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桃色の瞳の少年  作者: 芥屋
第一章
18/18

病室で泣くのは1

「きゅうこ様。何故あの方達は同じ御召し物を着ているのですか?」

 環と呉葉がこの街に来て間もない頃、九子が街を案内する為に二人を連れてドライブを決行した事があった。これはその時の記憶。

 環は車の中から大通りを歩く団体を見つめ、不思議そうに九子に問いかけた。

「ぅん? あぁ、あれは学生ですね」

 助手席に座る九子は視線を動かし後ろに座る環が見つめる先を確認する。

 運転手の薬師の向こう側、窓の外に見えたのは信号の前で佇む複数の学生の姿だった。

「学生様、ですか?」

「様はいらないわね。学校ってわかるかな? 子供達が勉学を教わる為の学び舎なんだけど、あれはそこに通う生徒達ね。同じ格好なのは統率性を持つ為とか色々理由があるけど、一番なのはその学校に所属してあるっていう象徴になるからかしら」

「左様、ですか…」

 九子の説明に曖昧な色を濁ませる環。先から見る物全てに興味を示す環に九子は一つ一つ丁寧に答えていく。

 世間から隔離されていた環はほんの些細な物にすら興味を示し質問を繰り返し、環の横に座る呉葉はその様子を複雑そうな眼差しで見つめている。呉葉にはある程度の常識があり環のように目に広がる光景全てが新鮮という訳ではないのだが、その質問に答えられる程の知識がない為会話に加わる事ができずただ環の様子を見守るだけだ。

 初めて遊園地に足を踏み入れた子供の様な環のリアクションに九子は喜々として対応していた。

 が、今回は少し違う。

 微妙に高揚した頬、物欲しげな瞳の深さ、震撼とした表情は先と同じだが興味の持ち方が違った。

 はしゃぐ様に質問をしていた環が、今回は慎重と言える程物静かで様子がおかしい。

 九子はそれに気づき不思議そうに環を見つめ、もう一度環の視線の先を見る。

 横断歩道を渡る複数の学生。九子からすれば何気ない光景で日常の一部、何も感じる事はない。

 だがその様子を環はずっと見つめている。複数の学生、楽しそうに賑やか笑顔を作る子供達を。

「きゅうこ様。学校という学び舎は楽しい場所なのですか?」

「う~ん、楽しいと感じるかは人それぞれだけど私は苦手だったかな。何時間もつまらない事を頭に叩き込まれて行動や恰好まで制限されて、正直私は楽しくなかったわね」

 自身の学生生活を思い出した九子は顔をげんなりと歪めた。

「ですが、あの方達はとても楽しそうにしておられます」

 環は九子へ振り向かず学生達をじっと見つめている。環の今の返答、反応を見て九子は咄嗟に理解した。環が何を『見て』いるのかを。

「環、さっきも言ったけど楽しいと感じるかは人それぞれ。私がつまらないと感じた事をメッチャ楽しいと感じる人だっている訳なの」

「め、めっちゃ、ですか?」

「そう、メッチャ。滅茶苦茶の略した言い方だけど簡単に言えば凄いって意味よ」

 九子の言葉に狐につままれた顔をする環に対し、呉葉はじっと冷たい視線を九子に向ける。『環様に変な言葉を教えるな』とその目は語っているが九子はそれに気付いていないふりで通し話を続ける。

「例えば私は強いられるのが嫌いで人付き合いが苦手。だから学校みたいな規則を重んじたり団体行動が絶対な場所は息が苦しかったわ。あの学生の子達もきっと授業は嫌いだと思う。でもね、友達とずっと一緒に居られる場所って意味では楽しい場所って思ってる筈よ」

「友達……ですか?」


「そう、友達。学校ってね、一番友達が出来やすい場所なの」


 後に九子はこの一言に酷く後悔する。

 が、この時の九子はそれに気づかず悠長に言葉を続ける。

「楽しい事もつらい事も共有する場所だからね。人も多いし気が合う者同士出会う事も多い。そして出会えたら学校って場所はメッチャ楽しくなるの。趣味の話したり、勉強教え合ったり、恋愛の相談したり、たまに悪口言い合ったりね」

 環には縁の無い事だと分かりながら九子は言葉を続けた。

 どうしてあの学生達があんなに楽しそうに笑っているのか。環が疑問に思った事を九子なりに分かり易く伝えたつもりだった。

「だから……友達だから、あの方達はあんなにも楽しそうに笑っていたのですね」

「きっとね。学校なんてつまらない場所だっていうのが相場、あそこは如何にして楽しい場所にするかってのがコツなのよ。一番楽なのは気の合う友達とああして笑っている事かな」

 わかった?と締めた九子に環は小さく返事を返した。

 可愛らしい声色ではいと答えた環の顔は、これもまた可愛らしく微笑んでいた。

 優しく目元を細め、口元を緩ませたその顔は先とは違い、何かつっかえていた物がとれたような清々しさがみえる。

 環があの学生達を見て感じた疑問は解決した。

 だが、この時の九子は未熟だった。思考が足りず、自分で地雷を仕掛けたと言ってもおかしくはない。

 今まで隔離された生活をしていた環が、どうしてあの学生達が楽しそうにしている事に疑問を持ったのか?今の説明で環がどう受け取ってしまうのか?環が、何を欲するか………

「きゅうこ様……」

 環が短く九子の名を呼ぶ。九子が環に目を配ったと同時にその言葉は続けられた。

「友達とは、ほんに素晴らしいものなのですね」

 少女の様に微笑ながら環は言葉を口にした。それは楽器の様に美しく良い音色で、九子はただ満足そうに微笑み返すだけだった。

 それからしばらくして環が学校に通いたいと言い出したのだが、原因はこの場面にある事は間違いない。

 もしかすると放っておいても環は学校に通いたいと言い始めたかもしれないが、九子はそう感じている。


 遠くない過去の話。九子はベッドで眠る環を見つめながらその過去を思い出していた。

 

 薄いライトが頼りなく照らす個室内。食事の手配をした九子は環が眠る個室で環の寝顔を見つめている。

 手配から戻った時、未だに虚ろげな表情の呉葉の前を通るのは汗が出るほど気まずかったが、九子は声をかけず無視をする形で通り過ぎた。

 何も口にしないのは自分が間違った事を言っていないという九子の意思表示。何も言う事はない、謝りもしないし弁解もないと九子は固い表情をし伝えたつもりだったが、九子の表情はそんな本人と反して意思を持っていなく酷く頼りない。

 ただ強がって上手く感情をコントロール出来ていない子供の様に、九子の表情は汗を流しただその場をごまかそうとしかしていなかった。

 そのまま九子と呉葉が対することはなく九子は個室に入り淀みに先が見えない思考から逃げるように、眠る環の横に座りその顔を見つめていた。

 自分の判断は間違っていたのか、環は学校に通わすべきではなかったのか、こうして環が傷ついてしまったのは自分のせいなのか、それなら呉葉の言う通り完全な管理をするべきだったのか……

 そんな自己を責めるだけの問答をずっと繰り返し、気付けば環を見つめるその瞳すら濁ってしまっていた。

「……きゅうこ、様?」

 見つめていた筈の環に声をかけられ九子は驚き体を小さく跳ねさせる。気付けば環はうっすらと目を開いていて茫然と自分を見つめる九子の存在に気付いていた。

 九子は椅子から崩れそうになるが何とか持ちこたえ体制を整える。

「た、環。起しちゃった、かな」

 アハハと薄く乾いた笑いを作りごまかそうとする九子に、環は小さく笑い掛ける。

「いぇ、そうではございません。すっと目が覚めてしまいまして」

 九子のぎこちない笑顔とは対照的に環の笑顔は柔らかく暖かみがある。いつも通りの環らしい笑顔に九子のざわめいていた感情が少し和らいだ。

 体を起こそうとする環に怪我をした体を労わった九子が手を出しその上半身を起き上がらせた。

 環は病院が用意した簡易な衣類に身を包んでいる。上半身を起き上がらせると胸元に巻きつけられた包帯が目に止まり九子は無意識に暗い顔を作ってしまう。

「そんなお顔をしないで下さい。お医者様も時間が経てば跡も残らず治るとおっしゃられていましたし、それほど痛みもありませんので」

 そういってもう一度微笑む。頬にガーゼを貼り付けたまま。

 跡が残らないのは幸いだが、現状で環が痛みを受けている以上九子が心配を止める事はない。その原因が自分の配慮が足りなかったのにあるとすれば尚更だ。

 だが九子はその感情を押し殺し仮面を被るようにすまし顔を作った。

「環、先生に聞いたかもしれないけど今日はこのままここで泊まってもらうわ。私も呉葉も一緒だから安心して」

「はい、お医者様からお聞きしています。くれははどうしたのですか?」

「呉葉なら部屋の外にいるわ。ちょっと気持ちを落ち着かせたいって言ってたけど、呼んできましょうか?」

「ぁ、大丈夫です。姿が見えなかったので気になっただけですので」

 わざと呉葉を呼ばせにくい言い回しをし接触を先延ばしにした事を自覚し、再び自分を卑怯者と貶す。九子はすかさず話題を変え環に何も悟らせない。

「ご飯なんだけど、食欲とかある? 一応後で薬師さんが適当に持ってきてくれる手筈なんだけど、もし疲れてたり体調が優れないなら、」「食べます」

 九子の言葉を遮る環の言葉に九子は小さく『そりゃそうよね』と苦笑交じりに呟いた。

 食い意地が張った言葉に気付いた環は俯き恥ずかしそうに頬を赤くする。

「じゃあ後で三人で一緒に食べましょう。あ、良かったら薬師さんも一緒に食べられないかな……」

 そう言って九子は携帯を取り出し電子メールを打ち始める。

 薬師宛てにそれを送り終えた九子はすっと立ち上がる。

「食事までもうちょっと時間があるから横になってていいわよ。私も少し呉葉と話がしたいから」

 食事を始めるにあたって呉葉をいつも通りにしないといけないと踏んだ九子はもう一度呉葉と話し合おうと部屋を出ようとする。

「あ、あの! きゅうこ様、お聞きしたい事、が……」

 それを、環のばつが悪そうな声に止められた。

 九子は振り向き環の顔を見る。先とは違い曇った面持の環に違和感を感じた九子は巻き戻しのようにバックステップをし先に座っていた椅子に戻った。

「どうしたの、環?」

 優しく声をかけ、環が話しやすいよう雰囲気を作る九子。ゆっくりと頷いた環は、絞り出すように言葉を口にする。


「きゅうこ様、あの……今回の事で、いぇ、先生を罰する事を、どうかお止め下さいませんか?」


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