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桃色の瞳の少年  作者: 芥屋
第一章
15/18

緊迫5

 教師を撲殺する為に振り落された拳は、制止の声により教師の鼻先二センチで急停止する。

 誰にも制止出来ないと思われてた呉葉の激動は、間一髪主の一声により収束しその暴走を止めた。

 意識のない教師は目の前で止められた拳にも、その制止の声にも気付かない。だが呉葉はその声に気付き、息を呑みその声の方角に顔を向ける。

 そこには、意識を取り戻し這いつくばるようにこちらに手を伸ばす環が居た。

 その表情は虚ろながら体に痛みが残っているのか苦痛を感じている様に眉を顰めて(ひそめて)いる。

 伸ばしても届かない手。その手が呉葉の拳を止めようと伸ばしている様に見え、呉葉は咄嗟に教師から離れその手を両の手の平で包むように掴んだ。

 呉葉は環の目前で両膝を着き主の意識が戻った事に安堵の涙を浮かべる。

「環様! あぁ環様! 良かった……良かった………ッ!!」

 環の手の温もりを確かめる様に胸に寄せ包み込む。心臓にあてその体温を感じる事で、激動に激しく猛っていた鼓動が落ち着く様に静かになっていく。

 既に呉葉の表情は先のような怒りに我を忘れた冷酷な面はつけていない。安堵により涙を貯める優しげな表情、環が慕っているいつもの呉葉に戻っていた。

「くれは、もう止めて下さい……わたしはこの通り無事ですから、どうか……」

 環のその言葉にはあまりにも説得力がなかった。

 自身の体の痛みに苦しんでいる現状に無事が通じる訳もなく、呉葉は首を横に振り納得しない。

「何をおっしゃっているのですか?! こんなにも傷つかれて、どうか自身の体を、……ッ!!」

 自身の体を心配してください。その言葉が出なかった。

(誰のせいでこんな事になったのだ? 誰のせいで、環様は傷つけられたのだ?)

 呉葉は自分に問いかける。

 答えは自身の中で既に出ている。自分の、護役者である呉葉が目を離したせいだ。

 自分のミスで主が傷ついているのに、自分の体を心配してくださいなどと偉そうな事を言える筈がなかった。

 桃色の瞳がある以上、環はどんな状況でもこの様な事態になる可能性がある事は重々承知していた。なのに、結果がこれだ。

 呉葉は自身への嫌悪で声が出ない。取り返しのつかない失敗をしてしまったと、その罪に押しつぶされ何もいう事が出来ない。

 ただ、環の手をぎゅっと握りしめるだけだ。



「……くれは、あの方を許して下さい」



 目を瞑り、何かに耐えるように表情を強張らせている呉葉に環は優しく問いかける。

 環の声を聞き、呉葉はゆっくりと目を開く。

 その目が捉えたのは、桃色に輝く美しい瞳と優しく微笑む環の笑顔だった。

「あの方はもう十分傷つきました。わたしもあの方を憎く思ってなどいません。だからくれはがあの方を憎む理由などないのです」

 環は呉葉に諭すように優しく話しかける。

「わたしの体は時間が経てば十分良くなります。癒せる傷など一時の痛みでしかありません。わたしの体の傷は、その程度の容易いものですから」

 環はゆっくりと自身の体を起こし、呉葉と同じように両膝を着き正座をするように座る。

 痛みに体が軋んでいるのか震えてはいるが、先とは違い不思議と呉葉には重傷に見えなく環の言うとおり無事と思えてしまった。



「だから、どうか………貴方自身も許してください」



 環は手を伸ばし呉葉の首にかけ、引き寄せる。

 すっと呉葉の顔が環にゆっくりと引き寄せられ、音もなく環の肩に添えられ停止する。

 環の肩に呉葉の顔が乗る形になり、環は自分の頬と呉葉の頬をくっつけ、小さく擦り付ける。自分の感情を伝えようと、自分が何も苦しんではいないと呉葉に伝えようと。

 教師に殴られ赤く腫れた頬なのに環は痛みを見せはせず、小動物の親が子にする様に頬と頬をくっつけ合う。

「わたしはこの通り、無事なのです。わたしがくれはに何も言わず離れたのがいけないのです。貴方は何も悪くないのですよ」

 その言葉に、呉葉は貯めていた涙をポツリと零した。

 涙は環の頬に当たる。その悲しみの結晶を消そうと、環は拭うように頬を擦る。

「こういう時の為に携帯があるのに、本当、ちゃんと教わったのにわたしってば何も思いつかなくて」

 冗談交じりに環は小さく微笑む。

「連絡出来なくてごめんさない。心配性なくれはの事だから、きっと大きな心配をかけてしまいましたよね」

(当然です! 私は、私は貴方の護役者なのです! 心配など当然の事ではありませんか!!)

 声にならない叫びを心の中で叫ぶ。

 呉葉は上手く言葉を結ぶ事が出来ず、ただ環の優しい声と暖かい頬に安心するように目から悲しみの塊を流す事しか出来なかった。

「もし貴方が自分を許せないなら二人できゅうこ様に叱られましょう。きっときゅうこ様なら、上手に叱ってくれますから」

 環の言葉に呉葉は返事を返す事が出来ず、小さく頷いて意思を伝える。

 暖かい。

 呉葉を不安から取り除くその暖かさは、様々な感情により凍りついた呉葉の心を溶かしていった。溶けた感情は、涙となり呉葉の目から流れていく。

「だから、もう怯えないで下さい。貴方は何も失わない、わたしはここにいますよ」

 その言葉に、今まで掴み離さなかった呉葉の両手が環の手から解ける。

 環の無事を確かめるよう掴んだ両手は、いつしか呉葉の感情を環に伝えていた。

 自分のミスで主を傷つけ、大切なものが離れてしまうのではないかという恐怖に、環はちゃんと気付いていたのだ。

 自由になった環の手はそのまま呉葉の頭に回り、あやすように呉葉の頭を撫でる。

 いつしか呉葉は両目からぼろぼろと涙を流し鼻と頬を真っ赤にして喉を鳴らしている。

 うーうーと、感情を堪える様に唸るその姿は歳不相応で何とも呉葉らしくはなかった。

 が、環は驚きもしなければそれに引いたりもしない。

 呉葉が主である環をいつも思っているように主である環は呉葉の事を家族と慕い、その心を理解している。

「わたしはくれはから離れたりしません。きゅうこ様と三人、ずっと一緒にいると約束したでしょう?」

 くれはは頷く。

 ひくひくと鼻を鳴らし、喉を唸らせ癇癪を起した子供のようにただ環の言葉に心を重ねる。

「なら、もう何も怖がらないでください。わたしがついてますから、ね?」

 呉葉の不安を拭うように回した腕に小さく力を込め、呉葉をぎゅっと抱き締める。

 二人は正座のまま寄り添う様に抱き締め合い、環は呉葉の心を慰めようと自分の体温を必死に伝える。

「………ぁ……ぅ……ご……ご……」

 今まで唸るだけだった呉葉が、何かを言葉にしようと小さく言葉を結ぶ。

 感情を抑えられず唸る喉を必死に我慢し、呉葉は環に言葉を伝えようとする。

「……ぁ、ぁ……た、たまき、様……」

 呉葉は、今一度主の名を呼ぶ。



「御無事で、なによりです」



 そして、伝えたかった言葉を形にし環に贈る事が出来た。

 その言葉は呉葉の凍った心を溶かす事が出来た証。呉葉が環の言葉を理解し、受け入れた証拠だった。

「はい。ありがとうございます」

 環はしっかりと返事を返し、呉葉の頬にもう一度自分の頬を擦り付ける。

 呉葉は一層涙を流し大きく唸る。

 子供の様に泣き出した呉葉を環は何も言わず笑顔で抱き締め続ける。

 緊迫とした空間はこれで収束。

 環が無事に呉葉の元に戻り解決となった。

 呉葉の中には未だ護役者として任務を損なった罪悪は残っている。が、今は主の無事にただ涙を流す。

 呉葉にとって一番大事な事は、環が無事である事。今は、それを二人で噛み締める。


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