやちゃんを説得するよ!」
「余計頑なになるだけさ」
「……」
沈黙が重かった。そこへ雄一郎は京の言葉を思い出していた。彼女は秋田の横手出身だった。そして父親が食堂を経営していて、いつも横手焼きそばを食べていたと。だからこそ京はB食倶楽部に入ったのかもしれない。いやそうに違いなかった。
思い出を食べて人は生きてはいけない。でも思い出の食べ物なら食べることはできる。
「なあ、俺さ、遠井センパイに俺が作った横手やきそばを食べさせようと思うんだ」
「えっ? みやちゃん、そこまで話してたんだ」
意外だ、という風な様子の優美。
京は雄一郎の家庭事情をきっと察していたに違いない。雄一郎の家庭環境がおかしいのは、ここに住んでいるだけで明らかだ。家族の匂いが、ここにはしない。だからこそ、雄一郎に自分の家庭環境のことを話したのだろう。
だからこそ、雄一郎は京と仲良くなりたいと思った。だからこそ、雄一郎は京に横手焼きそばを作ってやろうと思ったのだ。余計なおせっかいかもしれない。ますます嫌われるかもしれない。これは賭けだった。
「ああ、あの時話してくれた。だから本物の横手焼きそばを食べさせてあげたいんだ、遠井センパイに」
「分かったよ、雄一郎くん。わたし、みやちゃんに話してくる。でも」
「ダメだったらそれまでだ。俺は、横手焼きそばについて調べて、試しに作ってみる」
雄一郎の本気を察したのか、黙って優美は頷いた。
――B級グルメで遠井センパイの心を開いてみせるぜ。
雄一郎の目の奥がキラリと光った。
優美が遠井センパイに話をしに行った後、雄一郎は、二階の自分の部屋でノートパソコンを立ち上げた。もちろん横手焼きそばについて調べるためだ。話には聞いたことはあるが、単純に焼きそばの上に目玉焼きを載せたものではない、ということが分かった。
やはりB級グルメは奥が深い。改めて雄一郎は実感する。京に下手なものは食べさせられない。雄一郎は実際に作ってみようと、材料を買いに行くことにする。
「得道さん、俺、ちょっと買い物行ってくる」
本物の横手焼きそばを作るために。雄一郎は奔走するのであった。
横手焼きそばってよく宣伝してる店は本物じゃないって言われてますが、どうなのでしょうね。僕はB1で食べました。