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桃色の瞳の少年  作者: 芥屋
第一章
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呉葉の日常2

「えぇ……はぃ。わかりました……その手配で大丈夫です。え、環様に変わってほしい? すみませんが環様はご学友と戯れておられます。邪魔は禁物ですよ。本当ですよ別に意地悪している訳ではありません。そろそろ休憩も終わりますので切りますよ。ちゃんと掃除はして下さいね、では」

 スピーカーには九子様の声がまだ聞こえているが、ただ環様を求める喚きなので問答無用で回線を切断する。

 現在は休憩時間であり九子様に申告があったのでそれを伝える為の電話だ。高等学校での不備があった場合すぐに九子様に報告を上げ改善を要求する。勿論学校が起こした不祥事などではなく、環様の擁護の為の申告だ。

 私から直接理事長に申告しても構わないのだが、九子様に任せた方が効果的だ。

「くれはー。どうしたの?」

 教室からガラリと無機質な音を立てドアが開き環様がひょこりと顔を出した。廊下の隅で電話をしている私が気になったのだろう。

「少し九子様と話をしていまして。大した事ではないのでご安心を」

「きゅうこ様から?」

「えぇ。勉強頑張ってね、との事です」

 先の会話でそんな事は一言も言ってはないのだが……

「そっか。じゃあ残りの授業も頑張らないとね!」

 えへへ、と何とも可愛らしい笑みを浮かべながら環様は教室に戻っていった。癪だが、九子様の名を使えばこうして環様は笑って下さる。たまになら利用させてもらってもいいだろう、心の中で呟き名がら環様に続き教室に戻る。

 あと一限終えたら昼食の休憩時間に入る。それまで仮眠でもしよう……


◇◇◇◇◇


「………」

 今は四限目の授業なのですが、くれははとても器用です。

 僕の隣の席で背筋を伸ばし黒板に目を向け、左手でノートを抑え右手にペンを持っている。その姿は優等生そのものなんですが……

「………Zzzz」

 実は、これで寝ているんです。

 普段雑務をしてくれているくれはが編み出した休眠法らしいのですが、目を開けたまま眠っているのは少し怖いです……

「えーここの問題は少し難しので笠倉さん、お願いします」

「…はい」

 名前を呼ばれたら一瞬で起きれるのも凄いです。異変があるとすぐに目を覚ます事ができるらしくて眠っている事がバレた事は一度もありません。僕だって本人から聞いて初めて気付けたぐらいですし……

 さも当然の様に席を立ち黒板に向かい、チョークで書かれた白い問題をスラスラと説いていく。

「正解です。では席に戻ってい下さい」

 先生に促されて凛とした表情を崩さすそのまま席に戻る。座ってもその表情は崩さず、決まった動作しか繰り返さない機械のような印象を他人に与えるが、

「……? 環様、どうしましたか?」

 僕の視線に素早く気付くと柔らかい笑顔を浮かべる。先までの印象とは全く違い、暖かい。

 首を横に振って何でもないです、と小さく口にすると呉葉はクスッと小さく笑って凛とした表情に戻った。そしてそのまま……

「………Zzzz」

 眠ってしまった。


◇◇◇◇◇


 無機質なチャイムで四限目は呆気なく終わってしまい、目が覚めた頃には昼食の時間になっていた。

 目覚めと共に脳が素早く覚醒し後のスケジュール、行動を脳裏で走らせ理解し実行に移す。即座に机に並べた勉具を仕舞い席を立ち横で小さく伸びをしている環様に向き合う。

「環様、お待ちかねのご飯の時間ですよ。昼食を受け取りに行きましょう」

 冗談交じりに話しかけると照れた様に笑って下さった。

「いつもお腹空いてるみたいな言い方やめてよ! さっき少し食べたから今は大丈夫だよ」

「左様ですか。でしたら今日は小食にしますか?」

「いっぱい食べます!」

 可愛い威張り顔をする環様に笑い掛けでは、とエスコートする形で廊下に出る。 

 環様と私の昼食は外注による配給で補っている。環様の食事を手配する際、最初は私がお弁当を作ろうと思ったのだが朝食、昼食共に用意をするには少し時間が足りない上に環様がお気に召すまでの量を用意しようと思えばかなりの手間がかかる。

 なので昼食だけは外注で依頼し学校に配給してもらう事にしたのだ。

 この時間になれば学食ルームに運ばれるよう手配してあるので、それを二人で取りに行く。

 環様をこの様な使いに同行して頂くのは忍びないのだが、環様を一人にすると学友の方々が食事で環様を釣って連れて行こうとするので一人にはできない。

 最初の頃はそれを理解していなくて環様を一人にしたのだが、昼食を受け取って指定の場所に行くと環様は居なかった。

 何事かと思い急いで教室に戻るとそこに居たのは女子数名に囲まれ餌付けでもされるかのように食事を分けてもらっていた環様だった。

 何とも楽しそうに食事を貰っていた環様だが、私は問答無用で環様を奪還した。学友の方と戯れるのは構わないのだが、私の目の届かない場所では絶対に駄目だ。何が起こるか分からないし、何かが起こってからでは遅い。

 その時にきつく環様に注意したのだが、環様は少し納得がいかなかったようで何日か私に冷たく接するようになり目に見えて拗ねてしまった。

 環様にそう接されたのは初めてだったので酷く辛い日々を過ごしたが、九子様の助言もあり環様はその件について納得して頂けた。その際、安堵のあまり少し泣いてしまったのは恥ずかしい過去で思い出したくもない。

 それからはこうして二人で昼食を取りに行くようになった。

 申し訳ない気持ちはあるが、食事を貰う時の環様はとても嬉しそうで見ていて癒される。やはり環様は食事の時が一番良い笑顔をされる。

 ……いや、一番ではないか。悔しいが、一番は、

「くれは? どうしたの?」

 不意に環様に話しかけられ背筋がビクリと跳ねる。

「はっ、いや、すみません……少し考え事を」

「そっか。ごめんね驚かして……ちょっと難しそうな顔してたから」

 その様な表情を作っていたつもりはないのだが、どうやら考え事に神経を使い過ぎていたようだ。

 幼い頃から食事という行為が大好きだった環様は美味しい物を食べる時が一番良い笑顔をされていた。

 だけど、今は違う。

 仙間の山を出て、家族と離れ、変わる事を余儀なくされた環様の中で、一番が変わってしまった。

「すみません、大した事ではないので気にしないで下さい」

「そっか、ならいいんだ。早くご飯にしよ!」

 環様は私の前に出て手を引き駆け出す。私が悩み事で苦悶していると思い気を遣わせてしまったようだ。

「環様、駈けて歩くと危ないですよ!」

 現在環様が一番良い笑顔をされる時、それは九子様と一緒に居る時だ。

 それを考えると、無意識に表情が歪んでしまうようだ。

 環様の手を強く握り返して、私は笑顔で自分の表情を塗り潰した。


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