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桃色の瞳の少年  作者: 芥屋
第一章
17/18

九子の後始末2

 環は結局一日だけ検査入院をする事になった。

 殴打による外傷も骨には異常は無く、腫れや痣も数日すれば消える程度のものであり外見ほど大した怪我ではなかった。が、それにより意識を失っている経緯があり念の為に一日病院で様子を見ようとの事だ。

 とりあえずは一安心。環の可憐な体に傷が残る事もなく私の心境は一応一息つく事ができた。

 呉葉から話を聞き今回の全貌を把握、環、教師共に病院に搬送し学校にも適当に話をつけておいたのでとりあえずは解決と言える。

 現在私も環の病院に到着し、今は環が一日お世話になる個室の前にあるベンチに腰かけ一休み中。朝からバタバタしたからか元々体力がないからか、腰を掛けるとどっと疲れが押し寄せ欠伸が出た。

 既に日は落ち十九時ぐらいだろうか、少し小腹も空いてきた。が、食事を食べるのはもう少し先にしよう。

 傍に備えてあった自販機からカフェオレを購入し再びベンチに腰掛けストローから勢いよく吸い上げる。甘くて、疲れた体には予想以上に美味しく感じた。

「……九子様」

 不意に声をかけられそちらを振り向くと、そこにいたのは目の下を腫らしているがいつもの顔に戻った呉葉だった。

「環の様子は?」

「少しだけ目を瞑っていたいとの事ですので席を外しました。食事もまだですので一時間程で起きて頂くよう伝えています」

「そう、なら少しだけどそっとしてあげましょう。きっと環も疲れて眠たいのでしょうね」

 環は肉体的にも精神的にも参っている筈、診察を終えてベッドに寝かしているのだからそのまま休んでもらう方がいい。食事は後で適当に用意したので済ませましょう。

 呉葉に飲み物をいるかと聞いたが、結構ですと味気ない返事を返された。

「呉葉、この後の事だけど私が環を見てる間に貴方一度マンションに戻って身の整理してきなさい。今日は環の個室で三人揃ってお泊りしましょうか」

 病院に宿泊の許可は貰ってある。個室には大きなソファがあるのでそこで寝ればいい。

 ソファは一つしかないのでどちらかは環のベッドに潜り込む事になるのだが……潜り込むのは私に任しておけ呉葉。得意だから。

「分かりました、食事をとってから一度戻らせてもらいます。が、その前に……」

「うん?」

「あの教師の処遇はどうなされたのですか?」

「あぁそういえば言ってなかったわね」

 例の数学教師は、あの後私と薬師さん達によってこことは違う病院に運ばれ治療を受けさせた。

 彼は桃色の瞳に魅了され完全に人格を壊されている。それは呉葉から聞いた今回の件の経緯から明らかで、その浸食は完全に心を蝕み尽くし原型をなくしている。病院で治療中にうわ言のように環の名を呼んでいた事からもその異常性が伺える。

 桃色の瞳に関するデータはそれなりに保持しているが、その力は私達の理解の先にあり謎が多い。

 あの教師には、桃色の瞳の解明の為に被検体材料となってもらう。

 桃色の瞳が身体にどのような影響を与えているのか。脳に何か異質な力が働いているの。何故、目を合わせるだけであそこまで人間を自由に操れるのか。

 それを調べるのに今の教師の状態はうってつけだ。

 完全に己を失った教師、彼を調べれば新たな発見があるかもしれない。

 その為なら、痛みを伴う実験も体を切り開く解剖もいとわない。

 全ては環を日常に招き入れる為、そして、私の野望の為だ。だけど……


「……病院で治療が終わったら隔離施設に移して薬漬けってところかな。あそこまで壊れちゃったら修復は不可能でしょうし、一年ぐらい記憶をおかしくする薬でも打ちまくって徹底的に壊した方がまともになるかもしれないわね」


 私は嘘をついた。

 あっけらかんと、だけど真剣味を込めて呉葉に話す。

 正確に言えば嘘ではない。桃色の瞳の魅了が完全に浸食すれば拭う事は不可能、ならば薬物を使い記憶を曖昧にさせる以外現在では治療法がないのというのは真実。

 だけど、私は本当の事を話していない。教師をこれからどうするか、呉葉と環に内緒で黒凪グループが桃色の瞳の研究を遂行している事実を、私は二人に話していない。

 話せる訳が、ない。

「左様ですか。ですが妥当といえる判断でしょうね」

 呉葉は私の言葉に疑いを持つことなく頷く。

 うしろめたい気持ちが膨らむが、私は決して顔には出さない。こういう時嘘をつき慣れていて良かったと思う反面、呉葉に嘘をついたと事実に胸が軋む。

 その痛みを顔に出さず、言葉を繋げる。

「まぁね。学校にはもう顔は出せないだろうから安心してちょうだい」

 立ち上がり、飲み干したカフェオレのパックをゴミ箱に投げ捨てる。それはゴミ箱の角に当たり床に落ちてしまった。

 しまったと思い拾おうとすると、呉葉がすかさず拾ってくれた。

「あぁごめん呉葉、」

「九子様……」

 私の言葉を遮るように呉葉は私の名を呼ぶ。

 考え込むように眉間にシワを寄せ一点を見つめるように視点を定めている。

 先とは違う妙な雰囲気に少し違和感を感じる。が、呉葉から話すまで私からは話しかけない。

 もし先の会話で疑問を感じたのなら私から何か喋って墓穴を掘る訳にはいけない。じっと呉葉を見つめ言葉を待つ。

 呉葉は、パックをゴミ箱に静かに捨て、その口を開いた。

「今日環様を探す際に教えて頂いた機能の事で聞きたい事があります」

 それは私が思っていた事とは全く違う、予想していなかった言葉だった。

「環様に発信機を付けている事は聞いていました。が、あのような機能は知らされていません。何故先に教えてくれなかったのですか?」

 呉葉は私に向き合い複雑な表情を浮かべている。

 私を疑っているようにも見えるが、悲しげにも見える複雑そうな表情。呉葉は真剣に私に質問をしている。

「あの機能を先に聞いていれば今回も迅速に対処でき環様にあのような怪我を負わす事もなかったのですよ? 前提として環様に関する事は全て話して頂く筈です。どうか理由を聞かせてください」

 ぎゅっと唇を噛む様に歪め、呉葉は私に詰め寄るように近づき疑問をぶつける。

 それに対し私は後ずさりそうになるが、耐えた。

 呉葉の疑問を正面から受け止めた。

「その前に呉葉、あのアプリもう一度起動させてみて」

 息巻き気味の呉葉とは反する様に私は出来るだけ冷静に言葉を並べる。

 呉葉は素早く携帯端末を取り出しスラスラと操作を実行している。が、その指は途中で止まってしまった。

「……九子様、パスワードが先と変わっています」

「えぇ、さっき変更しといたからね」

 そう、呉葉が指を止めたのは起動させるパスワードが変わったからだ。

 この一件が終わった段階で私はパスワードを変更させた。その理由は、呉葉に使わせない為だ。

「な、何故変更を?! 新しいパスワードを教えて下さい!」

「ちょっと大声出しちゃ駄目よ。ここは病院なんだから」

「九子様!」

 大きな声で異議を唱えるその声を耳を塞いで聞こえないフリをする。

 冗談交じりの私の態度に怒りを覚えたのか、呉葉は更に声のボリュームを上げ異議を唱える。

「環様の護衛の為に必要な事は全て仰って下さい! 九子様も環様の瞳の事を御存じでしょう!」

「呉葉、あまり妙な事を口に出さないで下さい」

 声を上げて環の瞳の事を指摘しようとする呉葉を止める。

 どうやら呉葉は私がこのアプリの機能を隠していた事にご立腹のようだ。まぁ、確かにこれを使えば四六時中環が何処に消えても確認できる。呉葉が環を護衛する上でこの機能は絶対に持っておきたいのだろう。

 が、私はそれを許さない。

「呉葉、このアプリは緊急事態にのみ使用する奥の手です。日常的に使えるようにする必要はありません」

 呉葉を宥めるよう冷静に言葉を並べる。

 業務的な物腰ではあるが、呉葉とこの類の話をする時はこの方が話しやすい。

「馬鹿な! 理由を説明してください!」

 予想通り呉葉は異議を叫んだ。目の前の部屋で環が寝ているのに叫ぶのは遠慮して欲しいのですがね。

「理由なんて常識で考えて下さい。護衛の為とはいえ行き過ぎています。環には常に貴方が付き添っているのですから今のままで何も問題はありません。今回の様に緊急事態のみ使用するようにしなければ、これは環を縛る鎖になりえます」

「鎖で結構です! それで環様の安全が保てるなら、私はそれを握るべきと考えます!」

 呉葉は、そう言い捨てた。

 その言葉は何か如何ともし難く私の中の感情を苛つかせるデリケートな部分を刺激する棘があってそれを聞いた瞬間私の怒りのパラメータが急上昇してしまったあぁやばいこれはやばいですよ。

「なら貴方は環をただの警護対象、桃色の瞳という危険な兵器を持った危うい存在だと思っているという事ね! 貴方はそう考えていると捉えていいのね?!」

 立ち上がり詰め寄っていた呉葉に食って掛かる。

「そうは言ってません! 私にとって環様はそれ程に大切な存在、何が何でも守りたいかけがえのない存在という事です!」

「じゃあもっと環の気持ちになって考えなさい! 環は貴方に四六時中守られているのですよそれで十分でしょう?! もしそれ以上あの子を縛るような真似をして、環を苦しめたいのですか?!」

 感情をぶちまけるように言葉をぶつける。

 呉葉に私の唾液が飛び散っているが、関係ない。何故なら呉葉の唾液も私に飛び散っているのだから。

「苦しめるなんて、私はそのような事した覚えがありません! 惚条家を守る笠倉家の護役者として当然の行いをしているだけです! 私の行いが環様を苦しめるだと?! 謝罪を要求します!」

 マズイ、これはまずい。

 今喉から飛び出ようとしているこの言葉は決して呉葉に伝えてはいけない。これは呉葉の存在をも否定してしまう可能性がある、もっと段階を踏んで呉葉に気付いてもらわなければいけない事だ。

 だけど、止まらない。あぁ、駄目だ。ぶつけてしまう。


「謝るもんか! 分かってないなら教えてあげるわ! 環は友達が欲しい色んな人と触れ合いたいから学校に行ったのに私と貴方のせいで全く楽しめていないしむしろ周りとは違う扱いを受ける事に後ろめたい気持ちを常に抱いている! 本当は皆と同じように授業を受けて皆と同じようにご飯を食べて皆と一緒に遊んだりしたいのに私達があの子を孤独にしてしまっている! どうしてそれに気づかないのどうしてあの子の気持ちに気付いてあげれないの?! あの子は桃色の瞳を持った危険人物じゃない優しくて幼いただの子供なのよ!!」


 ……言ってしまった。絶対に言ってはいけないのに、言ってしまった。

 肩で息をしながら上がり過ぎた感情を何とか落ち着かせようとする。あぁ、最悪だ。自己嫌悪で感情が萎えていく。

 だから感情的になるのは嫌なんだ。私が感情的になればきっと誰かが傷つく。

 私は今、自分を棚に上げて呉葉を攻めたててしまった。

「…………………あ、ああ、わ、私は、私は! 護役者として!、い、今まで、あの」

 呉葉の顔を見れない。

「環様を、外敵から、お守り、する、義務が、ああ、」

 壊れたラジオのように、呉葉は言葉を繋ぐ事が出来なくなっている。当然だ。今呉葉は自分の生き甲斐を否定されたのだから。

「だって、だって!……環様は、そんな事、いや、あぁあああ、」

「……落ち着いて話します。どうかもう一度聞いてください」

 呉葉の顔を見ない。が、呉葉の肩を掴んで正面から逃がさないようにする。

「呉葉、貴方には護役者として環を守らなければいけない義務があるのは承知しています。ですが、行き過ぎた行為は環にストレスと嫌悪を与え苦しめるものになるのを理解してください」

 呉葉は私の言葉に返事を返さない。

 ただ、掴んだ肩から尋常じゃない程体が震えているのが伝わる。それが痛々しく、私の胸に突き刺さる。この震えは、私のせいだと。

「桃色の瞳は人の命を奪いかねない危険性をもっています。それを持つ環は幼く私達が守らないと外も歩けないのは重々承知しています。ですが、その心は幼く些細な事で傷つくほどにまだ脆い事を理解してください」

「……あぁ、あぁ…ぅ」

「貴方が環の事を大事に想っているなら、どうか分かって下さい。私達はあの子を管理したいのではない、あの子を守りたいのだと」

 静かに私と呉葉の立ち位置を入れ替える。

 呉葉は掴んだ腕で誘導すれば簡単に動いてくれた。そのまま、ゆっくりとベンチに座らせる。

「今の護衛状態できっと十分です。貴方がついていれば私は安心して環を任せられます。ですから、どうか私の判断に任せて下さい。これ以上の関与は、きっと環を苦しめるものになります」

 自分でそんな装置をつけておいて何を言っている。

 最低だ。私は本当に最低だ。あの子の為貴方の為と言いながら、自分が一番あの子を縛ろうとしているのに、どうしてこんなに偉そうにしているんだ。

 環に発信機を付けたのは誰だ? 環を特別扱いするよう学校に命じたのは誰だ? 二人に嘘をついて惚条家を調べているのは一体誰だ?

「私は、桃色の瞳よりもあの子の笑顔を守りたい。もしも貴方もそう思ってくれるなら、どうか分かって下さい」

 私だ。

 自分で責め立てておいて、その言葉に自分で涙を流している情けない自分自身だ。

 呉葉は何も言わない。俯いて、私に表情を見せないようにしてベンチに座ったまま放心したように動かなくなっている。

 もう伝える事は言った。言わなくていい事も、自分が未熟なせいで伝えてしまった。

 呉葉の肩から手を離し、くしゃりと前髪を掴む。

「夕飯の手配をしてきます。呉葉は環を見ててください」

 そのまま前髪を掴んだ腕で顔を隠し、呉葉のもとから離れる。

 これからどうすればいいのか分からない。せっかく一息ついたのに、大きな課題が生まれてしまった。

 今の私に呉葉を癒す事が出来るだろうか。呉葉を立ち直らせる言葉を用意できるだろうか。

 分からない。だけど、呉葉は大事な家族なんだ。

 環と同じ、呉葉の笑顔だって、私は守りたいんだ。

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