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桃色の瞳の少年  作者: 芥屋
第一章
12/18

緊迫2

「………環様?」

 職員室前、呉葉は一人居る筈の主人の名前を呼ぶ。が、その声に答える者は居なく賑わう放課後の騒音に消えていく。

 廊下には誰も佇む者は居なく疎らに通り過ぎる生徒達の中、呉葉だけが唖然と立ち尽くす。

 十分程前までは確実に此処に環は居た。呉葉は別れ際のやり取りを思い出し、環が勝手に移動をする可能性がないかどうかを考えその可能性がゼロに近いと頷く。

 ゆっくりと歩みを進ませ付近に居ないかどうか確認をする。曲がり角、傍の教室、階段などを見渡すがそこに環がいない事を確認し、次第に心に焦りが生まれだす。

 もう一度職員室の前に戻り、壁に背中をつけて考える。主人である環が何処に行ったのか、を。

 念の為もう一度職員室を覗くが勿論環は居なかった。もしそこに居れば理事長室を出た段階で気付く筈だ。

 普段から一人での行動を控えるように言い聞かせている環が勝手に移動をするとは考えにくい。

 誰かに付いて行ったか、体調に変化があり安全な場所に移動したか……どちらにしろ、呉葉を置いていく勝手に移動するとは考えられない。もし緊急を要する事態なら、まずは目の前の職員室に話が来る筈だ。

 残る可能性は……強制的に連れ去られた、という選択肢だけだ。

「………落ち着こう」

 呉葉は一人呟き廊下の壁に手を添える。

 手を添えた壁は冷たく、呉葉の手が熱を持っていた事を本人に印象つける。

 ふつふつと呉葉に焦燥心が湧き出てくる。

 自分が目を離した数分の内に環に危機が訪れたのではないか、と秒数が増す事に悪い考えが思考に回りだす。

 このままではいけない、と呉葉は携帯端末をポケットから持ち出す。

「あの……笠倉さん」

 呉葉は不意に声を掛けられ威嚇するように声のした方角を睨む。

 そこに居たのは数人の女子生徒、呉葉には見覚えのある同じクラスの者達だった。

 呉葉の突き刺すような視線に女子生徒達はたじろぎ後ずさる。呉葉はそれを見て咄嗟に冷静な表情を作り与えた恐怖心を拭う。

「失礼しました……どうか、しましたか?」

 出来るだけ平常心を装い優しい声色を作り返事を返す。

「ぁ、あの……えっと……その……」

 威圧された為上手く言葉が出ないのか、話しかけた女子生徒が何かを言おうとして言葉を濁す。が、会話を止めようとはしない為重要な事を伝えようとしているのではないかと呉葉は考える。

 それと今の状況を考えると、その内容を予測する事はできた。

「もしかして、環様の事でしょうか?」

 呉葉がそう尋ねると、女子生徒達は互いに顔を見合わせ何か迷ったような表情をした後、小さく首を縦に振った。

「その、私達さっきまで惚条君とここで話をしてたんだけど……突然……」

 女子生徒は何かを説明しようとするが、最後まで言葉に出来ないのか肝心な部分を話そうとはしない。

 呉葉は次第に苛立ちを覚えるが急かす事はせず、その言葉の続きを待つ。



「えっと……突然……あの、先生が、来て……」



 先生……その言葉を聞いた瞬間、呉葉は飛びつくように女子生徒の肩を掴んだ。

「……その先生とは、数学を担当しているあいつの事か?」

 先まで平常を保ち優しい声色を作っていたが、一変して呉葉の言葉に威圧感が宿る。

 目は再び鋭く女子生徒を睨み、肩を握る手には勝手に力がこもる。

 それに女子生徒は小さく悲鳴をあげるが、呉葉は一向に止めようとはしない。

 先生、数学を担当しているあの教師が環に接近した時点で危険が迫ったのと同時だと呉葉は判断した。その時点で、完全に呉葉は環の保護者役から完全に護役者へと切り替わった。

 その時点で呉葉は環に何があったのかを知る為には手段を択ばなくなった。今この女子生徒が言葉を濁し喋らないなら、殴り倒して他の者に聞くだけだ。肩を掴む力を強め、女子生徒への圧力を高める。

「は、はははぃ……そう、です……ぁ、ぁ」

「何があった?」

「ぁぁ、ぁの、急に、割って入って、来て……無理やり、惚条君を……」

 そこで女子生徒に限界が来たのか、涙を流してその場にへたり込んでしまった。

「連れていったのか?」

 呉葉の言葉に女子生徒は小刻みに頷く。

 その答えを聞き、呉葉は女子生徒の肩から手を放す。

「情報をありがとう。急用があるので失礼します。教えて頂いて悪いが、勝手に環様に話しかけるのは控えてください」 

 目の前でへたり込む女子生徒を見下しながら冷たく言い放つ。そのまま呉葉は女子生徒の横を抜け職員室前から離脱する。

 呉葉が通り過ぎたあと、へたり込む女子生徒に他の者達が心配するように寄り添うが呉葉は目にもとめない。

 普段の呉葉ならあそこまで冷酷な対応はしないが、今は完全に環の護役者に切り替わっている。気遣う余裕もなければ、自分の目の届かない場所で主人に群がる者達に容赦をする訳がない。

 呉葉は早足で進みながら携帯端末を再び持ち出し、九子に連絡をかける。

 早く出ろ、と呉葉は焦るように端末を耳に添える。

『呉葉? どうしたの?』

 期待通り九子は直ぐに応じた。

「九子様、緊急事態です。環様が先に伝えた男と共に消えました」

『は? 消えた?』

「数分目を離した隙をつかれました。お叱りは後で受けますので対処をお願いします」

 九子の間の抜けた声に対し余裕の無い声で返事を返す。それにより端末の向こうにいる九子は事態が危険である事を察する。

『呉葉、理事長はそいつに釘を刺した?』

「はい。その筈です」

 先の電話で数学教師が環に対し憎悪を抱いていた事は聞いてある。敵意を察する事に長けた護役者である呉葉が数学教師を敵と睨んだ。その段階で九子も数学教師を危険とみなし環に接近させないよう依頼したのだが、どうやらそれが裏目に出てしまった。

 恐らく理事長からの注意が引き金になったのだろう、と九子は考える。

 情報から数学教師が団体の中で優越的立場を望む野心家だと九子は睨んでいた為圧力で抑え込む必要があると考え理事長に依頼したのだが、数学教師のプライドに傷をつける結果となってしまった。

 それが原因で環を連れて行ったのか、九子は余裕がない呉葉の代わりに思考を回す。

 環に謝罪をしているとは思えない。プライドの高い数学教師が敵視する環に頭を下げるとは思えず、上司に言われ立場の為に謝るケースがあるとすれば気持ちを落ち着かせる時間が必要の筈だ。

 一日間を空けるか、感情的にならないよう職員室に呼び出すなど二人きりになるとは考えにくい。

 理事長に注意を受け間も空けず環と接近したという事は、感情的になっている可能性が高い。

 つまり、感情が先走り環に危害を加える可能性があるという事だ。

 口論ならまだいい。もしも環に手を上げた場合、最悪の事態が考えられる。

『わかった、私も手を打つわ。環の居る場所は分かってるの?』

「明確には分かってはいません。が、学校だと場所は限定されますのでそこに向かってます」

『そう……呉葉、電話を切った後その端末で私が言う操作をして。環に渡してある発信機に反応して場所を教えてくれるわ』

「……わかりました」

 九子から特定の操作方法を聞き、呉葉は電話を切りすぐにその操作をする。

 最後にパスワードを入力するとアプリケーションが起動され、環に渡してある発信機を追跡する為の矢印が表示され、弱い電子音が鳴り出す。

 その矢印に従い、呉葉は早足から駆け足へと変わり走り出す。

 矢印の示す方角は呉葉が睨んでいた別棟を示していた。呉葉は自分の考えと一致していた事で矢印が発信機の方角を示す事を理解する。恐らく電子音は距離を音の強さで表しているのだろう。

 呉葉は走りながら何故九子がこの機能を先に教えていなかったのかを考える。が、それはすぐに止め追跡に意識を集中させる。

 教えていなかった理由は後で聞けばいい、そう考え呉葉は矢印の示す方角に駈けて行った。



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