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Bしょっく!  作者: ひぐるま もえき
第一章 愛の横手やきそば
2/11

act1

 雄一郎の意識はとある香りによって目覚めさせられていた。醤油の焦げた香り。砂糖の香りもする。保健室独特の薬の香りに混じってその香りはしっかりと彼には感じられる。

 そして彼はゆっくりと目を開けた。

「お、よかった。このままお前は目覚めないかと思ってさ」

 少し脱色し、さらにちくちくとげとげまるでウニのように髪をセットしている少年が目覚めた雄一郎に最初に声をかけてきた。雄一郎は体を起こして、その少年を睨みつけた。

 彼は雄一郎の悪友である、金城(きんじょう)(いさむ)だ。

「お前のせいだろ。俺がこんな目に遭ったのは」

「ごめんな。でもさ、おかげでほら、美人さんも二人見舞いに来てくれたぜ」

 勲の言うとおり、二人の女子が雄一郎を見つめている。

 一人は目のぱっちりした女の子。

 丹波栗の中のような栗色をしたセミロングの髪。身長はかなり低い。だけれども、スタイルは抜群だった。なるほど純一郎に勲が言ったとおりの巨乳だった。ただ、そんなことは雄一郎にとっては重要ではない。

 どこかであった気がするのだ。そうだ、雰囲気がおふくろに似ている、と雄一郎は思った。マザコンと言われれば、肯定するしかない。彼にとって母親は本当に大事な存在だった。その母親にその女の子はどこか似ていた。

 もう一人の女の子はといえば、茶髪のカールがかったロングヘア。こちらは、天津甘栗の中身の栗色と言ったほうがいいだろうか? ちょっと釣り目がちで、背はかなり高い。胸はやはり勲が言ったとおり圧倒されるくらいのボリュームだ。

「大丈夫? 頭思いっきり打ったみたいだから心配したんだよ」

 おっとりぽわぽわした口調で、ちっちゃい方の女の子が言った。

「大丈夫だろ、アタシなんかガキのころさんざ転んだけど、この通りピンピンしてるぜ?」

 おっきい方の女の子はちょっと男っぽい口調だ。

「あ、ああ。大丈夫」

「よかったぁ、わたし、本当に心配してたんだ」

「ありがとうな」

 こう心配されては雄一郎も恐縮してしまう。

「ユウは優しいなあ。ま、アタシはあまり心配してないけどなっ」

「あ、紹介するよ。二人がオレがお前を連れて行こうとしたあの部活の部員でさ、栗野センパイと、遠井センパイ」

栗野優美くりのゆうみだよ。よろしくね」

 ちっちゃい方の女の子はそう雄一郎に自己紹介をした。

「アタシは遠井京とおいみやこ

 無愛想な様子で、大きい方の女の子も自己紹介する。

 だいたい、どうして雄一郎が保健室で休養する羽目になったか? それは、勲がこの先輩たちの部活の部室である調理実習室にむりやり引っ張られて連れていかれようとして、ちょうどその部屋の前の廊下ですっころんだからだった。だから雄一郎は勲に『お前のせい』だと言ったのだ。

 とりあえず、雄一郎も自己紹介することにした。

「俺は、海山雄一郎。それはそうと、この香りって……醤油と砂糖の……」

「あ、気がついた?」

 優美が、それはそれはうれしそうに瞳を輝かせながら答える。

「まあ、な」

 雄一郎は嗅覚が人一倍良い。それは彼にとってある意味恨めしい能力だった。彼が憎む父からの遺伝だろうと思っているからだ。

「雄一郎くんが目覚めたらご馳走しようと思って持ってきてるの。その料理。なんだと思う?」

 優美の質問に、雄一郎は少し黙考する。

 この匂い、照り焼きの匂いというのは分かる。どういう調味料を使っているかも分かる。ただ、どういう料理か、となるところまで行くと推測が難しい。

「うーん」

「分からないかなぁ? ヒントをあげるね。これはB級グルメの一つなんだ」

 B級グルメと言えば、最近話題になっている、地元の食材を使ったり、その地域独特の調理で作られた料理のことだ。雄一郎は今までさんざん父親から、食の英才教育を受けてきた。だが、B級グルメは今まで食べたことはない。フグもスッポンもフォワグラもフカヒレも、ありとあらゆる高級食材を食べてきた彼。高校一年生で普通こういった人はいないだろう。

 いくら英才教育を受けても分からないものは分からない。でもテレビや雑誌で取り上げられたものを見たことはある。その中でこの香りを出せそうなものを、雄一郎は考えた。

 一つ、彼が思い当たったものがあった。あれなら醤油の焦げた香りがするはずだ。

「あ、甲府の鶏もつ煮?」

「あったり~! みやちゃんみやちゃん、出してあげて」

 優美がニッコリと微笑んで言うと同時に、京がついたての隙間から、鉢を差し出した。

「ユウが一生懸命作ったんだからな、まずいなんて言わせねえぞ?」

 それをいつも母に言っていたのは俺の父親だ、と雄一郎は思ったがそれは言わないことにした。その差し出された鉢を優美が手に取ると、雄一郎に見せる。

 中には、つやつやと照り輝く鶏のモツ煮が入っていた。レバー、砂肝、ハツ(心臓)、そして生み出される前の鶏の卵黄であるキンカンが入っている。まだアツアツで、なんともいえない食欲をそそる香りがしている。一般的なモツ煮と違うところは、汁だくではないところだった。

「さ、食べて食べて!」

 優美にモツ煮の入った鉢と、箸を手渡され、さっそく雄一郎は味わってみることにした。

 飴色に美しく輝く鳥モツの小片を、口の中に放り込んでみれば、何とも言えない馥郁たる香りが雄一郎の口の中に広がる。ひとかみふたかみ、どうやらこれは砂肝らしい。こりこりとしたなんとも言えない食感。けしてお上品な味ではない。情熱的で官能的な味だ。ハツも、レバーも、そしてキンカンの独特の歯触りと旨みも、雄一郎にとっては初体験の味だった。

「美味い……」

 ただ一言、雄一郎はつぶやいた。

「よかったぁ。気に入ってくれたんだね」

「久々に美味いものを食べた。栗野センパイの部活って料理部なんだな」

「ちげーよ!」

 京が否定する。

「だってさ、調理実習室が部室で、料理を作る部活ってそれしかないんじゃないのか?」

「チッチッチッ。違うんだな、雄一郎。栗野センパイの部活はただの料理部じゃないのさ」

 思わせぶりに勲が言った。

「わたしたちの部活は、と言ってもまだ正式に部活と認められてないんだけど。なんと、あのB級グルメを専門に取り扱ってる部活なんだ」

「なるほど、だから甲府鳥もつ煮を食べさせてくれたんだな」

「美味いだろ! だからさ、雄一郎をこの部活に誘ったんだよ」

 勲はそう言ったが、雄一郎には分かっていた。この二人のセンパイの胸が大きい、だから勲はホイホイこの部活に誘われたんだと。

「……」

 雄一郎はしばらく沈思していた。彼は美食を憎んでいた。それでも食べ物の味にこだわらざるを得ない自分自身が嫌になる時もあった。

 そこにこの甲府鳥もつ煮である。

 けして上品な味じゃない。最近もてはやされてきているB級グルメ。だがそれはもともと地域の人に親しまれてきた味のはずだ。それを実際に作るという部活。

 はっきり言って雄一郎はすごく好奇心をそそられた。それよりなにより彼は優美にもどこか惹かれていた。

「俺でよければ、いや、この部活に入れてくれ!」

 優美の顔がぱあっと明るくなる。

「よかったぁ、この学校の部活の規定、決まってるでしょ? 四人揃わなきゃ部活として認められないんだ」

 一方の京は機嫌がよろしくないようだ。

「アタシは気に入らねーな。なんかこいつユウに変な気持ち持ってるんじゃねーの?」

「そ、そんなことはない。純粋にな、B級グルメに興味持ったんだ」

「ちょっと動揺してね?」

 確かに優美に、特別な感情を抱いてしまったのは確かだったが、B級グルメに興味を持ったことも事実だった。

「もう、みやちゃん。そういうこと言っちゃダメだよ?」

「…………」

 京はどうやら、雄一郎がこの部活に関わるのが嫌なようだった。

「ちなみにまだこの部活の、いやまだ同好会かな。名前教えてなかったな」

 そういえば、勲の言うとおりだった。彼は雄一郎に「いい部活あるんだけど、寄ってかない?」などと無理やり引っ張ってきて、部活の詳細どころか名前すら教えてくれなかったのだった。

「この部活の名前はねぇ、B食倶楽部だよ。B級グルメを自分でも作ってみようって趣旨のクラブ。いい名前でしょ?」

 優美の言うとおり、いい名前だ、と雄一郎は思った。

 B食倶楽部。

 自分はこのクラブでどういう経験をしていくのだろう。そしてこの部活に入るのは清海へのあてつけでもある。雄一郎はあんな堅苦しい、高級美食の世界は嫌だった。それよりもいろいろと可能性のある、B級グルメを自分で作ってみるのも悪くないと思った。

「やっぱアタシは認めねー。こいつ、なんかやっぱりユウに手を出しそうじゃん」

 むすっとした様子で言う京。

「みやちゃん!」

「じゃ、じゃあさ、仮入部ってことでいいんじゃない? というかまだ正式に部活動として認めれてないしさ」

 勲がそう言うと、しばらく京は考えて、こう言った。

「分かったよ、そこまで言うんじゃしかたねーな。でもな、ユウに手を出したらアタシが許さねーからな!」

 どこまでも雄一郎に敵対的な京なのだった。

「じゃあ明日は、雄一郎くんにも甲府鳥もつ煮作ってもらうね」

「ああ、分かった。がんばるぜ!」

「じゃ、アタシは正式に部活として認めてもらうための書類書いて出しとくわ」

「こいつに任せていいのか?」

 雄一郎がツッコむと、京の表情が鬼のようになった。

「うっさいな! アタシを舐めんなし!」

「わ、わかった」

 B食倶楽部。

 それは雄一郎にとってのすべての始まりなのだろう。

 そして雄一郎にとって、栗野優美はなにやら気になる存在だった。京に釘を刺されているが、もっと優美のことを知りたい、仲良くなりたいと思った。それはほのかな恋心なのだろうか? 一目惚れというやつなのだろうか? それにしてはどこかで会った気がしていた。母親にどこか似ているところもある。そのせいだろうか? ともかく、どうやって優美ともっと親密になれるか。それは雄一郎にとっての課題だった。

ちなみに甲府鳥もつ煮については、ネットで調べて味とか想像したものです。食べてみたいものですがね。後に出てくる厚木シロコロ焼きと、横手やきそば、ソースかつ丼は食べたことがあるので、それを元に描写したいと思います。

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