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桃色の瞳の少年  作者: 芥屋
第一章
13/18

緊迫3

 本来桃色の瞳との対面は一目惚れに近い衝動を植え付ける。

 目が合うだけで所有者に深い恋愛感情を植え付け徐々に心を蝕み支配する。支配された心は所有者に心酔し絶対服従となり、何でも言う事の聞く傀儡と化す。

 それが桃色の瞳の効力、どんな相手でも目を合わせるだけで服従させてしまう神秘の魔法。

 だがその力は正統に継承した者が使用した場合が条件だ。

 環は能力だけが覚醒した未熟な使い手、自分が異能の瞳を持つ事を知らない大きな翼を持った雛鳥。

 そんな愚か者が使う能力が正統な力を発揮する道理がなかった。

「いいか、…ッ?!……なっ!……っぁ……」

 強引に環の顔を正面に向かせた教師はその瞳を覗いてしまった。

 覗かれた瞳は心を蝕む桃色の瞳……御される術を知らないその異能の力は当然、覗いた者へと発揮された。

 教師は環と目を合わせた瞬間目を見開き驚愕の表情のまま固まってしまった。

 その意識は一瞬真っ白になり、その上から浸食により塗り潰される。先まで環への増悪で染まっていた心はただ目を合わせただけで浄化させられ、魅了により真逆の感情に書き換えられる。

 教師は文字通り怒りを『忘れて』呆気になる。環の目の色に違和感を感じた瞬間頭痛の様な感覚に襲われ思考がクリアになり、麻痺を起したかのように何も考えられなくなる。

 茫然とした意識の中、教師は経験した事がない『魅了』に襲われながら何も出来ず熱にうかされた様に環の瞳から目を離せなかった。

 秒針が進むごとに真っ白の意識は桃色に染められる。環への増悪で醜く汚れていた心は、その相手の瞳に浸食され蝕まれていく。

 塵程度に残っていた自我も、十秒が経過した時点で潰れてしまった。

 今教師の中にあるのは、桃色の瞳に侵され続ける哀れな心だけだ。最早、教師は先までの増悪に突き動かされる暴徒ではなく桃色の瞳に魅入られた傀儡になってしまった。

 もしも、桃色の瞳が正統な力を発揮していればの話だが……

「先生! ぁぁああああの、この目は違うんです! わた、あの、その……こ、こんたくと、れんず、で……」

 のしかかったまま茫然と固まる教師に、環は一息遅れ震えた声をかける。

 惚条家の秘宝である桃色の瞳を見られてしまった事実に環は先よりも動揺を露呈させ慌てふためく。

 環がこの街に来て瞳を見られたのは、これで三度目。

 一度目と二度目は一瞬目を合わせただけで大した事態にはならなかった上に呉葉がいた為対処も完璧だった。

 が、今回は違う。呉葉不在の上、教師と目を合わせて数秒経過してしまっている。

 今回の失敗は、環が桃色の瞳の力を知らないが故に目合わせを一瞬で済ませなかった事だ。

 桃色の瞳は目合わせを数秒行う事で魅了を植え付けるので一瞬の目合わせだと能力は十分に発揮されない。環の瞳でもせいぜい脳に衝撃を与える程度だろう。

 今回も一瞬で目を瞑りごまかせば良かったのだが、環にはその選択肢はなかった。

 目を合わせ教師が驚愕の顔をした時点でばれてしまったと思い動揺により環も数秒ほど思考が止まってしまった。

 もしも桃色の瞳の能力をしっていればそのような事はなかった。だが、環は何も知らない。桃色の瞳は惚条家の秘宝だと認識しているが故に、間違った対処をしてしまったのだ。

 時間にして三十秒、教師は桃色の瞳と対峙した。最早、教師が瞳から逃れる事は不可能だ……

「………惚条……その瞳は………」

 教師の瞳の濁りは消えていた。変わりに焦点が定まっていない虚ろな色をうかべており、その頬は熱を持つかのように赤色に染まっている。先よりも呼吸は落ち着いているがその吐息は熱く、深く酸素を吸収していた。

「ち、違うのです! どうか、話を聞いてください!」

 環は動揺しながらもこの異様な状況を収めようと教師に声を掛ける。

 が、教師は環の目から目を離そうとはせず、環の声にも反応が無い。完全に桃色の瞳にあてられているのだが、環は瞳の目の色に驚いているとしか思っていなく。今の事態の危機に気付けてはいない。

「……………何て、美しい瞳だ」 

 教師は瞳を見つめたまま、熱い息を吐きながら呟く。

 既に時間は五十秒を経過し、教師の中にあるのは環への増悪ではない。

 今彼の中にあるのは、桃色の瞳に魅入られ己を忘れた惚情の色をした心だけだ。

 教師は環の肩を抑えた手を解き、両手の指で環の目尻をなぞり、頬を撫でる。

 それはガラス細工に触れるかの如く繊細な手つきで、まるで愛でるかのように環の頬をうろつく。

 だが環はその手つきに真逆の感触を覚えた。

 まるで、虫が頬を這った。環はそう感じ、咄嗟に手を払った。

「お、お止め下さい!!」

 環は頬を這うその指を払い、自由になった上半身を持ち上げようとする。

 

「動くな!!!」


 数学教師はそれを許さなかった。

 起き上がろうとする環の肩を、先よりも強い力を込めて叩きつける。

 ズシンと重い音を立て再び床に叩きつけられた環はその痛みに声にならない悲鳴を上げる。背中と後頭部を打ち付けその衝撃に眩暈を起こした環は体に力が入らず床に貼り付けのまま動けなくなった。

 衝撃により火花の散った視界は虚ろにも場景を映しだし、徐々に痛みの引きと共に体のエラーも回復していく。

 が、環に覆いかぶさる人物はそれを許さなかった。

「動くな。お前が動く事を許さない」

 教師は低い声に拒否権を与えない重圧を乗せ環の耳元でささやく。

 環はその声に異様さを感じ咄嗟に近い教師の顔から離れようと顔を仰け反らせる。

「おい動くなと言ったぞ」

 その僅かな抵抗すら、教師は許さなかった。

 教師は仰け反らした反対側から平手打ちをくらわせる。バチンと音を立てて止まった顔を教師は手を使い自分の顔に向ける。

 環は何度も加えられる痛みに表情を歪ませ、その恐怖から目を瞑ってしまっている。先とは違う教師の変貌に気付いた環が防衛反応を示し痛みから逃げようと無意識に顔を強張らせ目を閉じている。

「………目を見せろ」

 教師は、再び環の頬を叩く。

 バチンと音を立てその頬は赤く腫れるが、環は目を開こうとはしない。

 現実から逃げるかのように目を閉じ、沈黙を貫きとうそうとする。が、教師はそれを決して許そうとはしない。

「目を見せろ」

 頬を叩く。

「目を見せろ」

 頬を殴る。

「目を見せろ」

 鼻を殴る。

「目を見せろ」

 腹を殴る。

「目を見せろ」

 殴る。

「見せろ」

 殴る。

 「見せろ。見せろ見せろ見せろ見せろ見せろ見せろ見せろ見せろ見せろ見せろ見せろ見せろ見せろ見せろ見せろ見せろ見せろ見せろ見せろ見せろ見せろ見せろ見せろ見せろ見せろ見せろ見せろ見せろ見せろ見せろ」

 殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る。

 教師は、拒絶を示す環を殴り続けた。

 最初の三、四発は環の顔を殴っていたが、それ以降は全て上半身を狙っての打撃。

 胸を、腹を、わき腹を、肩を、環が言う事を聞くまで執拗に繰り返した。

 結果、環は目を開いた。

 正確には、腹やわき腹を殴られ臓器に与えられた痛みにより体の言う事が聞かず気絶寸前まで衰弱し放心してしまっただけだ。

 環は指の一本すら動かす事が出来ない程体を痛めつけられた。

 叩かれた頬は真っ赤になり殴られた鼻からは血が流れ口からは唾液と血が混じり濁った色の液体が溢れている。

 環は訳が分からず混乱する頭の中でどうしてこうなってしまったのかを考えていた。

 ぼうっと見つめる先には環に覆いかぶさり荒い息で今にも環を喰らおうと興奮しきった教師がいる。

(せんせいは……わたしが憎いのですか?)

 そう呟いたつもりだったが、環は声を出す事が出来ずただ唇が微々に動くだけ。その質問は伝わる事はない。

 環は、どうしてこうなってしまったのかを考えた。

 教師は謝るなと言った。

 自分が授業を乱しているのが原因なら、謝るのは当然だ。だが教師はそれはいらないと言った。

 教師は偉そうにしろと言った。

 権力を持つ環に偉そうにして踏ん反り返れと叫んでいた。まるで仲間を探すかのように。

 教師は環に顔を見せろと言った。

 本性を見せろと訴えていた。環の中身が見たい、環の本性が知りたいと。

 教師は、目を見せろと言った。

 目を瞑る環を殴り、無理やりにでも目を見せろと脅迫をした。惚条家の最も深い秘密を見つけ、今もずっと覗き込み続けている。

(せんせい……わたしはちっぽけな存在です)

 唇を動かせる。

 教師はそれに気づく事はなく、抵抗の無くした環のブレザーに手を掛けた。

(わたしは、一人では何もできないちっぽけな存在です。せんせい達の授業の邪魔をする。くれはがいないと何もできない。立派でもない、ちっぽけな存在です)

 唇を動かせる。

 教師は力任せにブレザーを引っ張りボタンを弾かせ中のワイシャツに手をかけ、破いた。

 ネクタイをつけているので首辺りは守られているが、腹から鳩尾にかけては完全に露わになった。

 環の華奢な体いたる箇所に痣を作っていて痛々しい色に染まっている。

(それがわたしの内側の姿です。わたしは、決してせんせいより優れてなどいません。御婆様との約束も守れない、ちっぽけな存在です)

 唇を動かせる。

 教師は環のそんな姿に動じもせず、黙ったまま環のベルトに手を掛けた。

 カチャカチャとベルトを解こうとする。が、興奮し焦った手つきで素早く解く事が出来ずもたついてる。

「ぁぁああああ!! 早く、早くお前の全てを見せろ!! お前の美しい姿をもっと俺に見せるんだぁあああああ!!」

 唾液を激しく飛ばしながら教師は叫び散らす。

 教師は完全に、桃色の瞳に魅了させ我を忘れている。

 これが、正統な能力が発揮されなかった姿。

 制御が働いていない為、ただ所有者と桃色の瞳を求める衝動が高まり続け暴走を起こしている。

 所有者の言う事を聞かず、所有者に暴力を振るい、所有者を犯し貪ろうとする。

 教師の心は完全に環に奪われてしまい、酷く歪んだ寵愛に溺れ狂人と化した。

 教師は、完全に壊れてしまった。


「……それでもせんせいは、わたしを美しいと言ってくれますか?」


 唇を動かし、かすれた声で教師に問いかけた。

 その問いに教師は手を止める。教師は血走った目で環を見据え、狼の様に息を荒くしている。

「あ、ぁ、ああ、あああ、あぁ美しい!! お前の瞳、お前の顔、お前の声、お前の体、お前の匂い、全てが美しい!!」

 教師は荒い息で環の問いに答える。禁断症状でも起こしたかのように呂律が曖昧だが、環の問いににんまりと不気味な笑顔を浮かべ、答えた。

 環はそれを見て……


「………嘘をつくのは、お止め下さい」


 悲しげに微笑み、答えた。

 環の返事に、教師は首を大きく捻る。

「嘘なんて、ついてついてないぞぉぉ。俺はぁお前の全てが美しく思っている美しいと感じているんだからなぁあああ」

 間の抜けた間抜けな声だった。

 教師は低い声に似つかない話し方は不気味で正気のなさが十分に伺える。

 が、環はそれについては何も言わない。教師の異常さに何も異議を唱えようとしない。

 ただ、ぼうっとする意識で思いつく言葉をそのまま口にするだけだった。

「嘘ですよ。せんせいは、本当のせんせいは、わたしの事が嫌いなのです」

「違う違う違うぅぅ俺は本当に、」

「わたしの事を嫌いで、わたしに嫌悪感を感じていたのが本当のせんせいです」

 環は教師の言葉を最後まで聞かず、思う事をそのまま呟く。

 今の環に深く考える思考はなかった。ただ頭に浮かぶ言葉をそのまま声に出す。

「もしもせんせいがわたしの事を美しいと思うのなら、今のせんせいはきっと偽物です」

「………違う」

 教師はベルトから手を放した。

「せんせいはかっこ良くて、いつも自信に満ちていて、生徒にとても優しくて、わたしの事が嫌いな人です。思い出して下さい」

「………違う」

 教師は頭を抱えだした。

「わたしは美しくなんかありません。せんせいがわたしをそう思う事はきっとありません」

「違う違う違う」

 教師は、右手に拳を作りを大きく振りかぶった。



「本当にごめんなさい。わたしは、せんせいにとってきっと良くないものなんです」



「違う!!!!」


 教師は、その拳を環の頭に叩きつけた。

 大きな衝撃音が鳴り、環は完全に意識を失った。

 残ったのは、血と痣に染まった環にのしかかった教師だけだった。

「違う違う違う違う違う違う違う違う違う!! 俺、正気、おれは、しょうきだ!!」

 頭を振り回しながら狂ったように叫びだす。

 環の言葉にどんな力があったのかは分からないが、教師は環の言葉に今まで以上に狂ってしまった。

 頭を抱えただうわ言のように否定を繰り返し、環の言葉を決して受け入れようとしない。

 環の言葉を、環の謝罪を、環の気持ちを、受け入れようとはしない。

 ただ暴走する感情に動かされるまま狂ったように叫び続ける。

「もう、おれは、これが、おれ、なんだ。否定する、な!」

 そして、再び環のベルトに手をかけた。

 教師は環の体を欲する欲望に身を任せ、環の言葉を忘れようとしている。

 環は既に気絶し、最早教師を止める術は完全に断たれた。

 今この部屋に居るのは、欲情に狂った大男とその欲情の的となる小柄な少年だけだ。

 狼の前に羊が眠っている状態で狼が我慢できる訳がない。教師は、環のベルトを外しパンツをずらす。

「あぁ、あぁ、あぁ!! 惚条、惚条、惚条!!」

 教師は自分のベルトを解き下半身を露出しようとする。

 眠る環の上で、劣情を今にも吐き出そうと息巻いている。

 教師は、眠った環の顔を覗き込む。

 そして、舌を突きだし環の唇にそれを伸ばし近づこうと顔を動かした。







「動くな下郎。そしてこちらを振り向け」





 凛とした、刀の様に鋭い一声がその場を止めた。



  

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