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桃色の瞳の少年  作者: 芥屋
第一章
7/18

九子の日常2

 現在の時間は午前十一時と三十分。

 私と環の愛の巣に招かれざる客が来ています。

「もぅ! なんで部屋に入れてくれないのよ! 今日の目的は九ちゃんの部屋の抜き打ち検査なのに!」

 私より背の低いガキ、もとい姉がリビングのソファに座りながら足をバタつかせ文句を垂れている。

「抜き打ち検査って、それは伊月姉さんの役目じゃないでしょう。ただの暇潰しで私の平穏を壊す様な真似やめて下さい」

「んん? そんなに滅茶苦茶なの? 九ちゃんの部屋って」

「ご自由に想像して下さい。どうせ部屋には入れませんし」

「ぶうぅぅぅ。じゃあたまちゃんの部屋にお邪魔しようかなぁ♪ もしかしたら脱ぎたてのパジャマとか落ちてたりして♪」

「争いたくないので先に言いますが、環の部屋に入ったら貴方拳で殴りますよ」

 そう言って握り拳を見せると伊月姉さんはしゅん、と自分で擬音を口にして萎れた。

 私はこの人のこういうあざとくわざとらしい可愛さを演出する仕草が嫌いだ。

 この人の名前は黒凪伊月いつき、私の肉親で姉にあたる人だ。黒凪の兄弟姉妹は養子縁組を合わせて十人で構成されておりその内六人が黒凪の血縁者、四人が養子縁組になる。

 黒凪家では当主の席を必ず家系の中から選出するが、その跡継ぎを決めるのは年功序列や血縁ではなく功績、最も優れた者を現当主が見定めその席を譲る。なので優れた一族から引き抜くように養子を貰い受け黒凪の家系に取り込む事は黒凪の歴史で何度も繰り返してきたらしい。

 そしてこの伊月姉さんはその中で最年長、長女の位置に居る人だ。現当主の代で最初に生まれあらゆる寵愛と特権を最初に手にして来た生粋の令嬢、それが伊月姉さんなのだ。因みに私は四女にあたり伊月姉さんからすれば四妹と呼ばれる関係になる。

 金髪に染められた短く整った髪、私よりも小さく小柄で自己主張の少ない体格、表情豊かでパッチリと開いた目がチャーミングでアイドルのような顔立ちで見た目は姉というよりかは妹と勘違いされる容姿をしている。生みの親のどちらにも似ていなく、幼い頃は成長障害を疑われた事もあるらしい。

 見た目が若過ぎるのでたまに高校生に勘違いされる程その容姿は幼い。だが、伊月姉さん本当の年齢は、

「ちょっと九ちゃん、私の年齢の事考えてない?」

 咄嗟に鋭く声をかけられ思考を止められた。姉さんはその容姿を利用して若く見られる事に楽しみを感じているので無下に年齢を明かされるのを嫌がる。どうやら地の文の紹介ですら年齢を言うのは禁止らしい。

「この人は精神年齢が低いのか、言葉遣いや振る舞いも子供の様で余計に周りを勘違いさせる。だが事実は隠せないものでどれだけ若く振る舞い若い言葉遣いをしようが歳は重なりのしかかる。そう、現在この人の年齢は……26歳なのだ」

「何で心の声止めたのに口に出して話し出すの?! あと九ちゃん心の中でもあたしの事罵倒してるんだねショックだよ!!」

「あぁ口に出てましたか。せっかく姉さんの紹介をしてあげているのに」

「もぅ! 年齢はいいんだよ!」

「私も伊月姉さんの年齢なんてどうでもいいです。それよりも、本当に何しに来たんですか? スーツを着てるという事は仕事の途中ですよね?」

 姉さんの社会での肩書きはホテル会社の取締役会長。勿論黒凪が所有する会社の一つで伊月姉さんが大学を卒業する際にその席をプレゼントされたらしい。

 勿論このあーぱーな頭の姉さんに取締役の任を全うする事は出来ないのだが、そこは他の方々が全力でフォローしているとか。

 伊月姉さんは長女という位置に居るが、黒凪の当主の座を狙うつもりは毛頭ない。

 姉さんはその容姿や風格から自分が当主としての器ではないと幼い頃から話していて当主にもその旨を伝えている。当主を争う抗争から既に辞退し、せいぜい黒凪のスネをかじって不自由なく暮らせたらそれでいいという考えだと常に話している。

 だが黒凪の長女としての立場もあるので最低限の地位にいる必要があるとの事で当主から今の仕事を任されたのだ。

 なので姉さんは、今の仕事に対して全く乗り気ではないのだ。何とも贅沢な……

「今はこの近くのホテルに視察に来てるんだけど自由時間もらったから遊びに来ちゃった」

「自由時間って修学旅行じゃないんですから……」

「いいじゃんよー姉が妹可愛がりに来て何が悪いんだよー」

 そう言いながら向かい合うようにソファに座る私に飛びついて来る。それを片手で頭を掴み制止して座っていたソファに戻す。

 伊月姉さんは何故か私の事を気に入っていて兄弟姉妹の中でも一番可愛がってくる。思いつけば私に構って来て暇を見つけては私に会いに来てこうして私の意思などお構いなしに寄って来るのだが、正直私は姉さんのそういう所が苦手だ。

「姉さんが暇でも私にはやる事があるんです。昼食を食べた後調べ事をして胃が整った後にトレーニングをこなしシャワーを浴びてその後学力確認の為の勉強、大体それらをこなせば環と呉葉が帰って来てエンジョイするんだから。どう? 私には予定が無い日でもこれだけ決められたスケジュールがあるんです」

「ふーん、大変なんだね」

 イラっとした。

 私の能弁を全く理解しようとせずただ大変の一言で済ませて終わらせた事に、イラっとした。

 マイペースな性格なので度々こういう返しをされる事はあるが、その度に殴りたくのを必死で我慢している私の気持ちも少しは理解してほしい。

 因みに今述べたスケジュールは私が堕落した生活の中で黒凪としての品格を失わないようにする為のカリキュラムだ。

 現在無職、同居者二名学生なのになぜ高級マンションの3LDkの一室を借りていられるかというと勿論黒凪からの援助のお蔭だ。

 その援助を受ける為の条件として出されたのが『如何なる時でも黒凪としての品格を失わない事』というものだ。黒凪の令嬢である限り会合や総会などあらゆる集会に顔を出さなければならない。その際に令嬢として恥ずかしくない振る舞いが出来るのなら大抵の我儘を許す、というのが援助を受ける際に言われた言葉だ。

 その条件の為私は自分の美貌、スタイル、知識に学力など身に着けたスキルを維持する為に定期的に決めたカリキュラムをこなしている。

 裏を返せばその条件さえクリアしていればどんな自堕落な生活をしてもいいという事なのでかかさずにこなしている。むしろ女性として己の美貌を高め維持するのは当然の事なので左程苦ではない。

 中には仕事を進めてくる親族もいたが、環と一緒に居れない時間が増えるのは嫌だし今の生活と環の食費を維持して働くのはかなり辛そうなので今は素直にその援助に甘えている。

 伊月姉さんに私の部屋を見せないのもその条件に支障をきたす事態を防ぐ為だ。

 不定期に親族か使いの者が私の様子を確認しに来るのだがそれは上手に情報をリークしてもらいクリアしている。が、伊月姉さんのように気分で現れて邪魔をされてはたまらない。

 特に幼稚な姉さんの事だ。親族との食事ので『九ちゃんの部屋ってゴミ屋敷みたいだよ!』とか言いそうで怖い……

「じゃあさ、昼ご飯ぐらいは一緒に食べていいよね? それ食べたらすぐに帰るからさ」

 伊月姉さんは両手を合わせて可愛くくねらせねだるように聞いて来る。

「嫌です。って言いたいんですけどね……まぁそれが最大の譲歩でしょうね」

 恐らくこれ以上つっぱねると変に暴走して余計に面倒になりそうなのでこのあたりで譲歩する。それを受けた姉さんは跳ね回って喜んでいるが何故私との食事がそれ程に嬉しいのか、私には理解できない。

「じゃあさ! 何処かに食べに行こうよ! この近く美味しいお店多いでしょ?!」

「それは駄目です。外出すると違う目的地にも寄りそうですし適当に何か作ります」

「そっかぁ。あ、じゃあさ私が昼ご飯作ってあげる!」

「え、姉さんって料理とか出来ましたか?」

「出来るよ! 昔から料理だけは好きだったの知らないっけ?」

「知りません。あまり興味がなかったですから」

 ひどいなーと言いながらキッチンに向かって跳ねていく伊月姉さんはウキウキとした表情をしていて楽しそうだ。

 あまり喜ばせたら面倒だがあれくらいの上機嫌なら別にいいかな、と自分に問いかける。

 と、そういえば姉さんはスーツのままだった事を思い出した。立ち上がり私もキッチンに向かう。

「姉さんこのエプロン使って下さい。スーツが汚れますよ」

 棚から私専用のエプロンを取り出しそれを伊月姉さんに手渡す。

「あ、そういえばそうだね。んじゃ失礼して~」

 鼻歌混じりにエプロンを受け取りそれを身に纏う。私専用のものなのでサイズは大き過ぎるのだが丁度スーツ全体を覆うようになったのでこれはこれでいい。

「じゃあ何作ろうかな~。っと、ねえ九ちゃん、何で冷蔵庫が二つあるの?」

「あぁそのピンクの冷蔵庫は環専用の冷蔵庫ですからあまり触らないで下さいね。そっちの黒い方から自由に使ってください」

「たまちゃん専用って、相変わらず食に関してはたまちゃん凄いみたいだね……」

 苦笑いをしながら伊月姉さんは黒い冷蔵庫を開けて食材を確認している。

 伊月姉さんの作る料理を食べた事がない私は少し不安な気持ちがあるのでここは少し手伝って横から様子を見ようと呉葉のエプロンを借りようとした所で……

『!!!!!』

 私の携帯電話が激しく鳴り出した。

 ダイニングのテーブルに置いてあったそれを手にとり発信者を確認するとそこに書かれていた名前は呉葉だった。

 素早くオンのボタンを押しその応答に答える。伊月姉さんの時とは違う、呉葉から電話があるという事は環に関する事なのだから。

「はい、どうしたの呉葉」

『急にすみません、今少しいいですか?』

「えぇ大丈夫。環の事よね?」

『そうですね……実は学校の事で九子様に相談が……』

 どうやら学校で何かトラブルがあったのかもしれない。伊月姉さんに聞かれないようそそくさとリビングに戻る。

 まぁ、呉葉の声のトーンからしてそれ程面倒な問題でもなさそうだ。


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