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Bしょっく!  作者: ひぐるま もえき
第一章 愛の横手やきそば
5/11

あくと4

DQ10おそるべし……。更新遅れました。

 調理実習室は、普通の教室とは違った校舎にあった。窓から見える桜の木は葉桜で、春の陽光が柔らかく射し込んできている。

 ここに、B食倶楽部の面々が今、集まっているのだった。まだ正式に部活として認められていないが、一応部長は栗野優美。副部長は遠井京となっている。雄一郎と勲は仮入部みたいな扱いだった。

「さ、材料はわたしたちが揃えてきたよ」

 調理実習室には基本調味料は用意されている。が、それを使うわけにはいかない。そもそも正式な部活動として認められていないので、すべて自腹だ。それを全部優美と京に負担させるのは、雄一郎にとって気兼ねすることだった。

「俺、いくらか払うよ」

「あったりめーだろ。調味料だって安かぁねえんだぜ?」

「みやちゃん、いいよ。今日はB級グルメを作る楽しみを二人に知ってほしいから、今回は特別ね」

 天使スマイルの優美に対して、やはり京の雄一郎に対する態度はあまりフレンドリーなものとはいえなかった。

 雄一郎の目の前の複数のキッチンペーパーが敷かれた皿には、鳥もつのいろんな部分が分けられて置かれている。

 ハート型が二つ、それが白く細いひも状のもので繋がっているのは、レバーだ。

 そして、同じような白いもので、玉状のものが二つくっついているのが砂肝。

 やはりハート状だが、一個なのがハツ。

 そして細長いヒモのようなものが、ひもと呼ばれる小腸。

 まるっこい、それこそ卵の黄身のかたまりのようなものがキンカン。

「よく、こんなものが手に入ったな。色から見て上物じゃないか。うちの店、いや、なんでもない」

「うちの店?」

 優美が問い返す。

「なんでもないって」

 うちの店、とはもちろん『美食桃源郷』のことだ。鳥のモツは、こういうB級グルメには使わないが、他の料理に使うことがある。鉄板で鶏のあらゆる部分を焼く、鶏鍋をすることがあるからだ。だが、そういうことは優美に言いたくなかった。家庭の事情を深く突っ込まれたくなかった。

「まあ、ひもとかキンカンとかは普通手に入らないよな」

 勲は、鶏のモツをもの珍しそうに見ている。普通の人が見かける部位は、レバーと砂肝、そしてハツくらいだろう。しかも調理しているものは見かけてもこういう生の臓物を見るのは、よく料理をする人でないと経験できないことだった。

「……アタシの父親が送ってきたんだよ。ちゃんとチルドパックにしてさ。まあ甲府の鶏とは違うけどさ、比内地鶏って言うんだ」

 どこか寂しげな様子の京。

「さ、さっそく下ごしらえしようよ」

 優美は京の様子に気づいているだろうか、と雄一郎は思った。しかし優美と京、二人は親友同士だ。だからたぶんあえて言わないようにしているのだろう。

 まず優美が、レバーの下ごしらえを始めた。

「俺はハツの下処理をやるよ」

 ハツを半分に切り、血の塊を取っていく雄一郎。その巧みさに、優美が思わず感嘆の声を上げた。

「すごーい。雄一郎くん、料理上手いんだ~」

「ま、まあな」

 少し照れながら、雄一郎は下処理を続けていく。ちなみに包丁はこの調理実習室にある洋包丁だ。皿も学校の備品である。調理器具は使うことを家庭科の先生に頼んで許してもらったらしい。

 京のほうはといえば、黙々とヒモの下ごしらえをしている。長いものなので三センチくらいに切り分けているのだ。

「そんなに上手いのは家でも料理しているんだね、雄一郎くん」

「あ、ああ」

 他の人相手だったら、雄一郎は怒鳴っていたかもしれない。ただ、優美相手に怒鳴る気にはなれなかった。だから適当に相槌を打った。

「料理って楽しいよね!」

「そ、そうだな」

 確かにみんなでこうやって料理するのは、雄一郎にとって楽しいものだった。あの父親が母に強いたものとは正反対のものだ。

「おい、雄一郎。いいなあ。さっそく部長のハートがっしりつかんでるじゃん」

「そんなんじゃない」

 モツの下処理が終われば、モツを煮込む段階だ。

「まずねー、あっ」

「こうだろ?」

 優美が言い終わらないうちに、雄一郎はフライパンをガスレンジに載せると、あらかじめ用意されていた調味料を目分量で入れていく。

「ちょ、ユーイチロー!」

 思わず京が声を上げるのも当然だろう。普通こういった料理をするときは、目分量ではなくしっかりと計量して調味料を使うべきだ。しかし雄一郎は天才的な料理の勘があった。これは呪われし才能だ、と雄一郎は思っている。そしてもう一つ。雄一郎は昨日インターネットで、甲府鳥もつ煮について調べたとき、四人分にどれだけの分量の調味料を使うか把握していた。だから雄一郎は、こうやって目分量で調味料を入れることができたのだった。

「大丈夫だ。俺に任せとけ」

 かつ、最初から火は強火にしておく雄一郎に、他のみんなが目を見張った。

「すげえ、手際いいな。さすがはあの」

「言うな」

 雄一郎の家庭の事情について、勲は知っている。

「ご、ごめん」

「なんかあるの?」

 優美がいぶかしげな顔をして、雄一郎に訊いてくる。

「なんでもないさ。さ、そろそろ鳥モツ入れてもいいんじゃないか」

「う、うん」

 タレから泡がぷつぷつと音を立てて噴き出している。そこへ、下ごしらえをした鳥モツを入れる優美。

「なんか、本当にすごいね。雄一郎くん」

「……」

 雄一郎は顔を赤くする。なにか照れくさい。他の人にそう言われても、こんな感情にはならないだろう。だけれども、優美にはどこか人の心を開く何かがあった。

「おい、ユーイチロー! フライパンよく見とけよ!」

「お、おう」

 相変わらず京の雄一郎に対する態度は厳しい。それほどまでに自分が優美と仲良くなるのが嫌なのだろうか、と雄一郎は少し京がうざったく思えてくる。

 それはともかくとして、ここで、ちゃんと蓋をしておかねばならない。雄一郎はちょっとフライパンの中をかき混ぜて、蓋をし、そして火の加減は強火のまま、煮詰めていく。ときどき蓋を開けてはかき混ぜる。

 いい匂いが調理実習室に漂う。

「ねえねえ、雄一郎くん。そろそろいいんじゃないかな?」

「あ、ああ」

 なんだか新婚夫婦みたいだった。他二人がいなければの話だが。阿吽の呼吸で、雄一郎は蓋を開け、モツとタレを絡める感じでかき混ぜていく。焦がしたらアウトだ。周りの縁にタレがこびりついたところで完成だ。

「できたぜ」

 雄一郎は、レタスの敷かれた皿に、完成した鳥もつ煮を盛り付けていく。照り輝く鳥もつは、宝石のようだ。

 みんなで調理実習室のテーブルに座って、さっそくできた鳥もつ煮を試食する。

「うめー!」

 勲が感嘆の声を上げた。

「本当だよ、雄一郎くん! 初めて、なんだよね?」

 優美も嬉しそうに、鳥もつ煮を食べて言った。

「あ、ああ」

「みやちゃん、本当に美味しいよね」

「……」

 京の様子がおかしい。鳥もつ煮を食べた後、うつむいて黙っていた。

「どうしたの? みやちゃん?」

そして、悲しそうなのか怒っているのか分からないような、何とも言えない顔で優美に言った。「そうだな。美味しいよ……アタシなんかが作るより、な」

優美が戸惑った表情をする。

「みやちゃん、あ……」

 京は突然立ち上がる。そして、顔を雄一郎の方に向けた。その眼には涙が光っていることを確認して、雄一郎は動揺した。

「アタシはB食倶楽部にいらねーってことじゃん。分かった、アタシは決めた。ユーイチローはこの部活にはいらねー。イサムもいらねー。アタシと、ユウだけでいいんだ!」

 涙を流しながら、怒気を含んだ口調で、雄一郎と勲の存在を否定する京。

「お、俺はそんなつもりじゃ……」

「出てけよ! 出てけ!」

「みやちゃん、やめてよ!」

「ユウまで……分かった。アタシが出てく!」

 雄一郎の言葉はおろか、優美の言葉も彼女には届かないようだった。そして、京は調理実習室を出ていく。雄一郎はそれをどうすることもできなかった。

「みやちゃん……」

 心配げな優美の声。雄一郎は黙って調理実習室を出て行こうとした。

「……俺が悪いんだろうか。俺は……どうすれば」

「雄一郎くん!」

「雄一郎!」

 優美の声も勲の声も、ただ雄一郎の心にむなしく響いていた。

 本当にどうすればいいのか、雄一郎には分からない。彼の料理の腕が良すぎたのが悪かったのだろうか、それとも他に理由があるのか。

 あばかぶに訪ねてきたときは、そこまで雄一郎を否定する雰囲気ではなかった。

 だったら、あの後なにかあったのだろうか。

 自問自答しながら、雄一郎は家路についた。

さて、雄一郎はここからどうやって京に認められるのか?

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