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桃色の瞳の少年  作者: 芥屋
第一章
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環の日常4・誰かの執怒

「くそ! くそ! くそ! くそぉおお!」

 激怒の叫びと共にガコガコと激しい反響音が資料準備室に響く。空虚なまでに行き場の無いその音は灯りの僅かな部屋で怪しくも激しく鳴くが、無人の部屋でその音に気付く者は居ない。

 気付く者が居ない、それが目的なのだ。数学教師は人気のないこの資料準備室でスチール製の引き出しを激しく蹴り続ける。成人として完成されたその巨体の繰り出す蹴りには十分な力が込められていてスチール製の引き出しが一撃を受け止める度にグシャリと形が変わっていく。

 それと同時に激しい反響音が響くのだが、誰も反応する者は居ない。

 この資料準備室は文科系の部活や物置代わりに使われる別棟にあり昼休憩の時間帯には生徒はおろか教師すらあまり寄り付かない。

 数学教師はそれを踏まえた上で今の自分の行為を行っている。ここならどれだけ自分の内面をさらけ出してもバレはしない、それを読みかつ部屋に鍵をかけ完全に人払いをした上で怒りをつま先に込め、ぶつける。

「あぁくそ! ムカつく、ムカつく、ムカつくんだよぉ!!」

 ヒステリックにも似た激怒の叫びが木霊したと共に大きな蹴りが引き出しにめり込むと、それは完全に原型を無くし最早スクラップとしか言えない物となった。

 肩で息を整えながら数学教師はそれを見て小さく舌打ちをする。そして脳裏で理事長の言葉を再生する。

『困るんだよねぇ、惚条君の件に関してはずっと前に会議で説明したよね? 彼は体調の都合で食事に関しては仕方ない、と』

 それを再生し、今度は足裏で潰す様に引き出しを蹴りを入れる。

『保健室に行かせる? 駄目駄目。別にうるさかったり匂いが充満するとかじゃないんでしょ?』

『え、他の生徒に示しがつかない? 私もたまに覗いたりしてるが他の子達が迷惑そうにしてる様子はなかったじゃないか。他の先生達にも聞いたが授業が乱れた事はないらしいよ。ざわついても直ぐに収まるから問題ないって』

『保護者の方にも私や担任の先生から説明をして納得してもらっている。現状、彼に不満を持っているのは君だけなんだよ』

「あのハゲじじい! 俺に意見しやがって! 俺に指図しやがって!」

『それに聞いた話だと、君は惚条君だけに厳しくあたるそうじゃないか。駄目だよそんな差別みたいな事しちゃ』

「差別だぁ?! じゃあなんであのガキだけ特別扱いするんだよ! テメエで矛盾した事言って馬鹿晒してんじゃねえよ!」

 一度強く力を込めて蹴りを入れ、一旦体を退けて息を整える。

 数学教師は理解している。何故理事長が惚条環という生徒一人の為にそこまで根回しをして動いているのか。

 隠してはいるが教師の間では有名な話だ。惚条環の裏には大きな組織がありこの高等学校を掌握している、と。

 そしてそれが大企業でもあり世界屈指の資産家として有名な黒凪グループだという事も、数学教師は知っている。正確には噂でしかなかったのだが、時が経つにつれ信憑性が増していきいつしか確信に変わった。

 どうして惚条環という子供を黒凪グループが擁護しているのか理由は定かではない。だがそれは実際に存在していて数々の独自権利を惚条環にとりつけている。

 授業中の食事だけでなく昼食の個人配給、教師専用も含めた全教室の使用可能など、他にも様々な行為が許されている。

『何にせよ惚条君への接し方に厳重注意をします。先生、貴方が優秀なのは誰もが知っている事ですが、もしも改善をされない様なら何らかの処罰を設けますので肝に命じて下さい。あまり困らせないで下さいね』

「ふざけんなよ無能が!! 俺よりも無能の癖に偉そうにしやがって!!」

 理事長の言葉を再び蘇らせ感情を爆発させる。

「畜生! 何でだ、何で俺がこんな惨めな思いをしなけりゃならねえ! 俺は何も間違ってねえ!!」

 数学教師は普段では考えられない程怒りに豹変している。

 上位の大学を出てた彼は新米教師でありながら高評価を手にしこの高等学校で期待の人とされて来た。成人した男性として完成された巨体、甘いマスクに低く印象的な声質、そして人への接し方が上手く生徒に絶大な人気があり多くの支持と声援を浴びている。

 彼のポテンシャルの高さにこの高等学校は彼を期待の人とし重宝し大事にして来た。去年までは。

 今年の春から新入生として入学した惚条環が現れてからは、それらは崩れるかのように散らばり薄れていった。

「あんな雌野郎の何処がいいんだ! 誰にでもヘラヘラしやがって! うぜぇんだよ!」

 今まで人気の頂点に居た筈の彼はその位置を惚条環に奪われてしまった。

 それは誰かが定めた集計などがある訳ではない。今まで人気を独占してきた彼が肌で感じている事だ。それは感じていた者だけが分かる感覚である。一番としてチヤホヤされてきた者が不意に雑に扱われる、そういう感覚的なもので分かる事だ。

 彼は、それが心底気に食わない。

「くそ、くそ、くそくそくそくそくそくそくそ!!」

 今まで居心地の良かった場所がある日を境にみるみると変わっていき、自分にとって不利な場所になってしまった。

 惚条環に自分の居場所を奪われた。そう言っても過言ではない、と彼は心の中で呟く。

 今まで顔を合わせれば褒め称えてくれた理事長が、今では眉間を抑えながら彼を睨む。

 彼が肌で感じるストレスは我慢の限界に達しようとしていた。

「あいつだ。あのガキがいるから行けねえんだ……あいつが、あいつがぁぁああああ!!」

 最後に大きく叫び、彼は一時的に怒りを閉じ込めた。

 時計を確認し、時間を使い過ぎた事を理解した彼は鍵を開けガラリとドアから出る。 

 この惨状を片づける事はしない、適当に生徒の仕業として放課後に報告しようと、彼はほくそ笑む。

「俺が一番だ。俺が……俺の方が……」

 廊下を早足で歩きながら呟く姿は普段の好印象を与える風貌は無く、不気味さを濁している。

 彼は気付いていない。嫉妬に染まり憤怒を詰まらせたその顔は、最早学校一人気者と呼ばれた彼の姿から程遠く離れてしまっている事を。

「分からせてやる……あいつの体に……分からせてやる……ッ!」

 その瞳は、醜悪な程醜く濁っている事を……


◇◇◇◇◇


「「御馳走様でした」」

 くれはと二人、同じように手を合わせて礼を口にします。

 二段重弁当を貰った僕達はいつも使っている多目的教室で二人だけで食事をとります。

 本当は教室や中庭とかでクラスメイトの皆と食事をしたのだけど、くれはときゅうこ様に止められているのでいつも二人だけで食事をとっています。

「今日のお弁当のお味は如何でしたか?」

「凄く美味しかったよ! 特にあの豚肉の入った卵焼きが気に入りました」

「左様ですか、でしたら今度作ってみましょう。食べて大体味付けも理解しましたので挑戦してみます」

「本当に?! やたーー!」

 思わず年甲斐もなく万歳をしてしまった。それ程嬉しく、あの卵焼きが気に入ったのです。

「それに環様はいつも綺麗に召し上がってくれますので私も作り甲斐があります。きっとこのお弁当を作った調理人もこれだけ綺麗に食べて貰えて光栄でしょう」

「そ、それは僕が食い意地を張ってるからで……」

「料理を作る側からすれば最高の受け手ですよ」

 そう言いながらくれははご飯粒一つない二段重弁当を片づだします。空になった箱は返却しないといけないので几帳面なくれはは包みを使って受け取った時と見分けがつかない程綺麗に纏める。

「環様、今日の放課後はどうなさいます? 何処にも寄らずに直帰しますか?」

「え、うーん……ちょっと本屋さんに寄りたいかな。新しい漫画とかあるかもしれないし」

「分かりました。でしたら九子様にもそうお伝えしましょう」

 そう言いながらくれはは携帯電話を開き指を器用に動かしてボタンを押し出します。

「で、電話するの?」

「いえ、これは電子メールです。帰宅時間だけなので電話する程の事でも……お話したいのですか?」

「ぇえ、い、いや違うよ! ちょっと気になっただけだから」

 慌てて訂正しますが、くれはは納得していないように少し口を尖らせます。

 学校にいる間は学業に集中する為きゅうこ様との接触はなるべく控えるように、というのが約束なのです。なので電話なども緊急時以外はかけたりしません。くれははまめに連絡をしているようだけど時間や予定などを管理する為の連絡らしいです。

「そういえば、さっきの休憩時間に電話していたけど、何かあったの?」

 不意に先の事を思い出して聞いてみる。

「あぁ、気になさらないで下さい。学校での環様の様子を報告していただけなので」

「ちょっと、変な事言ったりしてないよね?!」

「フフ、さぁどうでしょう?今日も一回授業中におにぎりを使いましたからね。九子様にからかわれないよう気を付けてください」

 小さく笑うくれはは楽しそうで先の口を尖らせた顔よりも様になっている。

 学校できゅうこ様とくれはが電話で話しているのはよくある事だ。

 何を話しているのか、と聞いても……こうしてはぐらかされる。

 本当は何となく察しはついている。きっと、僕の為に動いてくれているのだ。

 この学校での僕の扱いは、正直いってかなり優遇されている。

 授業中の食事もそうだが、他にも色々と特別扱いされていると感じる事がよくある。きっとそれはきゅうこ様が僕の為に何か働きかけてくれているのだとは思うが、正直に言うと……少し心苦しい。

 他の生徒の皆に申し訳ないというのが一番大きく、こうして多目的教室を借りているのだって他の人達だと許されないと思う。

 皆と同じ扱いを受けたい、というのは我儘なのだろうか。

 学校という場所で勉学や交友を通して同じ様な年齢の人達と楽しい事や辛い事を共有したいと思って学校に来たのに、それを拒む壁の様な何かを感じる時がある。それが少しもどかしくて、ストレートに言うと不満なのです。

 勿論、きゅうこ様もくれはも僕の事を考えて行動しているのは分かっている。

 二人とも優しい人で僕の事を誰よりも考えてくれている。

 だから僕は悩むのです。胸の中の不満というのを、形にしていいのだろうか?

 この感情は、二人の為に隠しておくべきなのだろうか?と……

「……環様?」

 不意に声をかけられた。気付けば、くれははすでに準備を済ませ二段重弁当を手に持ち立ち上がっている。

「ご、ごめんなさい……少し考え事をしてました」

「左様で……大丈夫、ですか?」

 僕の顔を覗き込むように見つめるくれはの顔には不安が浮かんでいる。

「うん。本当に大丈夫だから……じゃあ行こっか」

 それを和ませたく思い精一杯の笑顔を作り立ち上がる。

 そうして先導するようにくれはの前に出て廊下に出る。すかさずくれはが前に出て先導はすぐに終わるのだが。

 きゅうこ様とくれはの事は大好きです。二人が僕の事を思って動いている事も理解しています。

 だけど、それで迷惑をかけている人がいる。不快に思っている人がいる。

 そう考えると、やっぱり心苦しいです。


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